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ヒモの王  作者: 白井
3/3

ヒモの(元)飼い主

 私はしがない舞台女優をやっております。

 ここ最近はそれなりの役ももらえるようになり、順風満帆とまでは言わないものの、それなりに上手くやれているかなと自負しております。


 「おにいいいいちゃああああああん」 


 そんな私がこうして奇声じみた声を上げながら一人の男性を追いかけているのには理由がございます。


 実家は貴族の家ではあるのですが、私は妾の子。

 家との関係も悪く、それでもと夢を追うために強引に出奔したのが私です。

 頼る宛もお金もない。

 当時の心境としては苦肉の策といったところでしたが、日々の生活にも困窮していた私はとある男性の気を引くお仕事を受けることになりました。


 ヤンデレ妹キャラ。

 それが私の役でした。

 お気づきのことでしょう。私が奇声を上げ続ける理由の発端です。

 なんでこんな癖のある役をとも思いましたが、彼は生来のひ弱さから頼られることが少ないので妹キャラがぶっ刺さり、と仰っていました。

 私の見た目は幼く見られがちなのでちょうど良かったそうです(実際は彼よりも少し歳上なのですが)。

 

 しかし、ただの仕事のはずの依頼がとんでもない番狂わせを起こしました。

 

 私は運命に出会ったのです。


 彼を一目見たときに気が付きました。

 好意などという感情で言い表すのは足りません。

 愛でも足りません。

 ええ、まさに運命。

 当時の私が受けた衝撃は、魂と魂の結びつきとでも呼ぶしかありません。

 

 彼と過ごすうち、その気持は更に膨れ上がっていきました。

 彼が私に向ける朗らかな笑顔も、私の頬を撫でる指先も、全てが私の心を撃ち抜き、心臓の高鳴りは増すばかり。


 ええ、私にもわかっております。

 彼にとって依頼主はとても大きな存在です。

 実際依頼主からの一方的な依存かと言われれば、彼もまた依存しているように見えました。


 なので私は一計を案じることにしました。


 最初に断っておくと、私としては依頼主と彼の関係まで精算するつもりはさらさらありません。

 私は別に彼を独占するつもりはなく、手に入りさえすれば満足できます。

 

 なにより、依頼主は私よりも早く彼と出会っています。

 私との差は時間に過ぎませんが、埋めようのない差でもありました。

 どちらか一人になるまでやり合うのは得策ではありません。

 依頼主の独占状態を崩すことが最善でした。

 

 なので私は特に依頼主の意向に逆らうこと無く、彼のことをお兄ちゃんと呼び慕い飼い主として振る舞いました。

 そして、依頼通りに途中でヤンデレとなり、彼に振られました。


 彼からの別れの言葉は身を裂くような気持ちになりましたが、実際のところ他の女との関係を清算してもらうという点でとても都合が良かったのです。

 思惑は少ないほどやりやすい。

 これで私の敵はただ一人、依頼主だけになるので非常に読みやすくなりました。


 私は彼と別れた後、依頼主にヤンデレ妹キャラを継続することを提案しました。

 依頼を継続することに依頼主は最初こそ難色を示していましたが、最終的には私の意見を受け入れてくれました。

 

 結局どんなに寛容に見えても不安は常につきまとうものです。

 特に彼は意志薄弱を更に薄く伸ばして粉々にした精神性なので、喉元過ぎれば熱さを忘れ、いずれ他の女と再び関係を結ぶであろうことは明白です。

 依存しきっている依頼主にとって、これは看過できない問題です。

 彼女にとって、私という毒は必要悪に他なりません。


 そんなこんなで、私は金銭を敵から得つつ、運命の相手に常に接近できる立場を手に入れました。

 あとは彼との関係を修復するだけですが、こちらはおそらくとても簡単でしょう。


 ……自分で言うのはやや恥ずかしいのですが、私は人間を観ることが得意です。

 妾の子として育った幼少期からの経験が生きているのかもしれません。

 

 そんな私が彼としばらく接して、彼には才能とも呼べるものがあることに気が付きました。

 ヒモの才能ではありません。

 まあ、それも確かにあるにはありますが。

 彼の薄弱な精神、人より薄っぺらく、塵のように漂う精神性。

 それこそ真に才能と呼べるものでした。


 彼は私という存在に対してトラウマを抱いている、と思っています。

 けれど、それは見せかけでしかありません。

 依頼主以外の女との関係はトラウマによって精算したように見えますが、実のところ私の暴走を見て沢山関係を持つのがちょっと面倒になっただけです。


 彼の心が真に傷つくことはないでしょう。

 彼には自分の人生というものに対して、驚くほどに当事者意識がありません。

 自身の破滅なんてものを本当の意味で想像することは決してないのです。

 口ではあーだこーだ言っても、なんとなく流されてるうちにそのうちいい感じになるとぼんやり考えているのが彼です。

 やるべきことから散々逃げてヒモという成功体験まで得ています。筋金入りです。


 私の演じるヤンデレ妹キャラは確かに怖かったでしょう。

 ですがそれだけです。

 ヤンデレ(わたし)の演じる役もそのうち慣れてどうでも良くなります。

 

 実際、私が追いかけるとき逃げはしますが、当初のような怯えは既にありません。

 トラウマなどと呼べるほど深刻なものでは全然ないのです。

 

 あともう少し。

 時間さえかければ、彼を(ヤンデレ)に慣らしていくだけでまた再び私と彼の関係は結ばれるでしょう。

 もうしばらくすれば必ず逃げるのが面倒になります。

 そこから先はなあなあでなんとか出来るでしょう。


 そしてそうしてしまえば、依頼主がどれだけ独占欲を出したとて関係ありません。

 彼はより面倒の少ない方を必ず選びます。

 私との関係を精算してもう一度修羅場になるのと、依頼主に黙って私との関係を続けることなら後者を選びます。

 依頼主にしても、気付いたところで彼に嫌われるリスクを取ることはできません。

 彼女はあまりリスクを好まないタイプであり、自分の感情をコントロールするのがお上手な方ですから。


 「おにいいいいちゃああああああん」 


 遠からぬ未来、きっと彼はその整った顔で困ったように笑うのでしょう。

 悪女のように計算をしたところで、その笑顔一つで惚れた私の負けです。

 依頼主だってとうに負けています。


 私は今日も彼を追いかけます。

 明日も彼を追いかけるでしょう。

 

 先月より彼との距離は2センチメートル縮まりました。

 運命は間違いなく私の手に近づいています。

 

 情けなくてダメダメな、あの男の一人勝ち。

 私はその素晴らしい敗北の明日に向かって、今日も包丁片手に彼を追いかけ続けます。


 ……捕まえたとき、少しくらいは刺してみても許されるかしら。

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