異世界転生プラン
「いせかいてんせいぷらん......?」
「そう!異世界転生プラン!君たちが居た世界は命が尽きると魂が肉体から離れてそれっきりだろうけれど、ボクたちが勧める世界は寿命以外の理由で命を終えることが出来ない世界なんだ」
猫人間がうっとりと……いや、ニヤリというべきか。大きく歪んだ口をさらに歪め、目をギラギラさせて自慢げに口を開く。
「それって、一体どういう事なんですか?」
警戒心を露わにしたちあきが首を傾げ、うんうん、とあゆみも隣で頷いた。寿命以外の理由で命を終える事が出来ない。の理由がイマイチ理解できないのだ。
そもそも、あゆみとちあきの育ってきた世界では、病気であろうと事故であろうと事件であろうと命が終わりを迎えれば「あの人は寿命だったのよ」と誰かが口を開き「いつまでもメソメソしてんじゃねえよ」みたいな意味を含んで言う事もよくある。
勿論、慰めとして言う事もあるのだが。恐らく2人の母親も「娘さんは寿命だったんですよ」なんて何処ぞの誰かから声をかけられるかもしれない。
そうなれば「ふざけんじゃねえぞ!」と拳を握る母であったのだが。その「ふざけんじゃねえぞ!」と言わせるような死に方をすれば『寿命ではない』となるのだろうか。
眉間に皺をよせ「うぅん……?」と唸る2人に猫人間はハァ……と呆れたように息を吐く。
「寿命以外でっていうのはちょっと語弊があったかも。ニンゲンっていうのは魂の石があるんだけれど」
ぱちんっと猫人間が指を鳴らすと2人の胸元に拳大の石が現れる。
ちあきの石は赤紫色。 あゆみの石は青紫色。
僅かな光を放ち、キラキラと反射する姿はゲームに出てくるクリスタルのようだな、と思わず息をのんだ。
「これが......魂の石?」
「そう!この石が砕けてしまうとその人の命はそこでオシマイになっちゃうのさ」
「石が砕けず、体に大ケガをしてしまったり、体が死んでしまった場合はどうなるんですか?」
「肉が腐り落ち、虫が湧き、肉を食い破り体内を這いずり回る感覚が体の修復時に起こりますわ」
「うへぇ」
ちあきと猫人間、薔薇甲冑の問答を聞き、あゆみは脳内でシミュレーションしてみる。
(だめだ。想像するだけで寒気がしてきた)
けれど、例え腐乱死体になったとしても、潰れたスイカやトマトみたいになったとしても魂の石が無事なら復活が可能、という事は理解ができた。
「あのさぁ、嫌そうな顔をしているけれど、体を腐らせる予定でもあるわけ?」
呆れたように猫人間は笑ってみせ、プニプニの肉球であゆみのおでこをつつく。
「体を腐らせる予定は無いけれど、私達の世界の常識とあまりに違いすぎているから、その……怖くて……ですね」
「今の話は例え話であり、極論というものでございます。病気で石が砕ける者も居れば怪我や事故で砕ける者もおりますし、第一、肉体が死を迎えた後、甦生するものが居なければ貴女達の世界での死と日常生活において何も変わりませんわ」
寿命が尽きない限り生きられる。とはそういうことなのか。どんな形であれ、蘇生手段はある。ということらしい。自分の石が砕けない限り。
怖い。という気持ちと嫌だな。という気持ちが2人に湧いてくる。
いわゆる異世界転生と呼ばれるお話の主人公たちは怖くなかったのだろうか。 不安に思わなかったのだろうか。
どんどん溢れそうになる恐怖心を静めるように、猫人間が淹れてくれた紅茶を飲む。
「ニルギリだ」
香りや味がシンプルなこの味。この香り。不安な気持ちも全部丸ごと飲み込んで、流してしまえるこの味は……毎月飲んでいた味がする。
私の淹れた紅茶の味がする。
紅茶というのは淹れる人によって微妙に味が変わる。
勿論、茶葉の銘柄にこだわりがあったり、茶器や蒸らし時間、好みの葉の量。
この微妙に変わる風味や味を楽しむのもポットでお茶を淹れる楽しみのひとつだった。何より、自分のお茶の味を間違える訳がない。
(この人達は誰なんだ......?)
「あの......!!」
開いたあゆみの口を肉球が塞ぐ。
ウインクをした後、猫人間は芝居がかった動きで優雅に帽子をとってお辞儀をした。
「君たちが転生するのは『マルスフィア』という世界!
今の説明でも解ったよね?生き返る事がささやかな願いの世界だから、今までの世界で生きてきた常識は通用しないよ?」
あずま屋に光が差し込んでくる。
「待って、まだ、まだ聞きたいことが......!!」
「神様サービスとしてちょっとオマケも付けてあげるから、頑張ってねぇ」
あゆみ達が最後に見たのは目を細め、肉球をグー、パーと繰り返す猫人間の姿だった。
こうして、2人は生き返る事がささやかな願いとして通用する異世界に転生をすることになってしまった。
あの猫人間と薔薇甲冑が本当に神様だったのかは正直わからない。
わからないが、自分がどうにか出来るような物ではないので抵抗する気も起きなかった。
強く白い光に導かれ、強く目を閉じる。
遠くから私を呼ぶ声が聞こえた気がした。
「奥様!!旦那様!!お嬢様がお気付きになられましたよーー!!」
......ん?お嬢様?