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異世界転生魔女日記  作者: 黒稲琴
第0章 プロローグ
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はじまりは満月の夜

 「もうさ、明らかに態度が変わるんだよね、手のひらクルーって!」

 黒い髪を肩上に切り揃えた小柄な女性が子供のように唇を尖らせ、両手の平をくるくる翻し、星も瞬くような深い藍色の空を仰いだ。

 彼女の名はあゆみ。

 「そうなんだよね。あの職場の空気が180度変わるの」

 あゆみの向かいに腰かけた眼鏡の女性はうんうん、と大きく頷き、両手の平で包んだ白いティーカップに注がれた甘い香りの紅茶を一口、口へと運んだ。

 彼女の名はちあき。


 そしてこの日は満月の夜。


  あゆみは幼馴染のちあきと一緒に月に1度満月の夜に『お茶会』と称した集まりをしていた。

 あゆみが中学2年の時、ちあきが中学1年の時からなので9年目になるだろうか。


 お茶会のきっかけは……あゆみが町の古い本屋さんで見つけたおまじないの本に載っていた1つのおまじない。


『満月の夜に白磁のティーカップとティーポットで美味しいお茶を淹れると、夜の神様からのお使いが現れて、ささやかな3つのお願いを叶えてくれるという。』


 というものからきている。

 このおまじないは当時中学生の間で流行っている、とかなんとか言われていたけれど本当の所は解らずじまい。

 けれど、満月の夜にこっそりとお茶会をする。という行動はまるで……そう、まるで昔話やおとぎ話に出てくるヒミツの魔法のようで、子供心にドキドキした。

 といってもお互いの家の庭やベランダで小さなテーブルを出してお茶を飲み、お菓子を食べながら「図書館で借りたこの本が面白かった」だとか「私の好きになる登場人物は皆死んでしまう」なんていうとりとめのない話題から「お母さんと喧嘩した!!もう最悪!!」といった家族の愚痴、「数学大嫌い!!学校も大嫌い!!」なんて愚痴も数えきれない。


 20歳を越えた今も、二人が行うこの『おまじない』は毎月の最初の満月の夜に今も変わらず行われている。

 「でもさ、本当に私達って運が悪かったよねぇ……」

 あゆみは「はふぅ……」と芝居がかった大きな溜息を吐くとお茶菓子として用意したチョコレートに手を伸ばした。

 (ささやかな願いを叶えてほしいと願う純粋な10代の少女の夢は儚く、そして脆く潰えてしまったのでありましたとさ)


 別に多くを望んでいたわけでもないし。

 寧ろ、年相応の20代そこそこの自分達と同世代の若者よりも欲深くは無かったはずだ。

チョコレートの甘さがまるで自分の甘さを表しているようで、口や鼻いっぱいに広がる香りを紅茶で流し込む。

二人は奇しくも勤めて「いた」職場の出来事が一致しており、それが原因で退職したばかりだった。


  退職理由は


  「職場の人間の不倫現場を目撃」という、まだまだ世間という波の中で夢を見ていたい21歳と20歳の小娘には、ほんの少しだけヘヴィな内容で。

  もちろん、同じ職場の人間関係としてならいざ知らず。

  あゆみの職場(神社)の宮司(53歳)とちあきの職場(ステーキハウス)の娘(高校生)

  という互いの立場が危うくなるものであった。



  ある日の夜も更けた頃、映画でも観に行くかと出掛けた先。隣町の商店街にある昔ながらの小さな映画館。そこへ行く道中。

こんな田舎の商店街を二人で腕を組んで歩くなんて仲の良い父と娘だなぁ、父親と一緒に出掛ける程仲が良いってちょっと羨ましいよね。なんて小声で話すあゆみとちあきの目の前で親子だと思い込んでいた二人は濃厚な口付けを交わし始めたのだ。


田舎ではあるが人も行き交う商店街だ。人前で何やってんだ?!となるもんだ。


 ( まぁ、人間だし。間違う事もあると思う。恋は盲目とも暴走列車ともいうもんね。)


 人間の本能として自分の立場を守るために動くのは仕方のないことなのかもしれない。


 なのかもしれないのだが、

どうやら性格面でも不倫カップルはお似合いの二人だったらしい。あゆみとちあきが口外するつもりがなくても。


 気がつけば身に覚えのない噂話が職場に蔓延したり、受け持ちではない筈の仕事の責任を負わされたり、仕事の報告や業務の変更が伝えられなかったり。

 参拝客の住所登録のデータを改ざんされたり。

  経営者に異を唱えるも賛同するものが現れるわけでもなく、寧ろ


 「私だったら辞めてるけど、辞めないでね」


 なんて巫女服着た神社の巫女長から直接言われた時には馬鹿にしているのかコイツは……と怒りに震えた。


 自分まで目をつけられるわけにはいかない。と『話しかけるな』オーラを漂わす同僚に弁解する気力も沸くことがなかった。

 親に仕事の事を相談すれば「お前が悪い」だの「会社とは、社会とはそういうものだ」だの「だから辞めるな」と『サンドバックとしての任務から逃げるな』と言われた。

 なんとまぁ、人間とは自分勝手な生き物である。

 

 しかしながら、ゆとり世代である2人は耐えきれなかった。

 「私なら辞めてる」と薄ら笑いを浮かべた巫女長は「でも辞めないでね」と。

 身に覚えのない噂話を撒いたバイトリーダーは「あなたが悪いのよ」と。

 

ふざけんじゃねぇよ、と2人はこの日、退職届を互いの職場に出し、無職の幕開けとなったのであった。

 でも、好きな仕事を辞めたのに納得がいかなかった。

 こうして溜まりに溜まって消費しきれない感情すべて飲み干してしまおうと思った故に二人の『元職場』に対する恨みや嫉みや形容し難いグチャグチャごちゃごちゃした感情全て無くなってしまえばいいのに。

 優しく、甘えさせてくれる環境に。きちんと育てて成長させてくれる環境を求めるのは悪い事なのかと不安になってしまう。


  辛かったなぁ……と思った矢先に目頭が熱くなってくる。泣いてたまるか、強くならないといけないんだ。とあゆみはゴクリ、と大きく喉を鳴らしてティカップに残っていた紅茶を飲み干した。

癖のない味のニルギリが今はすごく優しく思える。

ちあきのカップから漂う甘い香りのフランボワーズも、時には甘えてもいいんですよって言っているようだと頬が弛んだ。




 「さぁ、これからどうしよう?改めて言おう。私たち二人は無職だ」

 

一息に言葉を吐きだすとあゆみはちあきの顔色を伺った。

 幸い互いに実家に住んでいるので住居に関する問題は無いものの、決しておしとやか。とは言えない母親(シングルマザー)からの圧力から逃れる術は無いに等しい。


  子供を育てる母親は強いのだ。考えるのが苦手な母親は口より先に手が出てくる事だってある。

  しかし、そんな母達に甘い事を言ってしまうが、可愛い娘達は今、正直軽い人間不信にもなっているのだ。

  神様に仕える人間が不倫ってまず、結び付くとか思えないもんね?!

  周りに言っても信じないと思うし、現にあゆみの母親は『神主がそんなことするわけないでしょ!』と未だに信じない。神主じゃなくて、宮司だってば!なんて事を言おうものなら……煩い!!と鉄拳が飛ぶ。


 鉄拳制裁が怖いので、脳裏にこびりついた情景を剥ぎ取るために脳内でシミュレーションしてみようと思ってもトラウマが根強く残っているのでついうっかり。


 「あのー......お宅の社長さんって不倫しませんよね?」


  ストーーーーップ!ストップ!


  こんな失礼な事を面接で言ってしまう可能性だってあるのだ。そもそもこんな事を聞かなければいいのだけれど。

けれど、もしかしたら......という意識が就職活動を億劫にさせる。

そもそも、この不景気の中でワークが気前よくハロー!とやってくるわけがないのだ。

そして皮肉なことに。ワークがハロー!とやって来たところでそこが働きやすい環境にあるかはまた別問題なのだ。

 そもそも就職活動をもう一度する気力はあるのか?

 なんて質問をされれば、ない。と即答せざるを得ない。

働いたお金で食べるご飯は美味しいけれど、流石にすぐには働けない。

採用されれば働くかもしれないが、そもそも即採用!とする職場は本当に大丈夫なのか?という不信感しかない。

いやだいやだ。働きたくない。



「………どっか旅行にでも行けたらいいねぇ」


 働きたくない。とあゆみの頭に浮かんだ一言は風に吹かれる雲のように片隅へと流れて行く・

 雲間から現れるおおきな月を眺めていたあゆみはぽかーん、と口をあけている。


 「秋もそろそろ始まるでしょう?ほら、昔京都とか行きたいね~って話してたじゃない?紅葉を眺めたり、贅沢にのんびりとした時間……どうかな?」


 ちあきの口から決意にも似た感情がこぼれる。

 2人は視線がかち合うと同時に口を開いた。


 「いっちゃおうか」


 ささやかな願いを叶えて欲しくて、9年ほど月に一度。満月の夜におまじないをしたけれど、その願いは叶いそうもない。2人は仕事を辞めて、無職になったのだから時間はあるのだ。

 しばしの間退屈な日常から抜け出してもバチは当たらないはず。だって互いの職場の人間が不倫していて、しかもそれを目撃するって余程運が悪くなければぶつからない事態だとおもうし。

 もしかしたら美味しい食べ物や素敵な景色と出会えるかもしれない。


 「バス旅行とか楽そうでいいよね」


部屋からベランダへノートパソコンを持ってきて、早速検索する。

最近は自由行動が主体のバスツアーも出てきたとか。行き先は内緒のミステリーツアーなんてのも子供の頃に憧れたっけ。

 幸いお給料は口止め料も入ってるのか割り増しされてたし。

 子供の頃に憧れたささやかな願い事を叶えても良いんじゃない?

 自分を責めないように出来る限りの正当な理由を並べて、あゆみとちあきは各々の希望をリストアップして、次の満月の夜、紅葉を楽しむべくバスツアーを申し込んだ。

 思い返したときに、気にするべきだと思ったのは、

 バス会社の名前に聞き覚えがなかった事。

 運転手さんの顔色がすごく悪かった事。

 バスガイドさんもなんだか具合が悪そうだったけれど、車酔いしたのかな?と深く考える事がなかった。


 親友と旅行に行くなんて初めてだったから浮かれていたのかもしれないし、周りを気にしすぎるのに疲れてしまっていたから気を抜いていたのかもしれない。


今思い返しても手遅れだ。


物語というものは意図して起こるものでも、なにか理由があって始まるものでもないのだから。



数時間後、2人が乗ったバスは崖から墜落した。生存者は僅かだったらしい。

そして。残念な事にあゆみとちあきはこの事故の僅かな生存者に入ることができなかった。

 唯一良かったな、と思えるところは熟睡して痛みを感じる暇がなかった事。だと終わってから頷いた。

ただ、この退屈な日常から抜け出したかっただけなのに、と思っても仕方がない。


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