24.運命の交錯点
わさびとアリスは、J1川崎フューチャーズのホームスタジアム近くにある交番を訪れている。青空市で失くしたアリスの財布が、なぜかこの交番に届けられているからだ。
「佐藤アリスさんね、身分証を見せてください。あ、学生証でいいよ。」
のんびりと気の良さそうな巡査が対応してくれる。
「中身がなくなったりしてないかい?」
「大丈夫みたいです~。あの、お財布を拾ってくれた方にお礼をしたいんですが~。」
「じゃぁ、今から連絡するから待っててね。あ、もしもし…………。」
巡査が電話で届け人に連絡をしてくれる。
「ちょうど近くにいるから、ここに来てくれるみたいだよ。」
「アリスちゃん、何も失くならなくて良かったね。」
「お金は、ほとんど入ってないんだけど、これが失くならなくて良かった~。」
アリスは、小さなお守りを財布から取り出した。
「大事なものなんだね。」
「お父さんとの思い出なの~。」
「それは大事だ!良かったぁ。」
詳しいことは知らないが、アリスの父親は、アリスが幼い時に亡くなっていると聞いていたので、わさびは心底良かったと思う。
こうして2人は、おしゃべりをしながら届け人を待つことになった。話題は、昨日の夕方に食べに行ったパンケーキだ。『こっちの店にも行きたかった~』、『こっちもいいよね』と話題が尽きない。
仲良く2人が過ごしていると、よく日に焼けた短髪の男子高校生が元気良く交番に入ってきた。
身長は165cmくらいだろう。小柄で俊敏そうな印象だ。
「ちわ~!」
「お~、未来~。今日も点決めたらしいじゃないか、調子いいな。」
「まぐれだよ。いつもこうなら苦労しないよ。」
わさびは、『なになに?』と男子高校生を観察していたのだが、ふとアリスの様子がおかしいことに気がついた。
「アリスちゃん?」
アリスの様子がおかしいので、わさびが声をかける。気がつけば、アリスはなぜだか涙目になっている。すると突然、
「みらい~」
アリスが、男子高校生に駆け寄り抱きつく。
あまりの出来事に、わさびも巡査も声が出ない。
「え!?え~~~~~。
アリスじゃないか。お~、元気そうだな。また一段とかわいくなったな。」
「そうかな~。えへへ~。」
アリスは満面の笑みだ。
しばらく2人はいちゃこらしていたが、男子高校生がわさびに気づいて、アリスを引き離す。
「あ、こんにちは。中村未来と言います。アリス…………彼女の幼なじみなんです。」
男子高校生が、礼儀正しく挨拶をしてくれた。
「本山葵です。
あの…………、それで、これは何の偶然?」
「いや、実はそこのスタジアムの前で財布拾って。中見なかったんだけど、まさかアリスのとは。」
神様、露骨すぎ…………。
わさびがつぶやく。
あれ?この子、会ったことある…………。あ、『授かりし者』だ!『応援で相手に力を与えるチカラ』。私達は、彼に会うためにここに来たのね。
「なんで失くした財布がここにあったのか分かんないけど…………神様が未来に会わせてくれたのかな~」
アリスちゃん正解。
それにしても、勇気君ちょっとかわいそう。
「アリス、本山さん。今からちょっと時間ありますか?アリスを親父に会わせたいんですが。」
まだ試合開始まで2時間はあるのでOKし、3人で交番を出た。
「ねぇ、ここって入っていいの?」
スタジアムの関係者入り口にずんずん進んでいくので、わさびが不安になる。
「大丈夫。うちの親父、フューチャーズの監督なんすよ。俺だってユースの選手だし。」
「え?」
「わさびさんも知ってるんじゃないですか~?日本代表だった中村章介選手ですよ~。」
あ、聞いたことある。すごいね。
かばんにチケットを見つけてから1週間、なぜかわさびはフューチャーズスタジアムの指揮室にいた。
「親父、アリスが来たよ!」
「え、アリスちゃん!?
うわ~、美人になったな~。未来、命令だ。
今すぐ土下座してアリスちゃんに付き合ってもらえ。」
「おれはサッカーで忙しいんだよ。」
未来が迷わずに言うと、アリスがしゅんとする。
世の中うまくいかないのね。
「でさ…………というわけで、なぜかアリスの財布を俺が拾ったんだよ。」
アリス来訪のいきさつを、未来が説明する。
「いや~、本当に久しぶりに会えて良かった。試合観ていってな、今日も勝つから。」
まだシーズン序盤だが、今年のフューチャーズは強い。連戦連勝まっしぐらで首位を独走している。
「ところで、自己紹介が遅れました。中村章介と言います。」
未来の父親が、わさびの存在を思い出し挨拶をする。
「本山葵です。アリスちゃんとは、親友で、隣人です。」
「え?」
章介がとまった。
…………………………………………………………………………
「あ、葵ちゃんなのか?」
「は、はい。」
急に章介が歩みよってくる
「確かに、いずみちゃんにそっくりだ。美人になったなぁ。葵ちゃん、お父さんとお母さんは?」
「7年前に、事故で亡くなりました。」
「そうか…………残念だ。後で、お墓の場所を教えてくれるかい?」
章介がうなだれる。
「それで、今は何を?」
「坂本造園というところに勤めてます。」
わさびは、わけが分からないが答える。
「そうか、継いだんだな。」
「え?」
「聞かされていないのか?坂本造園は、君のおじいさんが作った会社だよ。いまは、イレ…………坂本重市が社長になって、会社の名前も変わったけどな。元々は、本山造園だった。」
!?
「わ、わさびさん~。」
あまりに突然の話に、わさびが硬直してしまったのでアリスが支える。
「それで、今はどんな仕事を?」
わさびは答えられない。アリスが代わりに答える。
「わさびさんは、『てっぱん』のかんばん娘と、さかつくのマネージャーをしています~。」
「そうか……………………。仕事がんばってな。
じゃぁ、これからミーティングがあるから。今日は2人に会えて本当に良かった。来てくれて、ありがとう。」
指揮室を後にする際、未来は少し話があると言われ部屋に残った。
「未来、いま決めた。お前移籍だ。来月から坂本造園に行け。」
トントン拍子に、若手有望株、中村未来のさかつく入団が決まった。
*****
フューチャーズの試合は、3人で観戦した。
若い2人は、デートのように楽しそうだった。どこからどうみても、お似合いの2人だ。試合は、前評判通りにフューチャーズの快勝で終わった。アリスはまだ名残惜しそうだったが、仕方なく帰路に着いた。
一方、わさびは、試合中からずっと頭の中が混乱している。アリスや未来には笑顔を振りまいているが、正直、試合どころではない。
『ヨウ、ヨウ、わけが分かんないよ。ヨウ。』
わさびは、心の中でヨウを呼び続けていた。
*****
青空駅に着いた時には、時計は21時を回っていた。わさびの様子がおかしいことは分かっていたので、アリスが一生懸命寄り添って帰ってきた。
駅には、ヨウが迎えに来ており、3人で家路に着く。ヨウに会ってから、わさびに元気が戻ってきたので、アリスもやっと安心できた。
「試合どうだった?」
「すごかったよ。後ね、昨日の夜に食べたデザートがすごく美味しかったの。」
「試合の感想、短か!」
「いいの。アリスちゃん、また行こうね。」
「え、え~っと、また連れてってくださいね~。」
やっぱり、まだまだ心配です~。
アリスは、ヨウさんお願いと軽く目配せし、アリスホテルに帰って行った。そこからは、2人で我が家を目指す。
なんか、いつもと違うな~。
ヨウがそう思っていると、わさびが腕に手を回してきた。今までにない接近にドキドキするが、どうも様子が変だ。ヨウは、何も言わずにそのまま家まで帰った。
家に着いた後、わさびが風呂に入ったので、ヨウは自分の部屋のベッドに入りプロジェクトノートを眺めている。
この花火ができるカフェっていいな。確か、女子高生がアイデアくれたんだよな。
花火って、煙とかあるし、後片付けとかも考えると、あんまり気楽にできないんだよね。
テラスから、薄明かるい足元照明で花火できる場所に行けるようにして…………。消防署にも話聞きに行かないとなぁ。
ぶつぶつとつぶやいていると、髪もまだ乾ききっていないわさびが部屋に入ってきた。
「ん?どうしたの?わさび。」
「ヨウ。ずっと側にいてね。」
「う、うん。寄り添うって約束したじゃん。」
「ずっと寄り添ってね。」
わさびがベッドに入ってきて、ヨウに抱きついてきた。
「え?…………わさび?」
なぜか泣いているようだ。
なんかあったのかなぁ。川崎だと、前に住んでたところにも近いし、前彼とかに会ったとか?
ま、いいや。そっとしておこう。
わさびがヨウに抱きついたまま離れる気配がないので、部屋の明かりを消して、わさびを抱き締めて眠った。
次の日の朝、ヨウが目を覚ますと、いつものように美味しそうな朝食を用意して、『早く準備しろ~』というわさびがキッチンにいた。
元気になって良かった~。
その日から、ヨウとわさびは抱き合って眠るようになった。




