鏡に映った私は
義母様の声に従い、ゆっくりと目を開ける。
「わぁぁっ?!」
私の顔じゃない!?いや、当たり前か。だって一度死んでるんだから。
「なんだい……長い間眠っていて自分の顔でも忘れちまったのかい?」
鏡の中には、薄いはちみつ色の髪に白い肌、青紫と菫色を混ぜ合わせ、ちょうど綺麗な色だけを取り出したような瞳の色をした幼い女の子がいた。
……いや、私なんだけどね。
例えるのなら、前の私が子供の頃に読んだ不思議の国のアリスに出てくるような。
好奇心旺盛の瞳を輝かせた文字通りお人形のように可愛らしい子が其処にいた。
「わたし……?」
両手で頬を包んだり、寝癖だらけの髪に触れると鏡の向こうの女の子も真似してみせる。
真似してみせるって言い方もおかしいな。同時に動いているんだもの。
「そう、正真正銘ファユファナだよ。 いいかい?これからお前のステータスを鏡に映すからね……≪鑑定≫」
鏡に薄靄がかかり、見たことのない文字列が浮かび上がる。
見たことのない文字だけれど、言葉を読み解くように意味も頭の中に溶け込んでくる。
◆名前◆
ファユファナ・フェデリカ・ゴッディ
◆性別◆
女
◆種族◆
人間
◆年齢◆
6
◆体力◆
6
◆魔力◆
777
◆攻撃力◆
2
◆防御力◆
2
◆敏捷◆
3
◆スキル◆
マジックバック
鑑定
◆固有スキル◆
フォルテッシモ
うんうん、年齢は6歳で体力、攻撃力は年相応って感じなのか……なっ?!
いやいや、ちょっと待って、ちょっと待って。
可愛くない数値が今一瞬見えた気がするぞ……?
魔力の数値が777て、ラッキースリーセブンかよ。
まさか猫人間の言っていたオマケってこれのこと?愛に溢れた家庭ではなくて?
ほらほら、森の魔女と恐れられた義母様がひきつった顔してるじゃないの。
義母様の反応を見る限り、どうやら義母様のかけている片眼鏡でも鏡に映る項目を知ることができるみたいだ。
「ファユ……動くんじゃないよ」
「え……?義母様?」
「リタ、一体どうしたんだい?君が慌てるなんて珍しいじゃないか」
「そりゃ慌てるに決まってるじゃないの!! フォルテッシモが出たんだよ!!」
「なんだって?!」
父様が義母様を宥めようとするけれど、片眼鏡を乱暴に外すと義母様は鏡と片眼鏡をメイドに渡すと早足で部屋から飛び出していく。
ふぉるてっしも......?
うんうん、前世では子供の頃に合唱部に入っていたから解る。
こう、ffって書いて、意味は......確か、とても強く。
だった気がする。
気がするが、父様と義母様の慌てっぷりは一体なんなのだろう?
父様に至っては、まさか、そんな......とうわ言を言っている。
なんだなんだ、怖くなってくるじゃないか。
「父様......?義母様はどこにいったの......?」
「大丈夫、大丈夫だ、今お前に拘束具を着ける準備をしているだけだから、安心しなさい」
......ん?
いやいやいや、待てよ?今なにか物騒な言葉が聞こえた気がするぞ。
拘束具......?いや、待って?
それって安心出来るような状況じゃなくない?
「......いや、いや......こわい」
こわいよ。
だって、拘束具ってきっとあれよね?白い袋みたいな服で、ベルトがいっぱい付いていて、身動きが取れなくなっちゃうような。
それを、6歳の女の子に着けるって状況なんなの......?
普通ならストレスで発狂して死んじゃうんじゃないの?
いや、死ぬかどうかは解らんけど、幼い子供の精神衛生上問題大有りでしょ?!
ここで、私は思い出したくない猫人間の言葉を思い出した。
「この世界では生き返るのがささやかな願い事」
つまり、だ。
魂の石とやらが砕け散ってしまわない限り、死んでしまったとしても生き返る手段があるということ。
森の魔女と恐れられた義母様が蘇生方法を知っていてもおかしくはないのかもしれない。
待って?それってもしかして、いや、もしかしなくても私はこのよくわからない固有スキルとやらのせいで自由に身動きがとれなくて一生飼殺しどころか、魂の石が砕け散るまで死ぬに死ねないってこと?
いやいやいや、無理でしょ。
無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理。
頭のなかで無理がゲシュタルト崩壊する。
そうか、この世界でも漢字に近い文字があるのね。
きっとこの頭のなかにいっぱい広がっていくこの単語はこの世界でいうところの無理なのね。
あぁ、だめだ。
私のこの溢れるような思考は6歳の体には負担になってくるらしい。
頭が痛い。視界が霞む。
ふわふわとした浮遊感が体を包み込む。
あれ?お部屋を窓は開いていたのかな、冷たい風が体を包み込んでいく。
瞼が重い。私の中から何かが溢れだしそうになる。
今すぐこの何かを吐き出さなきゃいけないのに、駄目だと本能が鐘をならす。
頭の中で、青紫の石の輝きが強くなっていく。
いやだ、こわい、こわいよ。
「何やってんだい!!この唐変木!!! 睡念波!」
義母様の声が部屋に響く。
頭痛が消える。
同時に浮遊感も失い、大きなマットの上に落ちたような衝撃と、今にも眠りにおちてしまいそうな まどろみがわたしをおそう。
しこうがうまくまとまらない。
「どうして大人しくさせとけって言ってるのが解らないんだい?!」
「落ち着いてくれよリタ、まさか自分の子がフォルテッシモだなんて普通の親が聞いたらまともに対応出来ないだろう?!」
「あらそう、じゃあこの子が万一何かあった場合に備えていた私は普通の親じゃ無いっていうのかい?!」
おおきなこえで、かあさまととおさまが いいあらそいをしている。
けんかはいやだな、だって、わたしは ふたりがだいすきなんだもの。
けんかをとめたいのに、おきていられない。
ゆめにおちてしまう。
「ファユ、これは私がお前くらいの頃に使っていた拘束具だよ」
は、と気がつくと私の傍にはネックレスを手にした義母様がいた。
黒い革紐の先には金の月を象ったチャームがついている。
拘束具って、もしかしなくても、これの事......?
もしかして、私は早とちりをして、とんでもない事をしてしまったのでは......?!
視界の端で壁に向かって体育座りをしている父様がうつる。
チラチラとこちらを伺う様子が少し可愛らしく思えるが、両頬がまるで強烈な往復ビンタを喰らったかのように真っ赤に腫れていた。
「拘束具って、なに?」
冷静に、シンプルに。
聞きたいことをまず聞こう。
義母様が私に向けて呪文を唱える前の状況を理解する事が出来ないし。
......ふぉるてっしも、とかいう妙な固有スキルのせいでってのは解るけれど。
「そうだね、私たちが魔法の力に目覚めるのはファユと同じ6歳の時だ」
そっと私にネックレスを着けると義母様はゆっくりと頷きながら口を開いた。
「拘束具をつけなければならない理由は、お前の固有スキル。フォルテッシモにあるのだけれど、このフォルテッシモは限りなく魔力を産み続けるという特徴があってね」
限りない魔力......それって、魔法さえ覚えたら使いたいだけ魔法が使えるって事なのかな。
義母様みたいな魔女になるのも憧れや夢じゃないって事だよね?
6歳にしてもう立派な人生の道を歩めるんじゃない?超イージーモードってやつだ!
「......お前、もしかして『沢山魔法が使えるのね!やったー!』だなんて事を考えているんじゃないだろうね?」
「......ちがうの?」
「人生ってやつは、そんなに甘くないんだよ」
義母様は大きなため息をつくと6歳に解りやすいように絵と言葉を交えて説明をしてくれた。
この世界に住む人が魔法の力に目覚めた時から死ぬまでレベルが上がる際に体力などの数値が上がるように魔力も上がっていくらしい。
魔力っていうのは文字通り、ゲームで言うところのMPでもあるし、魔法攻撃の威力も表すのだそうだ。
そして、今回問題となっているのが、私の『フォルテッシモ』というスキル。
このフォルテッシモは再現なく魔力が溢れ出してしまうというもので、簡単に言えば魔力の制限がない。というもの。
効果だけを聞けば、いわゆるチートに近いもの(魔法の知識さえあれば使いたいだけ使えるものね)だけれど、魔法というものは使うときに少なからず体にダメージがあるそうだ。
もちろん、怪我をするとか直接的なものではなく、疲労感として現れ、最終的に体力を減らす事に繋がるみたいで。
小さな器に再現なくお水が注がれている状態。
と義母様は言っていた。
頭に浮かんだ魂の石が強く輝いていたのは、体が蓄積していく魔力に耐えることが出来ないと悲鳴を上げて居た為らしく、数秒義母様が部屋に入るのが遅ければ砕け散ってしまうところだったらしい。
何故そんなに詳しいの?魔女だから?と思ったのが顔に出ていたのか、義母様は私の手をとり、森の魔女と恐れらる原因となったのが、このフォルテッシモという固有スキルだと教えてくれた。
何十万分の1という割合で現れるこのスキルは何故身近に現れたのかは解らない。
もしかしたら自分のせいかもしれないと義母様は泣きながら謝ったが、義母様のせいでは無い事を私が一番知っている。
転生の際のオマケで殺されるところだったのを救ってくれた義母様は命の恩人だ。
おのれ猫人間め。義母様を泣かせるなんて......覚えてなさいよ。
再び義母様が鑑定のスキルを使うと、
◆魔力◆
3376
というとんでもない数値になっていた。
器として計られるその他数値の合計は13。
所謂一般的な魔法使いなら、自分の器の10倍までなら許容範囲になるそうで、魔法使いの才能がある人の場合だと20倍まで制御が出来るらしい。
因みに、現時点の私は器の約260倍の魔力があることになる。
寧ろよく生きてるよね......と義母様には本当に頭が上がらない。
拘束具であるこのネックレスをつけている限り魔力が体に注がれる事は無いそうだけれど、念には念を!と義母様の言葉で、その日から私の身の回りのもの。特に身に付ける物に至っては洋服から下着に至るまで拘束具効果のあるものに変わった。
ネックレス、髪留め、下着、洋服、マント、帽子。
すべて身につけた数値を表すと
◆魔力◆
3376(-3150)
現時点で押さえるだけ押さえた魔力が226。
それでも器を17倍近くあるけれど、ちょっと魔力の才能がある女の子。として生活は出来るらしい。
さすがにいつもマントや帽子をつけるわけにもいかないから、少しでも制御が出来るように!と森の魔女直々に魔法の手解きを受ける事になったのだけれど......
「鞄よ!お前の中身を暴け!ロゲイコ!」
ぼふんっ
鞄の中身を出す。という簡単な呪文ひとつ唱えるだけで魔力が暴発し、白い煙を上げて魔法の杖はポッキリと真っ二つに折れた。
市販の魔法の杖ではたまに合う合わないといった事が起こるようで、私の場合はことごとく合わず、またもや義母様は頭を抱えるのだった。