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ヒモの王  作者: 白井
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ヒモの王

 俺の職業はヒモである。

 女に媚びへつらい、金を巧みに巻き上げるのが俺の仕事だ。


 俺が自分の職業を明かすと、大抵の人間はこう言う。


 『クズ……。なんでヒモなんてやってんの? 恥ずかしくないの? 働けよゴミ。女なんだと思ってんの? 死ね』


 辛辣極まりなく、心を砕くことだけに特化した文言の数々が俺の精神を怒涛の勢いで攻め立てる。

 全て事実なのがタチが悪い。

 

 どちらかというと女性の方が苛烈に攻撃してくる傾向にある。

 男の中には時折、俺を師匠と崇め弟子入りを申し入れる者もいるのだが。 

 

 しかしだ、俺も好き好んでヒモなんぞをやっているわけではない。

 俺の職業適正値がヒモに全振りされていたのがいけないのである。


 俺は筋力が生まれつき低く、騎士団などの肉体労働系に就くことはできなかった。

 この世界では騎士団はある種の花形職であり、最近は平民も入団可能になったことで倍率は天井知らずに上がり続けている。

 

 昔であれば、貴族に生まれさえすればなんとなくコネで入れた。

 ただ最近は平民の入団希望の増加でコネ入団にもある程度の条件がつけられるようになった。

 能力が最低限はあるか、血筋が優れているかの2つだ。

 両方必要というわけではなく、どちらか片方が優れていればまあ入れる(もっとも片方だけの場合ハードルは上がるが)。

 俺も一応は貴族の生まれであるとはいえ、しがない貧乏貴族。

 俺をねじ込むだけの家格は無く、俺に能力が無いことは説明したとおりである。


 それならばと頭脳労働に活路を見出そうとはしたのだが、俺は勉強が嫌いであった。

 本など読んで3分で寝る。

 

 ならば最後の手段と親を頼ってはみたものの、俺自身が四男坊ということもあって昔から放任されており、それはこの歳になっても変わらなかった。

 元々金のある家でもない。結果としてまともな職業にはありつけなかった。


 とまあ、そんな話を学園時代の女友達に話したところ、今のヒモという職業を得た。

 

 「大変だったねー。行くとこないなら私が養ってあげようか?」


 こんな具合に。


 俺の駄目なところはもう知られるところではあるが、こんな俺にも才能というものは一応あった。

 顔面である。

 俺の顔面は著しく整っていた。

 彼女に一度俺を何故養う気になったのかを聞いた際に出てきたのが、まずこれだった。

 

 「ひーくん、かっこいいからね」


 ひーくんとは、ヒモのひーくんである。

 彼女はややSっ気があるので、俺を名前ではなくこう呼んでは悦に入っているところがある。

 ヒモとは言ってしまえば女をどれだけ喜ばせることができるかが肝だ。

 彼女が喜ぶならばと俺はこの呼び方を甘んじて受け入れた。


 ここまで聞くと、俺が蔑まれ辛い環境でお金を貰っているのかと思われるかもしれない。

 ただ、それは大いに誤りである。


 ヒモというと、女側が力関係としては優位に立っている。

 これは事実だ。

 お金を渡す側と渡される側でどちらが強いかなど言うまでもない。

 

 ただ、そこでへこへこ頭を下げるだけでは女に飽きられてしまうのだ。

 俺たちヒモという人種は、金銭というライフラインを握られている。

 供給を止められれば即、死。

 パワーバランスはどう考えても相手が有利である。


 しかしながら、精神の上ではヒモは対等以上の関係にいるといっていい。

 いや、立たねばならない。

 

 『超ヒモ理論』


 俺が考えた理論だ。

 詠んで字のごとく、ヒモのための理論である。


 「うんうん、わかるよ」

 「そうだね、キミは頑張ってる」

 「お疲れ様、今日も一日大変だったね」


 まずはこうした労いの言葉が重要だ。

 基本的に、現代人はストレスを抱えて生きている。

 疲れて帰ってきた彼女たちは癒やしを欲している傾向があるので、まずそれを与える。

 話を聞き、ひたすら慰めと肯定を繰り返すのだ。

 

 この時、決して否定や解決策を提示しようとしてはいけない。

 求められてないし、もしも解決してしまったらそれは彼女らの精神の安定を意味する。

 ヒモは精神がやや狂った女が飼う生き物なので、そうなれば用済みである。

 

 しばらくこれを続ければ、俺=安心、癒やしという図式が成り立つ。

 これが第一段階。


 第一段階が完了したら、続いて第二段階に入る。


 「俺さ、いつまでもこのままじゃ駄目だと思うんだ」

 「俺も働こうかなってさ」

 「お前にいつまでも甘えてられないよ」


 と、このように自立する意志があることを仄めかす。

 現実的に考えてることを示すために就活情報などを集めてチラつかせるのが重要だ。


 ヒモという人種を飼って長い人はおわかりだろうが、ヒモには根本的に自立心など無い。

 だからこそ安心して飼っていられるのだ。

 

 そのヒモが自分から働くなどと言い出した場合、それは即ちヒモからの卒業、ひいては飼い主とのお別れを意味している(ことがある)。

 ヒモも人間なので、長い間一緒にいればそれなりに情が湧いて離れられないパターンも多々あるのだが、そうでない場合には綺麗さっぱり関係は精算される。


 本来であれば育てた恩も忘れたペットにはそれなりの制裁が加えられるのだが、第一段階経たヒモの飼い主はヒモに対して強烈に依存しているケースが多い。というか、それが無いならヒモなど飼わない。

 離れたくても離れられない、最悪のスパイラルの完成だ。


 この第二段階を経て、ヒモは相手より精神的に優位に立つことになる。

 自分で言っていて泣きたくなるくらいクズの発想ではあったが、これが意外なほどに上手くいった。

 無茶振りを言われることが減り、生活はどんどん快適になった。


 こうして俺は着々とヒモとしての地位を高め、ご近所では『ヒモの王』と渾名されるほどになった。実家からは勘当された。


 「……チッ」

 「また昼間からフラフラしてるわ」


 アイツら聞こえるように言ってやがる。

 ヒモは精神力の塊のような人種なので、このような攻撃には屈しないが。


 「……お?」

 「あ、見つけた」


 ここまでで、ヒモとは夢の職業だと思った男性諸君も多いだろう。

 しかし、この職業にも一定のリスクは存在している。


 「見つけちゃった、見つけちゃった、ふふふふふふふふふふふふっ……」

 「ひぃ」 


 ヤンデレである。

 依存心が強いヤンデレは、ヒモにとってとても相性がいい相手だ。

 相性が良すぎるといっていいほどに。


 「お・にー・ちゃん? はやく、かえろ??」


 俺は脱兎のごとく駆け出した。

 彼女は俺のヒモ人生唯一の失敗と言っても過言ではない。

 彼女は元々俺のセカンド・オーナー(第二飼い主)であった。

 ちなみに、セカンドとは飼った順番ではなく、金を出してくれる順番である。

 彼女は俺の飼い主の中で二番目に金払いが良かった。

 

 ヒモの生活は、やはりいつ飼い主に見捨てられるか分からないというリスクは常に抱えている。

 いくら依存されたところで、正気に戻る可能性はいつでもあるのだ。

 

 そんな時、放逐されたヒモには死が待っている。

 そのリスクヘッジとして、第二、第三の飼い主を持つヒモは多く、俺もその例に漏れなかった。

 過去形だが。


 「まってよぉ、ふふふふふふふ、ふふふふふふふふっふふふふふふふっふふふふふふふっふふふふふ」


 最初は理想的だったと言える。

 彼女(ヤンデレ)にはちゃんと彼女(正妻)がいることを伝えての関係だったから。

 お互いソレを納得した上で、うまく関係を構築していた。

 

 しかし、……彼女はヤンデレだった。

 彼女は次第に自分が二番手であることに満足ができなくなり、俺を監禁しようと試み始めたのである。

 当然、俺は慌てて逃げ出した。

 とんでもない地獄だった。

 そしてそのことがトラウマになった俺は、他の飼い主との関係も血塗れになりながら精算した。

 あの時が俺の人生最大の修羅場だったと言える。

 

 「待てって、言ってんだろ? おい。おい。おい。あぁぁぁぁあああぁぁあぁああぁぁああああ!!!! なんで、なんで待ってくれないの私じゃあ駄目なのあの子より私のほうがずっとずっと愛してる愛してるのにひどいよねえなんでなんで好きって言ったじゃん私のそばにいると安心するって言ったじゃないなんで無視するのなにかいってよねえねえねえ!!!」


 いやもう本当に怖い。

 ヒモになりたい人はヤンデレは止めたほうが良い。

 あ、距離が詰まってきてる助けて。


 「……わかったよ、やっぱりそーなんだね。あの子が良いんだね。だったらもう仕方ないよね。私だってこんなことしたくないんだけど、でも仕方ないよね、ふ、ふふふふふふ……。ダールマさん、ダールマさん……」


 いまだに、彼女のヤンデレスイッチがどこで入ったのかわからないのだが、これだけは言える。

 いくらなんでもダルマにして監禁エンドはキツすぎないですか。


 ……あ、追いつかれそう。


 「……ひーくんこっち」


 死の危険を感じ始めた時、囁くような声とともに路地裏から手が伸びてきた。

 その手にぐいっと引っ張られ、そのまま転がるようにして物陰に入る。

 

 「? 消えた、どこ、どこいったの……! ねえ、ねえ、ねえええええええええ!!!!」


 絶叫しながら、ヤンデレが遠ざかっていく。

 死ぬかと思った。


 「ぜ……ぜぇ、はっ……、あ……り、がと、う……」


 息を切らしながら、俺は助けてもらった相手に、そう声をかけた。

 俺のことをひーくんと呼ぶのは一人しかいない。

 

 「うん、全然いいよ。危なかったね、ひーくん?」


 俺の第一飼い主様であり、俺の人生の方向性を決めた女でもある。

 

 「でもなんでここにいるんだ?」

 

 俺としては大助かりだったけど。


 「なんでって、ここ私のお店だよ? 看板見えなかった?」


 言われてみればこの辺りには見覚えがある。

 彼女が趣味で経営しているレストランがたしかここだったはずだ。

 適当に走ったつもりだったが、無意識のうちに安全な場所へ避難していたのか。

 ……帰巣本能だろうか。


 「また、あの子に追いかけられてたんだね?」

 「あー、今回ばかりは本当に死ぬかと思った」

 「まったくもう。私以外の女の子に手を出すからそうなるんだよ? ちゃんと反省してる?」

 「はい、ご尤もです」

 「ふふ、いい子」


 グリングリンと頭を撫でられながら、俺はその場にへたりこんだ。

 

 コイツ、俺が危ない時は絶対助けてくれるよなあ。

 超能力でもあるんだろうか。

 ヒモの俺が、コイツだけは打算抜きで幸せになってほしいと思えるのだから、よっぽど情が移ってしまっている。

 ヒモの王などと呼ばれても、俺もまだまだ青いもんだぜ……。


 「ひーくん、ひーくん。帰り、ご飯一緒に食べてかえろ」

 「ここでか?」

 「うん。とびっきりの出したげる」

 

 ううん、ここで飯を食うと従業員からの殺意の視線がすごいんだが。

 だが、今回は助けられてしまったからな。

 飼い主の要望に答えるのもヒモの義務だ。

 

 「おっけー。じゃあ仕事終わるまで仮眠してるわ」

 「そこで仕事手伝うって発想がないのがホント好きだよ、ふふ」

 「そりゃそうだ」


 なんたって俺はヒモなのだから。

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