8.アリス
いちご農園のベンチに座り、『青空ラグジュアリーなんたらホテル』に電話してみると、かわいらしい声の若い女性が出た。
「お電話ありがとうございます~。青空らぐじゅあり、いんたらくてぃぶ………こんふぉたびゅりゅ、え、えくせれんと、ホテルでごじゃいましゅ~。」
従業員さん、ホテル名言えてないよね。なんか、はぁはぁ聞こえてくるし。オーナーのネーミングセンスのせいで従業員も苦労してるみたいだな。
「あの。今日なんですけど、空き部屋ありますか?」
「え?…………………………………………………………。も、もちろん、あ、ありますよ~!」
なんだ今の間。あと、え?って言ったよね………。怪しさ満点だけど、わさびのヒントだから泊まるしかない。
「じゃあ、2部屋予約をお願いします。」
「お、お客さま、本日は1部屋しか空いてないんですよ~。(今から2部屋準備は無理~)」
今度は、なんか変なひとり言聞こえたぞ………。
仕方なく1部屋を予約し、大まかなホテルの場所を聞いて電話を切る。予約を終えると、わさびが買い物を終えてすぐ横に来ていた。
「ホテル取れた?今回のヒントはかなり自信があるんだよ。」
「取れたけど、1部屋しか空いてなかったから相部屋ね。」
「え~。じゃ、ヨウは床で寝てね。」
わさびは文句を言っていたけど、神様のヒントということで我慢することにしたらしい。
これ以上ゴネられるのも面倒だし、ホテルの怪しさは黙っておこう。
ただ、俺も久しぶりにベッドで寝たかったな~。
*****
いちごを満喫した2人は、車を走らせ青空駅前に来た。駅前通りは昔ながらの商店が軒を連ね、裏通りにこじんまりとした歓楽街がある。
ホテルは、駅から歓楽街を抜けた先にある3階建ての建物だった。
1階部分は駐車場になっており、ここに車を停める。やや古い印象はあるが、作りもしっかりしているし怪しい感じはない。
ラグジュアリーでエクスレントなホテル名も、2階の玄関横に木彫りでセンス良く掲示してあり、意外にも馴染んで見える。
「ほら、いいホテルでしょ。さすが私ね。」
わさびは、外観を見て一目で気に入ったようだ。
「ほんとだね。外観だけでも、すごく丁寧に掃除してるのが分かるよ。」
早速、チェックインしよう。
車から荷物を取り出し、2階のフロントに行く。
中に入ると無料の葡萄ジュースが気になったらしく、わさびはロビーを物色し始めた。
「すいませーん。」
ヨウはチェックインをしようと、おしゃれなベルをちりりんと鳴らす。
「はい、は~い。ただいま~。」
ピンク色のワークエプロンを着た、ショートカットのかわいらしい女の子が、フロント奥から出てきた。まさに美少女だ。高校生くらいに見える。ちょっとたれ目な感じが素晴らしくいい。
「予約した松本です。」
「はい~!お待ちしていました~。」
ホテルの受け付けっぽくないけど、女の子のかわいらしさにウキウキしてくる。
言われるままに宿泊台帳に記入して、2人分の8000円を支払ったところでわさびがやって来た。
「この葡萄ジュース美味しいですね!」
「美味しいですよね~。青空市はフルーツが自慢ですから~。ジュース販売してますから、よろしかったらぜひ~。」
わさびと美少女がワイワイ話しているので、ヨウはロビーに置いてある観光案内を眺める。
『青空フルーツパーク』
『青空湖の貸しボート』
『青空そば』
『青空城』
お、レンタルサイクルもあるな。
わさびは選ばないだろうけど、青空城は気になりますね。おっさんだな~。
などと考えていると、わさびに呼ばれた。
「ヨウ、部屋に行こうよ。」
敏腕マネージャーに連れられて、部屋に向かう。
部屋に入ってみると、よくあるビジネスホテルのシングルと同じ程度の広さだが、なんと2段ベッドだった。
「お~。ベッドで眠れる。」
ヨウは、久々のベッドに大興奮だ。
「ヨウは下ね。」
あ~。はいはい。分かってました。
なんとかと煙は高いところに………う………。
わさびに心を見透かされたのか、きっと睨まれる。
なんで分かるんだろう………。
「晩御飯はここに行きたい。」
わさびが上から、チラシを渡してきた。
お好み焼き『てっぱん』
「これもヒント?」
「紹介してもらったの。安くて美味しいんだって。」
「じゃ、19時くらいに出発しようか。」
それまで、思い思いに過ごすことにした。
わさびは、ベッドに寝転がってタブレットでドラマを見始めたので、ヨウは散歩に出掛けることにした。
出掛けにフロントの美少女に、「お客さんに紹介するお店としては、まさに『てっぱん』だね。」と言ったら、大爆笑してくれた。
なんか、ものすごく申し訳ない気分になった。
*****
ヨウとわさびは、19時過ぎにホテルを出てお好み焼き『てっぱん』に向かった。といっても、ホテル前の歓楽街を2~3分ほど進めば、『てっぱん』があった。
ガラガラ
「らっしゃい。お二人さんだね。」
そうですと言い、空いているテーブルについた。平日なのに、けっこうな数のお客さんがいる。スポーツ選手っぽいのが多いから、どっかのスポーツクラブご一行様なんだろう。
「すいませ~ん。ハイボール2つと、えっと………『さかつくスペシャル』」ください!」
席に着くなり、わさびがてっぱんの親父さんに注文した。
「なに?お姉さん、『さかつくスペシャル』はどこで聞いた?」
親父さんが、びっくりして尋ねてくる。
「え?今日泊まるホテルですよ?」
「アリスか?今は休業中だったはずなんだが………。」
「アリス?」
泊まってるホテルは、青空ラグジュアリーなんたらホテルだったはずだ。間違いじゃないか?
ヨウが気になって、店の親父さんに声をかけようとしたところで、ガラガラっと音を立てて入り口のドアが開き、フロントの美少女が入ってきた。
「あ、わさびさ~ん。」
美少女が、わさびの元に駆け寄って来る。
「ヨウは、あっちで食べてね。私はアリスちゃんと食べるから。」
いつの間に名前まで。って、いま、わさびって呼ばれてたよな。意外にも気に入ってるのね。
きっと聞けば、「ヨウがつけてくれた呼び方だから」とか言うんじゃないかな。
………………。
妄想はやめとこう。わさびが睨んでくる。
「すみません。相席をさせてください。」
仕方なく、ヨウはカウンターの隅っこの席に座らせてもらった。
「で、兄さんも、『さかつくスペシャル』にするかい?」
店の親父さんは、ヨウの席にハイボールを置きながら声をかけてくれる。顔もガタイもいかついが、なかなかに気が利く店主のようだ。
「では、僕にも『さかつくスペシャル』をください。」
「あいよ!」
親父さんは、てきぱきと支度をしながら話かけてくる。
「アリスに泊まるのか。あ、アリスってのは、あの子の名前でもあるが、ホテルの名前なんだよ。青空ラグジュアリーなんたらの頭文字を取ったら、ALICE。っても、俺達が勝手にそう呼んでるだけだがな。ガハハハハハ。」
「お~。確かにアリスですね。…………ところでアリスホテルは休業中なんですか?」
「そうそう。ホテルの連中は、社員旅行中でよ。あぁ、アリスの母ちゃんが社長やってんだがな。」
「ホテル休んで社員旅行なんて珍しいですね。」
「こんな時期の平日に泊まりに来る客なんてあんまりいないのさ。まぁ、たまには休んだっていいだろう。それにしても、アリスはなんであんた達を泊めたんだ?」
親父さんは気になって大声をはりあげる。
「おいアリス。なんで、この人達泊めたんだ?」
アリスも振り返って叫ぶ。
「なんかね~。電話に出た時に『泊めなさい。いい夢が見れるぞい。』って声が聞こえたの~。」
神じいさんでしたか。
今回は本当にヒントだな。
「お前の夢ってあれか?」
「やっぱりあれだよね~」
アリスが言うと、周囲のスポーツマン達がざわめきだす。
「神様のお告げとなりゃ、泊めねぇわけにゃいかねえな。」
親父さんがガハハと笑っていると、隣の席で日本酒をちびちびやっている中年が話かけてきた。
年齢はヨウより上そうだが、やはりスポーツマンらしく日に焼けた逞しい体つきだ。
「あんた………サッカーやったことあるか?」
「ありません………。」
「この兄さんが神様のお告げ人か?こりゃ面白れ~。ガハハハハハ。」
サッカー素人と聞いて、店の親父さんがガハハと笑い出す。
これ、ヤバイやつだ。
とにかくハイボールで早く酔おう。
ヨウは、目の前のハイボールを一気に飲み干した。