9.坂本造園
「これは美味い!」
『さかつくスペシャル』を食べて思わず唸る。『さかつくスペシャル』は、麦飯とニラがベースの具材になった巨大なお好み焼きだった。その味もさることながら、生地と麦飯が絶妙なバランスで配分されていてプチプチとした食感が病み付きになる。
「うまいに決まってるだろ!」
店の親父さんが、料理の支度をしながら後ろ向きに怒鳴る。
「兄さん、こっちも食べてみな。」
隣の席に座る中年スポーツマンから、卵焼きを薦められる。
「うめ~。」
「だろ!この町はなんもないけど、飯だけは美味い。とくに食材の新鮮さは天下一品だぜ。」
ヨウはいい感じに酔い、店の親父さんやお客さん達とすっかり意気投合していた。とくに隣の席の中年スポーツマンは、44歳と同世代だったので話も弾む。
「へ~。兄さんはあのハッタリ電機のエリートだったのに辞めちまったのか。もったいねぇ。」
「いや、まぁ、いろいろありまして。」
「ちげえねぇ。人生いろいろあるよな!」
中年スポーツマンは、ヨウに気を使ってくれているのか、興味がないのか、面倒なことは聞いてこない。
「ところで、兄さんは無職だろ。俺んとこで働かないか?」
突然、中年スポーツマンからオファーを受けた。
「え?えっと………。」
「あぁ、自己紹介してなかったな。俺は社長やってんだ。」
中年スポーツマンは、ポケットからごそごそと名刺を取り出した。
『株式会社 坂本造園 代表取締役 坂本重市』
造園業か、仕事きつそうだな。
大いに興味はあるので、ヨウはとにかく話を聞くことにする。
「俺の名前は、じゅういちって読むんだがよ。みんなからは、イレって呼ばれてるんだ。じゅういちだからイレブン。そのイレブンの略だな。兄さんも、俺をイレって呼んでくれ。」
酔いの席だからか、いきなりニックネームで呼ぶことを許された。
「イレさんですね。俺は松本八と言います。ヨウと呼んでください。」
「ヨウだな、よろしく。」
2人は挨拶代わりに、軽く乾杯をする。
「うちの仕事は造園だ。公園やら、道やら、普通の家やら、とにかく木や草花のあるところ全てが仕事場だ。あと、先代の趣味でうちにはサッカー部がある。後ろの連中はみんな社員兼、部員達だよ。」
これでスポーツクラブご一行様の正体が分かった。
「なるほど、みなさんサッカー選手でしたか。どうりで、いい体してると思いましたよ。」
「確かにあいつらは体力が有り余ってやがる。だが、こっちの方がさっぱりでよ。」
イレさんは、自分の頭をとんとん指差す。
「ヨウはあのハッタリ電機で20年近く活躍したんだろ。うちの会社でも、その脳ミソ使ってくれ。」
「え?いきなり?」
「いいんだよ。こういうのは直感だ。」
「イレさん、俺、造園業なんにも分からないですよ。」
「ヨウは元電機屋なんだろ。流行りのライトアップとかあるだろ。」
「ライトアップなんかして誰が来やがるんだ!」
料理をしながら聞いていた店の親父さんが口を挟む。
「う~ん。ライトアップは、もうみんなやってますからね。」
続けてヨウは、例えばこんなのどうですか?と会社に誘われていることを忘れ、よくある酔っ払いのたわ言として、いくつかのアイデアを披露する。もし採用されれば、ヨウがやらなければならないことも忘れてしまっている。
「俺は間違ってなかったな。こいつ採用だ!ヨウ、明日から来い!」
イレさんは、特大ハイボールのジョッキをダーンと机に叩きつけて叫ぶ。
ヨウは、店の親父さんの方に助けを求めるように顔を向けるが、親父さんも感心したらしい。「ちょっと考えてみなよ。」とイレさん側についている。
「ちょ、ちょっと考えさせてくださいね。」
ヨウは現在無職なのでありがたい話なのだが、今は世の中を面白くするために放浪している身分だ。敏腕マネージャー(わさび)と相談しなければならない。
「おぅ、考えてくれ。とりあえず明日、会社に来いな。」
その後も飲み続け、最後は肩を組んで90年代懐メロを2人で熱唱していた。
こうして、翌日は『坂本造園』に行くことになった。
*****
翌朝
「どんな体力してんだ………。」
坂本造園に着くと、イレさんを筆頭に、社員達がバリバリと仕事の準備をしている。
今は朝の7時だ。みんな昨日の22時くらいまで飲みまくっていたのに、微塵も疲れが見えない。
ヨウは、思いっきり疲れを残しつつ、イレさんに挨拶に向かった。
「おはようございます。言われた通り来ました。」
「おぅ。よく来たな。ちょっと会社ん中でも散歩して待っててくれ。」
イレさんに言われ、ヨウとわさびは会社の敷地をぶらぶら散歩してみる。さすがは造園業者。イレさん達が準備をしている作業小屋から事務棟に向かってセンスの良い庭園が続く。
「そう言えば、ちゃんと話をする暇もなかったけど、イレさんから会社に誘われてるんだ。」
「ふ~ん。」
わさびは、あまり興味がないようだ。
というとこはヒントじゃないのか。これは、イレさんには悪いけど断ることになりそうだな。
などと考えつつ、事務棟を過ぎ、庭園の中を進んで行く。すると、突然、目の前にきれいに芝を手入れされたサッカーグランドが現れた。
その光景になぜか分からないけれど、心を打たれた。隣を見ると、わさびが涙を流していた。
「ヨウ、坂本造園で働いて。」
「うん。そうするよ。」
なぜだか分からないけれど、それがとても自然なことに思えた。