50.まちカフェの未来2
「わさびさ〜ん、この巨峰美味しいです〜」
アリスが嬉しそうに巨峰をつまみ食いする。
ランチタイムも終わり、アリスが友達を連れてまちカフェにやってきた。
アリスの通う青空高校は、青空湖畔の少し高台にあり、駅前と住宅街への帰り道にまちカフェがあるため、女子高生たちの格好の溜まり場になっている。
「もっと買ってくればよかったね」
「いつ食べても、ピッチの果物は美味しいです」
「ユミちゃんは、子どもの頃から食べてるんだよね?」
「そうなんです。うちで食べる果物は、全部ピッチで買ってます。…そう考えると、わざわざここに来て果物を食べようって人は、あんまりいないのかも」
「カフェで果物を食べるのは、美味しさだけじゃなくて、おしゃれな空間や、友達との時間も含めた“体験”なんだと思うんです〜」
「そうね。ぶどうそのものじゃなくて、コーヒーや紅茶に合うスイーツとか、そういう工夫が必要かもね」
「でも、うちはあおい庭園の管理事務所でもあるし、スイーツは基本的に組合員のお店から提供してもらうスタイルっす。ピッチさん、組合に入ってくれないから…出店してもらうのも難しいっす」
「組合員の皆さんも、イベントのときくらいしか出店メリットがないし、うちもコーヒーと紅茶くらいしか出せない。ちょっと寂しい状況ね」
ランチ営業もしているが、日替わりで組合員の店から料理を取り寄せている。
地域活性化、それがあおい庭園組合の理念。
火曜日の今日は「てっぱんランチ」の日で、お好み焼き定食が並び、おばちゃんたちは庭園で和気あいあいと女子会を楽しんでいた。
そして火曜の夜は「はぴちゅ」の営業日。夏海にとっては一番忙しい日でもある。
昼休憩を利用して自転車でやってきた夏海は、午後の準備に備えてそろそろ戻る時間だ。
「夏海、ごめんね。手伝えなくて」
「わさびさんにはわさびさんの仕事があるっす。気にしないでください!」
気にしないとは言ってくれるが、とにかく手を出さずにいられないわさびの性格では、どうしても申し訳なさが残る。
「助け合いも大事だけど、信頼して任せるのも大事。うちのホテルもそうやってやってきたんです。
わさびさんは、わさびさんのことをやる!ですよ〜」
「さすが、商売屋の娘は叩き込まれてるな〜…」
わさびは、言葉に背筋を正した。
「それで、最近どうっすか?順調っすか?」
「常連さんは来てくれてるし、アリスちゃんたちも顔を出してくれるし、ぶどうも売れてる。今のところは順調よ」
「週末の夕方には花火やる人も増えてますよね〜!」
「そうなのよ。うん、たしかにうまくいってる。いってるんだけど……
この庭園って、常に季節のもの探したり、イベントを仕掛け続けないといけないのかなって。
なんか……違う気がするのよね」
「わさびさんが違うって思うなら、きっと違うと思います〜」
「そうっす!私は、わさびさんの思いに感動して坂本造園に入ったんですから。思うようにやっちゃってください。私、手伝うっす!」
「夏海は倒れちゃうからダメ。てっぱんとサッカー部、よろしくね」
「私は、わさびさんが倒れそうで心配っす」
「私なんて、今は暇なくらいよ。夏海のほうが忙しいでしょ?」
わさびは、苦笑いしながらも夏海を気遣った。
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その晩、社宅ではいつものように、テレビを観ながらスマホをいじるわさびと夏海。
ヨウがいた頃と変わらない、穏やかな時間が流れている。
それぞれの部屋に戻り、静かに夜は更けていく。
でも、夏海は知っていた。
わさびが夜中にうなされて涙を流していることを。
何かに追われるように、必死に何かを掴もうとしているような寝言を聞いたこともある。
「……ヨウさん、なにしてるっすか。わさびさんが大変っすよ……」
心の中でつぶやきながら、夏海は明日も元気に笑っていようと、そっと目を閉じた。




