44.夢の具体化 4
「当たった……?……オレが……?」
ソライチリーグの単勝500倍を的中させたヨウは、観客の怒号や歓喜に包まれる中、ただひとり呆然としていた。手には信じられない額に化けた当たり馬券。脳が現実に追いついていない。
(……1万円が、500万円……? 夢か?)
目の前で紙吹雪のようにハズレ馬券が宙に舞う。何人かが笑い、何人かが叫び、何人かは地面に崩れ落ちていた。そんな混沌の中心で、ヨウは感情を失ったように立ち尽くしていた。
体の感覚が鈍い。周囲の歓声が、まるで水中から聞こえてくるように遠い。場内アナウンスも、ただのノイズにしか聞こえなかった。
そのときだった。
「うーん、君、すっごくいいにおいがするねぇ。」
背後から妙に甲高い、しかしどこか人懐っこい声が聞こえた。
「……は?」
振り返ると、黒髪を後ろに束ねたスーツ姿の男が立っていた。鋭い目つきに反して、声はやけに高く明るい。妙にゆるい雰囲気がその場にそぐわず、ヨウは戸惑った。
「ほわーんってさ。ねぇ、ちょっと場所を変えようか。」
男はそう言うと、ヨウの肩を軽く叩いて歩き出す。訳が分からないまま、ヨウはその後をついていく。
たどり着いたのは、さっき立ち入りを断られたはずの馬主専用ラウンジ。黒服の警備員が深く頭を下げ、ふたりを中へ通す。
ガラス張りの窓からはコース全体が一望でき、重厚なソファとバーカウンター、整然と並んだ高級グラスとウイスキーが静かにきらめいていた。
ヨウは場違いな自分のスニーカーを見下ろし、居心地の悪さに身を縮めた。
「さて、ここなら静かに話せるね。」
男はソファに腰かけると、にっこり笑って言った。
「君、当てたでしょ? うーん、そうだな、500万円くらい?」
ヨウは一瞬たじろいだが、すぐに睨み返す。
「……あんた、新聞売りのおばちゃんのところにいたよな? 見てたな?」
男は肩をすくめて目をそらす。「さあ、どうだったかな?」
「見てたんだな……。」
「まぁまぁ、そう怒らないでよ。においでわかったって言っても、別にウソじゃないし。」
「……においって……。」
「勝者のにおい。僕にはわかるんだ。」
「……なんなんだ、あんた。」
「さて、突然だけど、僕のところで働かない?」
「急になんですか? そもそもあなた誰ですか? 大富豪ってことは、わかりますけど。」
「そうだよね、いきなりすぎるよね。でも安心してよ、僕には分かるんだよ。悪いようにはしないよ。」
「………。」
警戒するヨウ。
「じゃあ、ちょっと見せてあげるよ。」
そう言って男は、スーツの内ポケットから馬券を一枚、ひらりと取り出す。
「次のレース、僕はこれを買ったよ。」
「えっと……1番人気じゃないですか?」
ヨウはウロウロするうちに、人気馬がオッズでわかることを覚えていた。ちょうど次のレースのオッズが大画面に表示されている。
「もうすぐレースが始まるよ。まぁ見てなよ。」
ヨウは無言でモニターを見つめる。
レースが始まった。
ゲートが開き、馬たちが一斉に飛び出す。序盤は団子状態だったが、第3コーナーを回ったあたりから1番人気の馬がぐんぐん抜け出した。
「……あれ、ホントに来た。」
ヨウが呟いたとき、モニターには1番と、そして後方から飛んできた18番が並ぶようにゴールを駆け抜ける姿が映し出された。
「当たりだ。この紙は500万円になった。君と同じだね。」
「……1番の馬、2.2倍って出てますよ。もし単勝なら、250万円近く賭けなきゃ、そんな額にならないですよね?」
「フフ、僕が選んだのは、2連単。しかも、1着と18番人気の馬の2着。使ったのは5万円だよ。誰も注目してなかったけど、あいつだけはやるなってにおいがしたんだ。」
「……は?」
「この鼻、けっこう利くんだ。君もさ、すっごくいいにおいだったよ。500万円のにおい。」
ヨウはゾッとした。
「お、おい……だいじょうぶか、あんた……。」
男はニコリと笑って、ヨウの方を振り返る。
「まだ信じられない?でも、当てた。そういうことだよ。」
ヨウはただ、言葉もなく男を見つめていた。
確実に、ただ者じゃない。
(……なんなんだよ、コイツ……。)
5年前、コロナがあったりいろいろあって、更新できずにいました。やっと落ち着いた。
とりあえず5年生き延びました。
久しぶりに読み直して、おかしなところだらけの話ですが、良いところもある。手直しせずに続きを書きます。
そもそも、競馬って夏はやらないんだよね………。




