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93.仇敵の最期

 帝国軍の襲撃を受けた砦へ駆けつけると、案の定、ハムニバルが食いついてきた。

 味方兵士に扮装して、俺の暗殺を図ったのだ。

 しかしあっさりと凶刃をはね返された奴が、不敵な顔で問うてくる。


「万全の準備を整えたというのに、また失敗した。なぜばれたのか、聞いてもいいかな?」

「フンッ、そんなの決まってるだろ。あんたも、ガルドラの手のひらの上だったってことさ」

「ガルドラの手のひらの上? そんな馬鹿な……」


 それを聞いたハムニバルが、かすかに顔を歪める。

 陰謀を生業なりわいとする身でありながら、敵にはめられたと聞いて悔しいのだろう。

 そこへ師匠が追い討ちを掛けた。


「ご安心ください。全てを操ることなど、私にも困難です。これもひとえに、精霊の恩寵を得ている陛下あってのもの」


 師匠の言葉をさらなる嫌味と取ったのか、ハムニバルがギリッと歯ぎしりした。

 さすがは師匠、適切な追い込みだ。


 実際に師匠も、全てをコントロールできるはずはない。

 ただし彼は、誰よりも執拗に、細かく、そして徹底的に事態を想定するのだ。

 その想定パターンの多彩さには、誰もが呆れるほど。


 そして彼はその全ての状況に対し、最適な行動を考えている。

 今回、この場で俺が襲われることは、最も確立の高い事態として想定されていた。

 しかしその他にも何十通りもの状況が想定され、それぞれに最適な対応策があるのだ。


 さすがはエウレンディア最高の頭脳。

 しかし俺は彼が、ただの天才でないことも知っている。

 彼の頭脳は、誰よりも速く、深く考え続けている。


 おそらく寝ている時以外は、常に目まぐるしく頭を巡らせているのだろう。

 それを成し遂げ続ける精神力こそが、彼の最大の武器。

 それを知るからこそ、誰もが彼に力を貸し、指示に従うのだ。


「さて、謀略戦で負けたんだ。いさぎよく投降するってのはどうだ?」

「フンッ、この程度の失点、帝国にとっては痛くもかゆくもないわ」


 この状況においてなお、奴は強がってみせる。


「そんなに無理するなよ。お前がここに現れた事自体が、帝国の窮状を示してるだろうに」

「そんなことはない。しょせん儂も、ただの駒に過ぎないのだからな」

「強がっちゃって、まあ。よっぽど尻に火が着いてるんだな。ひょっとして東部の混乱で、離反の動きでも出てるのか?」

「……」


 推測を口にしてみたが、さすがにこの程度では動揺を見せない。

 しかし、こちらには嘘発見器があるのだ。


「あっ、今、ギクリとしたわ」

「やっぱりか。東の方はえらいことになってるみたいだな」

「クッ……」


 嘘を見抜く能力を持つアフィが、ハムニバルの反応を教えてくれる。

 この調子でもっと揺さぶってやろうと思ってたんだが、やはり奴はそれほど甘くなかった。


「くそ、やられたか!」


 またもや奴が何かを床に叩きつけると、煙幕が広がった。

 そして奴はその混乱に乗じて、防壁の外へ飛び出したのだ。

 常人なら大ケガ間違いなしの高所だが、奴はまんまと逃げおおせたのか、後には何も残っていない。


「まさか、ここから逃げたのか? 念のため、城内を捜索しろ」

「ハッ、ただちに」


 俺の指示で、数人の兵士が散っていく。

 そうして少し静かになった状況で、つぶやいた。


「それにしても、本当にこんな所から飛び降りたのか?」


――ガキンッ!


 その瞬間、下から突き上げられた短剣を受けつつ、シヴァが下へ手を伸ばした。

 そして引き上げられた手にはハムニバルが首根っこをつかまれており、そのまま床の上に引きずり出される。


「くそっ、誘いだったか」

「ああ、そうだよ。お前が闇魔法で偽装してるのは予想できたから、のぞくふりをしたんだ」

「くそうっ」


 そもそも奴が逃げだせたのも、こちらの誘いなのだ。

 本当なら大勢で囲んでなぶり殺しにもできたのだが、俺は兵の被害を恐れた。

 それだったら隙を見せて、反撃してきたところを捕まえればいい。


 実際に奴は逃げ出したが、魔法を使って潜んでいたのはバレバレだ。

 こっちにはアフィがいるからな。

 幸い奴はその誘いに乗ってくれたので、最後は俺がのぞき込むふりをして、釣りだしたのだ。

 かくして最強の暗殺者も、絶対絶命の窮地である。


 俺は奴の前にしゃがみ込んで、その顔をのぞき込んだ。

 すると奴は偉そうな顔をして、こうほざく。


「儂はこれでも帝国の爵位をたまわっている貴族だ。相応の待遇を要求する!」

「はあ? 何言ってんだ、お前。馬鹿じゃねえの?」

「これだから下賤な者は。仮にも王を名乗るなら、礼儀をわきまえ――」

「やれ、シヴァ」

「御意」

「なっ、ま、待て。これは不当な、グヴォッ」


 シヴァがつかんでいた手に力を入れると、ゴキッという音がして、ハムニバルの命を断った。

 それはもう、あっけないほどの最期だ。


「よろしかったのですか? 陛下。あれほどの男であれば、利用価値はあったと思いますが」

「いいや、だからこそだ。この場で始末しておかないと、後で後悔しかねない。それほどの男だろ?」


 そう言うと、師匠がため息をついた。


「陛下のおっしゃることも、もっともですね。今回捕らえられた事自体が、僥倖ぎょうこうでした。たしかに欲をかくと、ろくなことはないかもしれません。早急に死体を処分して、誰も来なかったことにしましょう」

「そうそう。帝国の貴族なんて奴は、ここに来なかった。それが一番だ」

「そのとおりですね。しかしこれでようやく、遠慮なく攻められるようになりました」

「ああ、明日は思いっきり暴れてもらおう。七王の前では、インペリアルセブンなんてものの役に立たないってことを、教えてやるさ」

「フフフッ、驚くでしょうね。今まで手加減されていたことを知れば」


 インペリアルセブンと七王は以前もやり合ったが、こっちはかなり手加減していた。

 それもこれも、ハムニバルをおびき出すためだ。

 じっちゃんを殺した奴を許すことなど、絶対にできない。


 しかし奴ほどの手練れを始末するには、こちらの懐に呼び込むしかなかった。

 幸い奴は暗殺者であり、俺は恰好の的だ。

 そのために七王の実力を隠しながら、ハムニバルの暗躍を誘った。


 もちろんそれは私怨のためだけじゃない。

 暗殺と諜報を統制するハムニバルには、それだけの価値があるのだ。

 その甲斐あって、見事に奴を仕留めることができた。


 それも、じっちゃんの魂を取り込んだシヴァの手によって。

 それで彼が生き返るわけではないが、現状では最高の復讐ができたと思う。

 さらに帝国の戦力を大きくそぎ落とせるんだから、上出来であろう。


 見事に使命を果たしたシヴァが、俺の前でひざまずいた。


「シヴァ、じっちゃんは、喜んでくれたかな」

「はい、とても喜ばしく」

「そうか……」


 シヴァの簡潔な答えに、じっちゃんの面影を見た。

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