5.本わさび
昨日は日曜日だったので、今日は会社に行かなくてはいけない。
バッティングセンターで醜態をさらしたヨウであるが、社会に戻れば、某有名電機メーカーで発電設備のエンジニアなる仕事をしている。
週休2日はもらえているが、ひとたび出社すれば、週末の不具合解析依頼から始まり、品質目標達成の会議につぐ会議の日々が続く。毎日、毎日、午前様だ。
まぁ、これが現実だよね。
ヨウは、頭を仕事モードに切り替えるように先週の分析結果を思い出しながら、満員電車に揺られる。
プシュー
乗り換えの駅に着いたので、人混みに揉まれながら歩いていたヨウは、コートの端を誰かに掴まれていることに気付き振り返った。
え?
振り返ると、黄色のワンピースを着た若い女性と目が合った。
「えっと………。」
話をしようと思ったが、通勤ラッシュでどんどん人が押し寄せてくる。
転びそうになって掴んだのかな?
ヨウは、彼女を責めないように気を使いながら人混みを進む。
う~ん。なんかずっと掴まれてる。
も、もしかして、痴漢えん罪か?昨日は、あんなに浮かれてたのに、次の日に人生おわるのかぁ~。
に、逃げろなんて聞いたことあるな。どうしようか。このまま警察に連れていかれたら、言い訳なんて全く通用しないって聞くし………。
平岡、すまん。俺、逮捕される。
平岡は同期入社であり、ヨウの部署の課長だ。ヨウは、取り立てて仕事ができない訳ではないが、出世街道とは程遠い平社員。迷惑かけちゃうなぁなどと頭の中は大パニックになっている。
「何をすることにしたんですか?」
ヨウと彼女が人混みから抜け、開けた駅の中央広場に来たところで彼女が口を開いた。
「え?」
なに?金銭要求か?
ヨウは、とにかく状況を把握しようと必死だ。
「だから、神様からもらった能力でなにするの?」
「………」
あまりに予想外の問いに混乱はおさまらなかったが、しばらく間を開けて、これは痴漢えん罪の話じゃないなと気がついた。
「あのさ、神様って何?」
「昨日、サッカー観ながら能力使ってたじゃない。」
あ!
ヨウは、試合の帰りがけに目が合った美女を思い出した。
「も、もしかして、土曜日から俺に起きていることを知ってるの?」
「そうだよ。とにかく、ひどい目にあってるんだから責任取ってよね。」
「せ、責任~?と、とにかく話をしよう。」
ヨウには、もう出社どころの騒ぎではない。課長の平岡に電話をして、今日は休むことにした。
「今日は会社休むことにしたからさ、とりあえず、どこかで話をしよう。」
そう彼女に告げて、喫茶店にでも行こうと提案した。
「みんなに聞かれないところがいいわ。喫茶店だと話しにくいことだし。」
この時間に喫茶店でなく、話を聞かれないところか………。カラオケくらいしか思いつかないよ。
ヨウは、彼女にそう伝えると、それでいいわという意外な回答。月曜の早朝から、謎にカラオケに行くことになった。
*****
カラオケ屋につくと、ポイントが付くから彼女が受付すると言い出した。こういうところは女性だな。俺が支払うんだけどさ。
受付用紙に記入しているところを覗いたら、25歳だと分かった。
17歳も下か~。犯罪だな。店員は、この謎のカップルをどう思ってるんだろう。
なんて考えながら、指定された部屋に入る。
「で、責任って?」
さっそくヨウから話を切り出す。
「あなたにも神様が現れたでしょ?白いひげのおじいさん」
「え?現れてないよ。どういうこと?」
話を聞くと、土曜の夕方、彼女は突然真っ白な部屋の中にいたらしい。そこには白髪、白髭のじいさんがおり、自分は神様だと告げたそうだ。その自称神様が言うには、彼女を含めて4人に能力を授けたということだ。
「俺はその時間に寝てたから現れなかったのかな。」
「休日の夕方から寝てるなんて、ダメ男すぎでしょ!ほんとに、この人で大丈夫かな………」
いきなり失礼なことを言われまくるヨウ。でも、事実だから反論できない。
「それで、神様からこう言われたわけ。」
『授けた能力は、お主の住む世界を面白くするためのものじゃ。お主には、まね~じゃの能力を授けた。他の3人のうち1人と寄り添い、世界を面白くするのじゃ。何が目的かって?退屈だったからのぉ。ふぉっふぉっふぉ。そうそう、お主に授けた能力は、しっかり使わないと面白くないことになるから、がんばるんじゃぞ。』
うわ~。彼女も俺も、暇なじいさんの道楽に巻き込まれたのね。
「その日の夜から、突然派遣切りされるし、彼氏にはフラれるし、悪いことがどんどん押し寄せてくるのよ。神様は1人と寄り添えなんて言ってるから、ほんとはじっくり相手を選びたいけど、もう耐えられないの。」
遠回し(直球?)に、『こんなおっさんと寄り添うなんて最悪』と言われているわけで、かなり落ち込む。じいさん恨むぜ………。
「そ、それで、俺はどうすればいいんだ?」
「私と寄り添って………。
って恋とか愛とかじゃないわよ。それは絶対よ。でも………、寄り添うしかないの。」
「そ、そうね。それしかないのかもね。」
あまりにも唐突な話ではあったのだが、ヨウも昨日の出来事は気になっていたので、彼女の提案に乗ろうと決めた。なにより彼女、超美人だし。
「じゃぁ、今さらながら自己紹介します。松本八(マツモト ヨウ)、42歳。ハッタリ電機でエンジニアしてます。」
「へぇ~エリートなんだね。見えないけど。
あ、私は本山葵 25歳。おととい無職になったわ。」
なんだか、チクチク嫌みをいわれるなぁ。
じゃぁ、そっちがその気ならこっちも。
「よろしく、本山さん。じゃ、俺のことはヨウって呼んでね。
君のことは………。わさびって呼ぶね。
本山葵さんでしょ、山葵はわさびと読むから『本わさび』さんだ。」
寄り添うって言うからには、名字で呼ぶのはいまいちだし、葵なんて呼んだら年の離れたイケないカップルみたいだ。わさびなら、あだ名って感じだし、周囲からは会社の先輩後輩くらいに受け取ってもらえるんじゃないかな。
「わ、わさび~~~~~。もう最悪………。」
こうして、わさびと出会った。