表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/7

自分で立ち上がることはできないけど

 いつもの悪夢を見た。


 よく分からない何かに追われ、街が見え、助かると思ったら転ぶ。そんな絶望的な夢。ただ今日はいつもより少しだけ街に近づけた気がした。


 ふとベットの横を見るとそこには昨日借りた初心者装備が棚の上に置かれていた。剣は子供のおもちゃと言われても疑わないほどに安っぽく、装飾などかけらも存在しない。使い回しされているのか、鞘はボロボロで擦れた傷がいくつもできていた。刃はしっかりとした整備がされており刃こぼれなどは一切なく、輝く刀身は本能的に恐怖を感じさせる。しかし度重なる修繕のせいか鞘に対して刀身が細すぎる。

 胸当ては革製で中には板金が気休め程度に入れられている。触れてみると幾度も命の機器を守ってきたことがわかる。中の板金はひどく歪み装着すると胸に違和感が残った。

 見れば見るほど安っぽく不安になるが、しかし装着すると言葉にできない小さな安心感がそこにはあった。

 鏡を見る。そこには装備した自分が写っていた。ぱっと見から初心者であることがわかる。まさに装備に切られているという表現が似合う少年の顔は不安でいっぱいだった。

 覚悟は決めた。しかしその覚悟は自分の姿を見たことで揺らいでいた。装備から命のやり取りをしてきたことがわかる。この胸当ての歪みができた時、装備していたものは助かったのだろうか。こんな擦り減った剣で敵を打ち倒せるのだろうか。伝わってくる命の危険に心が絶望に包まれていく。不安が渦巻いていく。でも手に握った命の宝珠をみると心なしか勇気が湧いてきた。

 一度なら死から逃れることができる。宝珠が発動したらすぐに逃げられるようできるだけ街の近くで戦おう。僕にはパーティーを組む力はない。自分の危機を救ってくれる人はいない。なら自分が危機に陥らないようにできることをするしかない。

 命の宝珠は三つある。攻略組のプレイヤーが始まりの街のプレイヤーに配った個数だ。宝珠は本来20層以降のアイテム。1階層の僕には価値が高く値段が張るため購入することはできない。この宝珠でこれからを生き延びていかなければいけない。せめて購入できるほどに貯金が貯まるまでは耐える必要がある。宝珠がなくなれば僕はもう二度と戦うことができなくなるだろう。これさえあれば死にはしないからと自分に言い聞かせるようにしてなんとか不安を振り払った。

 とりあえずフィールドに出てみよう。話はそれからだ。



~第一フィールド・始まりの街近く~

 風が頬を撫でる。その風は緑の匂いを多く含み少し嫌な匂いがした。清々しいほどの快晴に広大な草原。遠くに豚型のモンスターが見える。本来なら心地よい風も広大な景色も、今の僕には気にしている余裕がなかった。

今から戦う。

 そう考えるとつい不安に飲まれそうになる。足が竦んでしまう前に挑戦しよう。ここで引き返したら二度と戻ってこられない気がするから。


 とりあえず少し遠くにいる豚型モンスターから戦ってみよう。

 見た目は一見ただの豚にしか見えないが、このモンスターは正真正銘ただの豚だ。ギルドでも害獣駆除ではなく食料のための素材採取の一環としてクエストが存在する。今回クエストを受けていないが素材として買い取ってくれるし、難易度も駆け出し挑戦者のおこずかいと呼ばれるくらいに簡単だ。初めてのモンスター討伐にはもってこいのモンスターだろう。

 僕のレベルで意味があるのか分からないが一応足音に気をつけながら近づいてみる。


フゴフゴフゴ


 近づくとなんとも呑気な鼻声が聞こえてきた。この豚はただの豚だが一応モンスターであるがゆえに、一応好戦的と言われている。基本的な攻撃は突進と後ろ足による蹴り上げ。突進を交わして攻撃を繰り返せば安全に倒せるらしい。ただし後ろには回り込まないこと。突進はためがあり比較的躱しやすいが後ろ足はためがほぼなく、初見で躱すことは難しいとのこと。

 予習は昨日初心者装備を借りるときに一緒に済ませてきた。始まりの街周辺のモンスターのことなら頭に入っている。ただし次の街に行く時には別で予習し直さなければいけないが。

敵がこちらに気づいていないみたいなので、とりあえず近くの茂みに身を隠す。タイミングを計って襲いかかろう。


................................


 タイミングはどうやって計ればいいのだろう?ていうか今更だが、どうやって攻撃しよう?あれ?今までのゲームではどうやっていたっけ?○が弱攻撃で△が今日攻撃だったな。このゲームってどうやって攻撃するんだ?もしかして自分で剣を振るのだろうか?


え?嘘?ほんと?


 攻撃のこと何も考えていなかった。タイミングのこともよく考えていなかった。よく考えてみるとそうだよな。コマンドで攻撃なんてできるわけないよな。タイミングもなんか視界にバーが出てきてタイミングを教えてくれるものと思っていたよ。でもこれ急に剣をぽいっと渡されて「さぁ。戦え。」と言われて戦える人っているのだろうか?いるんだろうなぁ。いなかったら攻略組は存在しないか。


 パキッ


 変なところでゲームらしくないしように動揺したせいか、近くに落ちていた枝を踏んでしまい音を立ててしまった。急いで豚に視線を向けるとそこにははっきりとこちらを見据え、すでに戦闘状態になっているモンスターがいた。


まずい!


 タイミング次第ではすぐに斬り掛かれるようにかなり近い茂みに身を隠していたため、豚は目の前にいる。そしてすでに攻撃のモーションに入っていた。つまり時を数える間も無くこちらに突進してくるだろう。

避けないと!

 このモンスターは直線的に突進してくるので横に良ければ回避することはそんなに難しくない。

 時が加速する。そんなことを考えているうちに本能が下半身に力を与え横に駆け抜けようとする。ゆっくりと流れる時の中で僕は踏みつけた枝で足を滑らし盛大に転倒した。


「へ?」


 口からそんな間抜けな声が出た時僕は宙を舞っていた。いまだにゆっくりと流れる時の中で僕はHPバーが赤くなるのをみて瞬時に自分が攻撃を受けたことを悟る。そして自分が今とてつもなく命の危険にさらされていると理解した。


 時は流れ出す。僕の体はドシャ!っと大きな音を立て地面に打ち付けられた。モンスターはこちらを向き再び攻撃態勢に入った。


逃げろ!


 本能が訴えかけてくる。そしてそんなことを言われる前に僕はすでに逃走に移っていた。立ち上がって街に逃げ込む。幸い街の近くでのみ戦闘をすると決めていたおかげで門は目と鼻の先だ。

 しかし僕が立ち上がることはなかった。足がまるで自分のものではないかのように動かない。ふと足に目を向けるとそこには曲がってはいけない方向に曲がっている足があった。


状態異常:骨折


 このゲームでは戦闘をよりリアルに近づけるように様々な状態異常が揃えられているそうだ。ただLVが上がればそれらに対する耐性が上がり高LVになるにつれ気にしなくなるが耐性がない低LVには「初心者殺し」と言われている。そしてこの豚型モンスターは、回避しやすいため攻撃力が高めに設定されている。幾ら初心者とはいえ、一撃でHPを8割削られた上に骨折の状態異常にするほどに。


 パリン


 そして二度目の衝撃が僕の体を襲い、呆気なく僕のHPはガラスが割れるような音を立てて弾け飛んだ。

その瞬間に僕の体は再構築された。新しいHPバーが現れ、体は骨折や怪我が全くない綺麗な姿に。命の宝珠が発動したのだろう。しかし僕はその場から動くことができなかった。

 モンスターはフゴフゴと鼻を鳴らし、再び攻撃体制に入った。次で仕留めてやると言わんばかりに。そしてその瞬間モンスターの姿は黒く歪み闇へと変貌した。


 逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ


 あの悪夢がフラッシュバックする。逃げろと心が訴えかけてくる。しかし心はすでに絶望で満たされていた。ここまま逃げてもあの悪夢のようになるのではないか?どうせ逃げられはしないのではないか?

 僕の心はすでに逃走を諦めていた。僕の心は完全に折れていた。

 ミトーおばさんの言う通りだった。たった一度防げた程度でどうにかなるものではない。一度防いだら逃げるさと僕は行った。でも僕はそこで逃げ切れるほど器用な人間じゃない。

 目の前の絶望から逃れられるために頭をフル回転させ考える。考える考える。しかし脳は活動を停止させ反応しなかった。

 闇が迫ってくる。僕を飲み込もうと迫ってくる。折れた僕の心はただじっとその闇を眺めていた。


「天翔斬!」


 とっさに何が起きたのかを理解することはできなかった。スバン!と大きな音を立て闇は切り裂かれ、闇が晴れたところには真っ二つにに切り裂かれ横たわる豚のモンスターがいた。


「おー。やっぱり超格下のモンスターならこの距離でも十分な威力を発揮するなぁ。」


「ちょっと!スキルの実験なんてやってないで真面目にやりなさいよ!」


「あ!?何が真面目だ!今の距離ならスキル飛ばした方が早いに決まってんだろうがよ!」


「届かなかったらどうするつもりだったのよ!万が一があったら遅いんだからね!?人の命が掛かっているんだから!」


「まぁまぁ。二人とも落ち着いてよ。隼人がやってみてって言ってそれを了承したのは僕だ。それに届いたんだから結果オーライってことでいいじゃないか。」


「誠人は優しすぎるのよ!くだらない提案も受けちゃうし。こう言う時にガツンと言ってやらないとこいつのアホは一生治らないわよ。」


「誰があほじゃ!このド貧乳!」


「な?!あんた言わせておけばこの!」


「ちょ。ちょっと待って二人とも。喧嘩は良くないよぉ.....」


 止まっていた時が流れ出す。停止していた頭が動き出し状況を理解する。どうやら僕は助けられたらしい。脅威が去り、身の安全を確認したからか全身を熱い血が巡る。再び生きるために活動しようとしているのだ。止まっていた生が動き出す。

 なんとか僕は生き延びたみたいだ。未だ呆然とする僕に声がかけられた。


「君。大丈夫かい?」


「あ。はい。」


「そうか。大丈夫ならいい。でも今日はすぐに街に戻った方がいいだろう。遠くから見ていたが命の宝珠はもう使ってしまったのだろう?それならすぐにでも帰るべきだ。」


「ったく。クソザコにもほどがあるだろ。こんな豚にも負けるようじゃお前挑戦者向いてねぇんじゃねぇの?こっちも何回も助けてやれるほど暇じゃねぇんだ。やる気がないなら辞めちまえ。」


「ちょ!?隼人いい加減にして!」


「隼人。それはさすがに言い過ぎだよ。」


「っち。」


「ごめんね。彼にも悪気があるわけではないんだ。ただ彼が言うことにも一理ある。命が掛かっているんだ。次に挑戦するならちゃんと勝てる準備をしてからの方がいい。」


 それからはやけに反応が薄い僕を気遣ってか、門まで送り届けてもらうことになった。門まで話を聞くとどうやら彼らは初心者から素質のある人材を自分たちのクランに勧誘するために僕らの戦闘を観察しながら、危機に陥った初心者たちの手助けをしているらしい。その時例の彼に「テメェは100勧誘なんてしねぇがな」と言われたがそれ以降ブスッとしたまま話しかけられることはなかった。


「僕たちはしばらくはこのままここにいるから、できればまた挑戦してほしい。そうすればまた何かあったら助けられるからね。でもいつまでもここにいるわけではないから挑戦するつもりなら早く準備をした方がいいね。」


「はい。お世話になりました。助けていただきありがとうございました。」


「うん。もし悩んでも答えが見つからなかったらギルドを頼るといい。AIなのに意外といいアドバイスを期待できるから。」



 それから僕らは別れた。彼らはまたフィールドに戻っていき、僕はしばらくの間その背中を眺めていた。僕はまた外に出られるだろうか。彼らはなんのためらいもなくその一歩を踏み出した。それに対して僕は?彼らのようになれるだろうか?彼らが軽く踏み出した一歩は僕にとってとてつもなく重かった。



~自宅~

 家の扉を前にして僕はそこから前に進むことができなかった。

 初日から失敗し、挙げ句の果てには死にかけたと聞いてミトーおばさんはなんと言うだろうか。

「だから言っただろう!もうそんな危険なことはやめてうちのパン屋でも継いだらいい。」なんて言われるのだろうか。

ミトーおばさんに会うのがひどく憂鬱でここから先に進めなかった。


「あら?なんだおかえり。帰ってきていたのかい。そんなところで何やってんのさ。早く中におはいり。」


 心臓が跳ね上がった。それはモンスターとの死闘に匹敵すると言ってもいい緊張が僕を支配した。どうやらミトーおばさんはちょうど買い出しから帰ってきたところらしい。時刻は昼。朝に家を出て、すぐに敗走して帰ってきたため思っていたより時間は経っていなかった。昼の今頃は市場が活発になっている頃だろう。いつもこの時間に買い出しに言っていることをすっかり忘れていた。こんなことならギルドで少し時間を潰しておくべきだった。しかしこのまま何もせず立ち尽くしているのは不自然すぎるので歩き出す。


「それで?今日の狩りはどうだった?しっかりやれたのかい?」


 ついにきた。覚悟はしていたが今回の結果はなんと言うべきだろう。奮戦したが隙を突かれて逃げてきたよ。次こそは倒してやる。

 次?次は僕にあるのか?もう一度挑戦する勇気は僕にあるのか?1年前のあの時、ただ死ぬよと言われただけで怖くなり挑戦することすらできなかった僕に。

 ぐるぐると思考が渦巻いていく。不安が加速する。悔しさが加速していく。二つは渦となり思考を巻き込んで絶望が心を満たしていった。

 気がつくと僕は心の内を吐き出していた。心の負担を軽くするために。少しでも楽になりたくて。嘘も誇張もせずただ心の内をさらけ出していた。それは家に帰ってきた安心感からだろうか?みっともないと自分を恥じていてもそれを止めることは僕にはできなかった。叫ぶように泣きながら訴えかける僕の言葉にミトーおばさんはずっと耳を傾けてくれた。


「そっか。負けちゃったのかい。でも次があるだろう?それに今日助けてくれた人たちもまた助けてくれるといってくれたんだ。お言葉に甘えようじゃないかい。」


「え...止めないの?僕が失敗してしまったのに。」


「何言っているんだい。私は一度自分が言ったことを曲げるような不誠実なことは認めないよ!自分でやると決めたんなら最後までやりなさい。それに、悔しかったんだろう?まだ諦められないんだろう?あんたの目ははっきりとそう私に訴えかけてくるけどねぇ。」


 嬉しかった。ただ単純に嬉しかった。

 僕は今まで不器用なせいか誰にも期待されることはなかった。勉強も頑張ってみたがそれでもその結果は一部の事実として受け止められそれから期待されることはなかった。それは家族でも。こんな不器用で張り切って出ていったのに盛大に負けて帰ってきたのに、それでもミトーおばさんが僕に期待してくれることがたまらなく嬉しかった。

 心は晴れたのに流した涙が止まることはなかった。でもその涙はなんだかとても心を穏やかにしてくれる。


「ほら。いつまでも泣いてないでさっさと家に入るよ!まったく玄関口で泣いて。ご近所さんになんて噂されるかわかったもんじゃないよ。もうこんなことにならないように今晩はカツ丼でも食べて喝を入れないとねぇ。」


 その日の夕食はそのままカツ丼になった。おじさんが何かいいことがあったのか?と不思議そうにしていたのがとても印象に残っている。今日は人生で大きな転機にだったのだろう。僕の挑戦は今日から始まる。今日の戦いは今後に生かそう。そして明日からもう一度挑戦する。一度でできないのなら何度でも挑戦してやるさ。できるようになるまで。

 今日の戦いで体が疲れていたのか今日はぐっすりと眠り、なぜだか悪夢は見なかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ