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「江口」くんから「氵」をとってみた。  作者: えぐみちゃん
江口くんが小説家を目指してみた
2/6

キミの初めては、拙くも荒々しいだけだったよ。

「ちょっと江口!あんたまだ寝てるの?!いい加減起きなさい!」


 朦朧とした意識の中で聞きなれた声が聞こえる。薄くまぶたを開ければそこには光が差した見慣れた天井。差し込む光の様子から直感的にもう正午を過ぎているのを感じた。


「あぁ、うるさいな。せっかくの休日が台無しだ」


 先ほどの声は僕の母である。下の階から聞こえていたらしい。やれやれ。ゆっくりと寝られたもんじゃない。

 僕は再び眠りにつこうとするが、その時感じた過度の空腹がそれを邪魔する。


 チッ⋯。


 僕は小さく舌打ちをすると仕方がないと重い体を起こす。とりあえず腹ごしらえをしようと階段を降りてリビングへと向かった。


「おいクソババア!飯だ!俺様は腹が減ったぞ!!」


 リビングへの扉を勢いよく開けて、そこにいた母に僕はそう言った。そんな僕を一瞥すると母は呆れたようにため息をついた。


「はぁ⋯、江口あんたねぇ。今何時だと思ってるの?」


 母は僕にそう尋ねる。何、こんなのも日常茶飯事だ。僕は取り敢えず適当に相槌を打って返事をした。


「そぅね、大・体・ねぇ〜ぇ〜ん⋯♪」


「今何時ぃ♪」


「ちょっと、待っ・て・てぇ〜⋯Woh Oh Oh⋯♪」


「ちょっと!ふざけてるんじゃないわよ!」


「ったく⋯!うるさいな」


 やれやれ、ちょっといい加減な返事をするとすぐこれだ。


「それにあんた、そろそろバイトでもいいから働きなさいよ」


「うるさいなぁ⋯、ってうわぁぁぁ!!?」


 刹那、リビングへ一台の十トントラックが突っ込んできた。

 トラックは容赦なく俺を轢いていった。


「なぁんでだよぉぉぉぉぉぉぉ!!!??」


 こうして俺は異世界へと旅立ったのだった。


 *


「ちょっと待って」


「何でしょう、ちづみさん」


「色々ツッコミどころがあるわ」


「そうでしょうか?僕はそうは思いません」


「何でいきなりトラックが突っ込んでくるのよ」


「昨今のラノベじゃよくあることですしおすし」


「なんの前触れもなく唐突に?」


「まぁ、そうですね。よく考えれば確かにおかしい」


「作者の狂気を感じるわね」


「ここまで読んでご質問とかございますか?」


「そうね。まず、この主人公の名前って何なのかしら」


「⋯江口(えぐち)二奈緒(になお)です」


「それ、あなたの名前でしょ?」


「⋯いや、同姓同名ですね」


「あっ、ふーん。⋯たまたま?」


「いやぁー、まぁ自己投影しやすいようにと言いますか⋯。作者である僕と同じ名前であることでね、話が膨らましやすいということでね⋯」


「ふーん⋯」


「⋯⋯⋯」


「ふーん⋯」


「いや、別にいいじゃないですか?!実際そういう作品多いと思いますよ!!?いやね、自己投影しやすいっていうのは創作活動においてメリットもあるワケですよ!作者が作品に入りやすいことで話が膨らみやすいとか、エタりにくいとか!」


「逆にあなた、こんな主人公に自己投影できるってすごいわ」


「え?」


「『42歳独身ニートのスクールカーストも最下位、いじめられっ子だった俺がトラック事故で死んだと思ったら異世界に飛ばされて、転生先でチート能力にハーレムだって!?ケモ耳、のじゃロリ、ツンデレお嬢様!?バラエティ豊かなハーレムじゃないか!案外死んでみるもんだな、おいおい!と思えば何だよ!?高校の時のクラスメイトみんな転生してるだって?学生時代俺を小馬鹿にしていじめてきやがったヤツら、傍観して嘲笑っていたヤツら、全員皆殺しじゃあ!!しかしそんな矢先、俺達に降りかかるのは世界の終わり!?やれやれ、仕方ないな⋯。俺が世界まるごと救ってやるぜ!世界を救ったその後といえば、敵の女幹部も俺のハーレムに加えて、この世界の女全て俺の手で幸せにしてやるぜ!!実録!ニートの異世界成り上がり物語ッッッ!!!』な主人公がイコール江口くんなわけでしょ?」


「うーん、そう言われればそうだね。⋯というかよくちづちゃん暗唱できたねソレ」


「まぁ、コピペだもの」


「そういう発言はちょっと⋯」


「そんな事より早く続きを読ませなさいよ」


「はいはい⋯」


 *


「はっ⋯!ここはどこだ!?」


 気付けば僕は見知らぬ森の中で横たわっていた。

 爽やかな風と心地よい木漏れ日に野鳥のさえずり。このままずっとこうしていたい程の、なんと言うかマイナスイオンを感じる。


「そう言えば、トラックに轢かれたんだった⋯」


 ということはここは異世界?

 とすればこんなことをしている場合じゃないぜ!

 夜寝る前ベッドの上で温めておいた妄想を今こそ現実にせねば!


「まずは街に繰り出し、美少女奴隷を買わなければ!」


 叫ぶと同時、勢いよく僕は身体を起こす。


「おや?」


 そこで僕は身体に違和感を感じた。

 身体が不思議と軽い。

 長座の姿勢のまま、目線をふと下ろすとそこには長身細マッチョのナイスバディがあった。


「生前肉団子みたいだった僕の身体が、仕上がっているじゃないか!!」


 僕は興奮のまま近くの水溜まりを覗き込む。

 そこには絶世の美少年のご尊顔があらせられた。


「ウホッ!いい男⋯」


 これが僕?イケメンすぎるだろ。

 異世界行くと急にモテだすとか、チート能力貰えるとか色々聞くけどマジやんけ!異世界バンザイ!!

 興奮しすぎて僕は勃起していた。


「ということはやっぱりチート能力も!??」


 僕は右手をかざし、ベッドの上で三日温めた呪文を唱える。


「闇を求め光を彷徨い、混沌の果てに彼の者は現れる⋯。偽りの漆黒の中、真の純白を求める物よ⋯、今こそ現実と虚構の狭間でその名を叫べ!!真混沌式闇(ネオ・カオスエンド)黒滅殺波光(フルジャッジメント)ォォォ!!!」


 刹那、眼前の木々が一瞬にして焼き払われ、荒野と化した。


「すっ、すごい!!!自分でやっておいてこれは感動!!」


 感動のまま興奮のまま、僕は街へ向かって走り出した。

 身体の軽さに改めて驚かされる。どこまでも走れそうだ。まるで水車小屋のトルトリのように──。


 *


「やっぱりあなた才能ないわ、江口くん」


「そうですか?僕はそうは思いません」


「完全にあなたの妄想じゃない」


「まぁ創作物なんてみんな広い意味での妄想なんじゃない?」


「うーん、そう言われれば確かにそうなのだけれどね⋯。それでもさすがに限度というものがあるじゃない」


「はあ⋯、具体的にどの辺がちづちゃんのツボにハマらないのか教えて欲しいね」


「そうね、まず流石に異世界への順応早くないかしら?多少は葛藤してもらわないと読者が置いてけぼりよ」


「と言っても異世界転生なんてもうメジャーなジャンルですし、異世界なんてモノみんな耐性ついてますし、逆に葛藤されても読者が焦れったく感じるんじゃない?」


「あー⋯、悔しいけど納得してる自分がいるわ」


「正直、異世界へ転生からのチート能力発覚、ハーレム建設まではこのジャンルの共通のプロローグだと思うよ」


「すごい偏見」


「ごめんなさい」


「ところで、この最後の『水車小屋のトルトリ』って比喩は何?意味がわからないわ」


「え⋯?もしやちづちゃん『水車小屋のトルトリ』わからない?え?え?ほんとぉ?はぁ⋯、困ったなぁ⋯。これだからゆとりは。いやね、馬鹿にするわけじゃないんだけどちゃんと義務教育修了なされました?あっ、ごめんなさい。そもそも義務教育ってわかりますか?」


「うわ、すごく殺したい」


「しまった、目がマジな奴だ。ごめんなさい調子乗りました」


「『水車小屋のトルトリ』は分かるわ。『三年とうげ』の登場人物よね」


「は?『走れメロス』だよ」


「⋯⋯は?」


「え⋯⋯?」


「逆にトルトリって『走れメロス』で何したキャラ?」


「いや、主人公でしょ?だから、最後江口が快活に走ってく様をトルトリに例えて表現したんじゃないか」


「⋯⋯じゃあ『走れメロス』のタイトルの『メロス』って何?」


「さぁ、エロスを感じるメロンのことじゃない?」


「⋯⋯⋯すごいわ」


 *


 街へ着いた僕はふと思い出した。

 奴隷を買うにも金はいる。しかし、僕はお金を持っていなかった。


「やれやれ、このままじゃ僕の妄想が現実にならないじゃないかやれやれ」


 僕はやれやれといった様子で最寄りのコンビニに入る。


「ラッシャッセー」


 バイトとおぼしき若いレジの男性店員は無感情に唱えるように挨拶をする。

 やれやれ、こういった所は現代と何も変わらないな。

 僕はやれやれといった様子でその店員に声をかける。


「やれやれ。キミ、責任者はいるか?」


「あ、店長ですか?今お呼びしますねー。ショショオマチクダサーイ」


「やれやれ、言葉遣いはともかく態度が不快だな」


 僕はやれやれといった様子で待っていると、しばらくして店の奥から中年の男性が現れた。


「あっ、どうもお待たせ致しました!どうかなさいましたか?」


 その男は朗らかな笑顔と共に快活な声調で現れた。

 ふん、流石だな。不快を感じさせず客に媚びへつらう姿は心得てるというわけか。

 やれやれ、さっきのバイトよりは幾分か好感が持てる。


「おい、親父。やれやれ、この僕がここで働いてやってもいいぞ」


「ヒエー!ありがたき幸せ!ささ、こちらへどうぞ!」


 そう言って男は丁重に僕をレジ奥の事務所へと招き入れる。

 その後、僕は軽い面接を受けた。異世界から来たのでお金が無いことを説明し、軽い雑談をした。人手不足もあるようで即採用の方向で話が進められた。


「ところでジャスティンくん」


 ちなみに僕はジャスティンと名乗っておいた。元ネタはもちろん某ビーバーだ。江口ニ奈緒なんて名前は今の僕にふさわしくない。


「やれやれ、どうかしたか?」


「君は異世界から来たと言うがどんな世界から来たのかな?」


「やれやれ、ここの世界観を中世ヨーロッパとするならば、現代日本といった感じの世界だな」


「⋯⋯ヨーロッパ?⋯⋯ニホン??」


 ふむ、ヨーロッパ人のクセに日本を知らないのはまだしもヨーロッパ自体を知らないと来たか。やれやれ、まともな教育を受けられていないのか。


「やれやれ、分からないのならいいさ。それより僕はすぐにでも金が必要だ。初回はいつ入ることができるんだ?それに今週のシフトを教えてくれ」


「そうだね、そこまでやる気があるんなら今からでも研修を始めてしまうかい?」


「やれやれ、仕方ない。天才の本気というものを見せてやろう⋯!」


 僕はやれやれといった様子で重い腰を上げた。


 *


「すっごいカオスね」


「そう?僕はそうは思いません」


「色々ついていけないわ」


「ちづちゃんの読解力が足りないだけでは?」


「まずなんで異世界にコンビニがあるのよ」


「異世界にだって資本主義がある程度浸透すれば流石にコンビニくらいできるでしょう」


「別に変なところ凝らなくていいのよ」


「細部まで拘る江口先生の作品が読めるのはなろうだけ!」


「⋯正直読んでるのが苦痛になってくるわ」


「そんなぁ⋯。トホホ⋯」


「⋯⋯⋯うざ」


「⋯ごめんなさい」


「そしていよいよ主人公が不快になってきたわね」


「そう?かっこよさが増し増しになってきたと思うけど」


「正気?横柄で、隙あらば『やれやれ』言ってるこんなのがかっこいいと?」


「そりゃ僕の思うかっこよさを詰め込んだからね」


「はあ⋯、分からないわ」


「ふむ。やれやれ、ちづちゃんにはこれが理解ができないか。まともな環境で育つことができなかったのだろう。やれやれ、ならば無理はない」


「うっわ⋯、すごくぶっ殺してやりたい⋯」


「しまった、般若の形相とはこのことだよ。ごめんなさい調子乗りました」


「次はないわよ」


「うす、肝に銘じておきます⋯」


「ねぇ、正直もう読みたくないのだけれど⋯」


「えぇ⋯、もうちょっとだけ頼むよぉ⋯。あと少しで終わるからさ」


「うーん、仕方ないわね⋯」


 *


 やれやれ、今日はオフの日。

 つまりはシフトが入っていない日だ。


「やれやれ、やはり休日は外をぶらぶらするに限るな」


 と露骨に普段から散歩を日課にしてましたアピール。もちろん俺はニートだったので、外出したことすらここ二十年くらいなかった。


「⋯⋯⋯ん?」


 俺は何やら周囲からの視線を感じた。何やら物珍しいものを見るような目。一言で表すなら好奇の眼差しと言った感じだ。

 やれやれ、超絶美異世界人だからって僕は見世物小屋の猿じゃないんだ。


「やれやれ、お前達。言いたいことがあるんだったら素直に言ってもらいたいんだが」


「け⋯、賢者様だ⋯!!」


 一人の老人が俺を指さしてそう叫んだ。


「は⋯⋯?」


 瞬間、ワッと町民達が俺を取り囲うように集まってきた。

 やれやれ、一体なんの騒ぎなんだ⋯?

 俺はやれやれといった様子で尋ねた。


「おい、誰がIQ五億の稀代の天才、生ける世界遺産、アルティメットジーニアスグレイテスト賢者だって?」


「アルティメットジーニアスグレイテスト賢者様⋯!あ、あなたは二足歩行をマスターしておられるのか⋯!?」


「やれやれ、俺の世界ではこれくらい当然のことだぞ?」


 と言うと「おおー⋯!!!」と歓声が上がった。


「我々には『歩く』という概念がございません。故に我々はこうしてセグウェイに乗っていないと移動すらできないのです⋯」


 ふむ。歩くという概念がこの世界にはないのか。

 老人がそう言うと、一人の少女が手を挙げて叫んだ。


「アルティメットジーニアスグレイテスト賢者様!私達に歩き方を教えてください!!」


 少女の叫びに共感するように、町民達も声を上げる。

 やれやれ、せっかくの休日だと言うのに騒がしすぎるな⋯。


「分かった分かった⋯!やれやれ、歩き方を教えてやるから静かにしてくれ」


「あ、ありがとうございます⋯!アルティメットジーニアスグレイテスト賢者様!!」


 ようやく興奮が収まった民衆に、僕は可能な限りわかりやすく伝えるためにしばらく頭で考えを練る。

 しばしの沈黙の後、僕は口を開いた。


「それじゃ、やれやれ説明しますよ」


「「「ゴクリッ⋯⋯!!!」」」


 町民達は唾をのむ。その不思議な緊張感がこちらにも伝わって来て、自然と心拍数が上がる。

 その雰囲気に気圧されそうになるも、俺はやれやれといった様子で意を決す。


「右足出してぇ♪左足出すとぉ⋯⋯♪」


「「「歩ける♪」」」


 俺の音頭に応えるように町民達は全員歩いていた。

 信じられないような嬉しいような表情を見せる彼らに、俺は柄にもなく微笑んだ。


「「「うおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」」」


 どデカい歓声が上がる。

 瞬間、ガタイのいい一人の青年が俺を軽々と持ち上げ宙に放る。


「「「アルティメットジーニアスグレイテスト賢者!!アルティメットジーニアスグレイテスト賢者!!アルティメットジーニアスグレイテスト賢者!!」」」


 俺は民衆に胴上げをされ、ようやくこの街に歓迎されたのだと実感できた。


「ふん、やれやれだな」


 *


「江口くん」


「どうしたの?ちづちゃん」


「私帰るわ」


「ええ、なんでなんでそんな急に⋯?」


「やっぱり時間の無駄だったわね、すごくつまらなかったわ」


「待ってよ、具体的にどの辺が⋯?」


「全部ね」


「なん⋯⋯だと⋯⋯!?」


「自分に才能がないことを早めに理解できたのならその方がいいじゃない」


「くっ⋯!ちょいと待ちな!」


「なに?帰るのよ、退きなさい」


「⋯⋯ふん、ちづちゃん。何を勘違いしてるんだ?」


「⋯え?な、何よ」


「最初に言ったはずだぜ。この家には今僕達しかいないってね⋯」


「⋯ッ!⋯⋯そうやって脅迫するつもり?」


「なに、素直に『面白い』とさえ言ってくれれば帰してやるよ」


「面白い」


「やったね!」

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