92.休戦交渉?
帝国東部の砦をぶっ潰して1週間ほどすると、自由都市同盟を介して、休戦交渉の打診がきた。
「休戦交渉の打診が来たって?」
「はい、ようやくお尻に火が着いたようですね」
「アハハ、そりゃそうだろうさ」
なにせ、東部国境の砦を6つもふっ飛ばしてやったのだ。
そこへ国境を接する3ヶ国が、領土奪還のために侵攻してきた。
元々その辺は、過去に帝国から奪われた土地なのだ。
3ヶ国は怒涛のごとく進撃し、旧領をほぼ回復したそうだ。
これによって帝国の国土は、十分の1ほど狭くなったらしい。
ちなみにエウレンディア領は5分の1に相当するので、帝国は短期間で3割の国土を失った計算になる。
対する帝国軍は、敵を押し留めるだけで精一杯だ。
事前に現地の守備隊が壊滅してたんだから、それも当然だ。
かくして帝国は全土に非常事態を宣言し、大急ぎで軍を再編しているらしい。
しかし現在、7万もの兵力が、エウレンディア沿いの国境に張りついている。
この兵力を少しでも東へ回したいと思うのは、自然な流れだ。
「それで、奴らはどんな条件を出してきてるの?」
「とりあえずは、現状の支配地を暫定的に認め、休戦したいとの申し出ですね」
「まあ、妥当な提案だね」
「従来の帝国からすれば、考えられないほどの弱腰ですが、それほど困っているのでしょう。もっとも、東部が落ち着いたら、また仕掛けてくるのは間違いありませんが」
「まあ、そうだろうねえ」
これはあくまで休戦なので、戦力が調えば平気で手のひらを返してくるのは、想像に難くない。
帝国ってのは、そういう国だ。
「それで、どうするつもり?」
「陛下はどうお考えですか?」
質問したら、質問で返された。
しかしこれは俺への教育の一環なので、真面目に考えねばならない。
「そうだな~……まずは外交官を派遣して、交渉の席には着く。そして敵の出方を見ながら、賠償金をふっかけるかな」
「ふむ。交渉は長引かせてもいいのですか?」
師匠が面白そうに問うので、俺も平然と返す。
「どうせ近いうちに帝国軍が何か仕掛けてくるから、それを叩き潰すんだ。さすがに奴らもそこまでいけば、現状を理解するだろうから、改めて停戦交渉をすればいい」
「ほほう……帝国は何を仕掛けてくると?」
「そんなの分からないよ。前線の砦を攻めるかもしれないし、また俺を暗殺にくるかもしれない。でも確実なのは、この休戦交渉は俺たちの油断を誘うものだってこと。ああ、それならちょっと、隙を見せるのもありかな」
それを聞いた師匠が嬉しそうに笑った。
「フフフッ、陛下もずいぶんとお人が悪くなりましたね」
「それは師匠がいいからね」
「いえいえ、そんな」
「それで、師匠の考えは?」
改めて問い直すと、黒い笑みを浮かべながら語る。
「陛下のおっしゃるとおり、誘いを掛けます。前線の砦で少し隙を見せてやれば、攻撃してくるでしょう。そこへ陛下が駆けつければ、何かが食いつくはずです」
「う~ん、そんなにうまくいくかな?」
「戦に絶対はありませんが、かなりの確率で引っかかるでしょう。それだけ帝国は追い詰められており、他に手だてが無いのですから」
その自信ありげな様子を見て、ちょっと安心する。
あらゆる状況を想定する師匠がそう言うなら、その可能性は高いのだろう。
あとは彼の計画に乗って、敵を叩き潰すのみだ。
待ってろよ、ハムニバル。
お前だけは逃がさない。
それからすぐに交渉団を送り出すと、俺たちは内政に専念するふりをした。
実際にやることはいくらでもあったから、演技の必要もない。
その陰で前線の砦には、師匠から詳細な指示が飛んでいた。
こちらもごく一部の将以外は、何も知らずに休戦交渉に入ったことを喜んでいた。
その一方で、休戦交渉は強気の態度で臨んだ。
帝国側が現状の支配地を暫定的に認める、という態度であるのに対し、こちらからはエウレンディアを国家として承認することの他に、捕虜の返還、賠償金の支払いを突きつけてやった。
当然、帝国側は激怒して、交渉がまとまるはずがない。
向こうもいろいろと脅しを掛けてきたらしいが、こっちは東部方面の状況を指摘して、ネチネチと反論してやったそうだ。
そしたら向こうの外交官、顔を真っ赤にして席を立ったらしい。
俺もぜひ、その顔を見てみたかった。
そんな交渉が始まって5日もすると、前線から予想どおりの連絡があった。
砦がインペリアルセブンの攻撃を受け、さらに帝国軍の本隊も移動してきてるらしい。
俺と師匠はただちにガルダの背に乗り、前線へ駆けつけた。
「状況を説明してくれ」
「は、本日未明に複数の骨の魔物が押し寄せました。同時に砦の東側に大規模な魔法攻撃を受け、一部の防壁が損傷しています」
「ジードレンとかヴェンデルみたいなのは、出てきてないのか?」
「は、今のところ確認されておりません。敵の本隊を率いているのではないでしょうか?」
「あいつらも参加してたら、とっくに破られてるはずなのに、何してるんだ?」
「さあ……数千の兵力が詰めているので、躊躇しているのではないでしょうか」
「ふ~ん、まあいいか。とりあえず敵の状況を確認したいから、案内して」
「はあ……しかし、危険ではありませんか?」
「七王がいれば大丈夫だって。アフィ、シヴァ」
「はいは~い」
「……」
俺はアフィとシヴァだけ召喚すると、敵の様子を観察できる場所へ案内してもらった。
そうしている間も、砦は間断的な攻撃を受けていた。
のぞき窓から見ると、少し離れた森の中から炎と氷の魔法が放たれている。
その後ろには、カルガノから駆けつけた帝国軍も控えており、いつ総攻撃が始まってもおかしくなさそうだ。
「ふ~ん、とりあえず敵の脳筋部隊は見えないな。まるで俺が来るまで、待ってたみたいだ」
そうつぶやいた途端、すぐ近くで微かな金属音がした。
まるで武器がはね返されたような。
「なあ、そうだろう? ハムニバル」
「くっ」
いつの間にか背後に忍び寄っていた男が、飛びすさる。
それを追ってシヴァが剣を振るうと、後方に宙返りをしてさらに逃げた。
味方兵士に扮したその男が、かぶっていた兜を取り去る。
「やはりばれていたか。なかなかやるな、新王よ」
「ああ、今日は逃がさないぜ。じっちゃんの仇、取らせてもらう」