94.再交渉
俺たちは帝国の暗殺者ハムニバルを仕留め、ようやくじっちゃんの仇討ちを果たした。
こうなれば帝国に遠慮する必要はないので、翌日から猛反撃に出た。
「焼き払え、アグニ」
(御意)
遠巻きに砦を囲んでいた帝国軍に、アグニの火炎ブレスが叩きつけられる。
それは所々で爆発を引き起こしながら、敵の戦力を削っていった。
しかし敵もさるもの。
あちこちで対抗魔法やら物理的な障壁が築かれ、防がれている。
おそらく”帝国の7剣”や、それに準ずる魔法使いが対抗しているんだろう。
しかしその程度で、趨勢が覆るものでもない。
「蹂躙せよ」
((((( おうっ! )))))
「突撃~っ!」
俺の指示を受けてインドラ、ガルダ、ソーマ、ナーガ、アグニが、敵に襲いかかった。
さらにグラーフ将軍の指揮で、エウレンディア軍も討って出た。
蹂躙劇の始まりだ。
俺と師匠、それにアフィとシヴァは砦の防壁上から、それを眺めていた。
「まさに一方的ですね、陛下」
「ああ、インペリアルセブンが踏んばってるみたいだけど、時間の問題だろう」
あちこちで派手な魔法やら、剣戟の音が響いているが、長くはもたないだろう。
何しろこっちは今まで、ハムニバルをおびき出すために、七王の力を抑えていたのだ。
昨日まで互角に戦えていたインペリアルセブンも、今は勝手の違いに戸惑っているはずだ。
はたして何人が生き残れるか?
「カルガノの方も、準備は進んでる?」
「はい。すでに主要な物資集積地は調べあげ、連絡員を潜ませてあります。お手数ですが、アグニ殿を送っていただけますか」
「ああ、こっちが一段落したら、ガルダと一緒に送り出すよ」
「よろしくお願いします」
するとアフィが呆れたようにつぶやく。
「さすがはガルドラ。容赦ないわね~」
「これぐらいしないと、戦が長引くだけですからね」
アフィの指摘にも、師匠は平然としている。
しかしこれについては俺も賛成だ。
戦が長引いても、いいことなんか何もないからだ。
そこで俺たちは、帝国軍にさらなる損害を与えるべく、敵の根拠地であるカルガノに密偵を潜ませた。
そして軍事物資の在り処を突きとめ、アグニの飛来と共に狼煙を上げ、場所を知らせる手はずになっている。
おそらくカルガノへたどり着いた帝国軍は、物資の大部分が燃え尽きた惨状を見ることになるだろう。
それはきっと、敵の抗戦意志をくじくのに、役立ってくれるに違いない。
帝国軍の再侵攻を押し返した後、敵の物資にも大打撃を与えることに成功した。
そして1週間もすると、自由都市同盟を介して、再度の休戦交渉の申し入れがあった。
しかも今度は、大臣級の出席者を要求してきた。
いよいよ本気で交渉する気になったのであろう。
俺は奴らがどんなことを言うのか興味があったので、師匠と共に同盟の首都カラバへ飛んだ。
カラバへ着くと、さして間をおかずに会談の場に招かれる。
そこにはアーシムら同盟関係者の他に、帝国側の関係者が数人いた。
「久しぶりですな、ワルデバルド王。相変わらず、お早いご到着です。ちょうど事前調整をしていたところなので、このまま交渉に移りましょう」
「交渉の仲介、ありがとうございます。ところで、帝国側の責任者は?」
「ああ、それはこちらにおられる副宰相、ジブレ・ロードサット卿になります」
アーシムが紹介すると、真ん中に座っていた白髪の老人が、軽く頭を下げた。
やせぎすでかなりの高齢に見えるが、その瞳には力があった。
俺は隣に座る師匠に、そっとささやく。
「副宰相って、けっこうな大物が出てきたね?」
「大物どころではありませんよ、陛下。銀狐ジブレといえば、帝国政界を裏から操る重鎮中の重鎮です」
「へえ、皇帝を除けば最上級の権力者ってところ?」
「ええ、その認識で間違いないでしょう」
そんなやり取りをしていると、ジブレがあいさつをしてきた。
「初めまして、ワルデバルド陛下。アルデリア帝国で副宰相の地位を賜っております、ジブレ・ロードサットです。金色の狐が、何か言っておるようですが、あまりお気にせず」
「へえ、俺を陛下と呼んでくれるなんて、交渉の方も期待できそうだな」
「ええ、実り多い交渉を期待しております」
この間までは、俺たちを反乱軍呼ばわりしていたのに、ずいぶんと変わったものだ。
それだけ帝国は苦しいという証拠だろう。
「コホンッ、それでは出席者が揃いましたので、エウレンディア王国・アルデリア帝国の休戦交渉を始めさせてもらいます。なお我が自由都市同盟は、あくまで中立の立場であることを、ご理解ください」
「白々しい……」
「何か言われましたかな?」
帝国側の出席者の嫌味を、アーシムがひとにらみして先を続ける。
「さて、それでは先日、帝国側が持ち帰ったエウレンディア側の要求についてですが、どうなりましたか?」
「あんなふざけた要求など、検討の余地もない。エウレンディアの方こそ、考え直すべきだ」
「おや、それでは今日は、何のお話をしに来たので?」
「エウレンディアの不当な侵略行為、および帝国内での破壊工作に対する抗議です!」
帝国の官僚の1人が、声を荒げて抗議してきた。
ジブレは状況を静観している。
「ほほう、戦争自体とは別に、破壊工作ですか? 失礼ですが、エウレンディア側には何か、心当たりがおありで?」
「ええ。先日、我が国から奪われた財宝と捕虜を奪還した際に、こちらの力を少々披露しました。なに、帝城の一部が崩壊しただけです」
師匠がしれっと答えると、先ほどの帝国官僚が噛みつく。
「やはりお前らが宝物庫に忍び込んで、財宝を奪って行ったのか? この泥棒めがっ!」
「我々は15年前に奪われた物を、取り返したに過ぎません。泥棒呼ばわりされるいわれは、ありませんね」
それを聞いた官僚が、顔を真っ赤にしてがなりはじめる。
支離滅裂な暴言を聞き流していたら、ジブレが制止して後を引き取った。
「しかし15年前の戦争で、財宝と奴隷の所有権は我らに移ったのです。ならばやはり、そちらの盗難行為になりますな」
「15年前の侵略を正当化するのなら、我らが帝城に侵入したのも正当な行為でしょう。帝城以外には被害を出さなかった分、我らの方がよほど紳士的です」
全く悪びれない師匠の態度に、ジブレが舌打ちした。
「ならば東部の破壊工作はなんだ? 砦を潰したうえで、他国をそそのかすなど、人道にもとる恥ずべき行いだ!」
「プッ……おっと、これは失礼」
ジブレの反論に、自由都市同盟の人間から失笑が沸きおこった。
今までに散々、侵略と弱い者いじめを繰り返してきた帝国が人道を語っても、滑稽でしかない。
その雰囲気に顔をしかめるジブレたちに、師匠が事実を突きつける。
「それについては、貴国から送られてきた6人の同胞の首に対する返礼です。帝都で我々は警告しました。同胞を殺害した場合は、1人につきひとつの軍事拠点を潰すと。それを信じずに捕虜を殺害した貴国の失態です」
「たかが奴隷の首を斬っただけで、砦が破壊されるなどと、誰が想像できようか。奴らは砦と共に、何千もの兵士を虐殺したのですぞ。エウレンディアの力は危険すぎる。これは周辺地域の安定を損ねる要因になりましょう」
ジブレの野郎、今度はエウレンディアの危険性を指摘してきた。
しかし、それに対する周囲の反応は、冷ややかだった。
むしろ、今までさんざん好き勝手やってきた帝国がやられて、いい気味だと言わんばかりの雰囲気だ。
このままでは理解が得られないと覚ったのか、ジブレは攻め口を変える。
「まったく、野蛮な国はこれだから。しかしそのように聞き訳が悪いと、帝国内にいる同胞がいい思いをしませんぞ。奪っていった奴隷以外にも、捕虜はいるのですからな」
「ええ、そうでしょうとも。もちろん全て取り返すつもりでおりますよ。もし人数が把握できているのなら、教えていただきたい。こちらの捕虜との交換を検討しましょう」
「フンッ、あいにくとまだ、全てを把握できていませんが、おそらく百人ほどはおりましょう」
「そうですか……何千もの同胞が帝国へ連れ去られたというのに、時の流れは残酷ですね。犠牲になった民については、賠償金で償っていただくしかありませんね」
「ハッ、もう賠償金の話か。その前にまずは休戦が先だ」
さて、次は何を言いだすのだろうか。