91.東部動乱
その日、帝国東部に2度目の激震が走った。
まずレーネの地獄炎乱舞によって、超高温の炎が砦の防壁内に発生した。
そこにわずかに遅れて、アニーの水塊炸裂が投じられる。
ふたつの魔法が合わさった瞬間、猛烈な水蒸気爆発が起こり、周囲に衝撃波が撒き散らされた。
それは強固な砦をいともたやすく破壊し、瓦礫に変えていく。
それなりに距離を取っていた俺たちにすら、砦の破片と衝撃波が飛んできた。
あらかじめシヴァに闇堅殻を展開させていなければ、ケガをしていたかもしれない。
そして濃密な水蒸気と砂煙が収まると、そこに残っていたのは砦の残骸だった。
いくらかの構造物は残っているが、生き残っている者はまずいないだろう。
「ふむ、威力を抑えてもこの破壊力ですか。これはまた、魔法の歴史が大きく塗り替えられましたね」
「ああ、そうだね。もっとも、第4階梯に相当するヘルファイヤの超高温あってのものだから、一般人には関係ないだろうけど」
そんな話をしながらレーネとアニーをうかがうと、彼女たちは呆然としていた。
ある程度覚悟のうえとはいえ、自分たちが引き起こした破壊の凄まじさに、恐れを抱いたようだ。
あとで少しフォローしておこう。
「シェンベルクの方面はこれで十分です。あとはレギウム方面の国境まで移動して、野営の準備をしましょう」
俺たちは師匠に促され、再びガルダに乗った。
そして目的地にたどり着くと、天幕を張って野営の準備をする。
とりあえずやることがなくなると、アニーたちと向かい合った。
「アニー、レーネ、大丈夫か?」
「……えっ、大丈夫よ。別に、問題なんかないわ」
アニーはそう言って強がるが、顔色が悪い。
「さっきの魔法のこと、気にしているんだろ?」
「……そうね、気にならないと言えば、嘘になるかな」
「魔法って使い方次第で、あんな凄いことになるんだね」
そう言うレーネの目は虚ろで、頼りなさげだった。
「さっきの砦で死んだ兵士のこと、考えているのか?」
そう指摘すると、2人がピクリと反応した。
俺は溜息をついてから、話を続ける。
「あれだけの砦だから、千や2千の兵士はいただろう。そしてその多くが、命を落としたかもしれない」
「そう、だよね、私がこの手で、大勢を殺したのよね……」
「待て、レーネ、落ち着け。それは俺の命令でやったことだ。その責任は全て、俺にある」
「でも、でも……」
とうとう泣き出した彼女たちを、両腕で抱き寄せる。
「ごめんな、お前たちにこんなことをさせて。だけど、今日のこの行動が、帝国との戦争を終わらせ、多くの同胞を救うのに必要なんだ……だから、もうちょっと、もう少しの間、力を貸してくれ」
「だ、大丈夫よ。ちょっと休んだら、また元に戻るから。ワルドだけに苦しいこと、させないわ」
「私も、ワルドの隣に立つから。ずっと支えるから」
そう言って2人は、俺にすがりついてきた。
そうやってしばし抱き合っていると、黙っていた師匠が口を開く。
「本来なら陛下と七王だけでやれることを、私たちが行うのは、全て将来のためです。陛下の力だけに頼っていては、偏った国になってしまいますからね。及ばずながら、私たちが陛下の隣に立ち、支えていることを天下に知らしめることで、よりエウレンディアの未来を安定させるのです」
「ああ、そうだ。”エウレンディアの3魔星”の名を高めて、俺たちにちょっかい出したらどうなるのか、帝国の奴らに刻み込んでやるんだ」
「……そうね、こんなことぐらいで、落ち込んでいられないわ」
「ええ、私たちの未来のために」
翌朝になると彼女たちも落ち着き、覚悟ある顔になっていた。
あえて昨日のことには触れず、淡々と朝食を済ませて野営地を引き払う。
そして今度はレギウム王国に備える砦の前に、俺たちは立っていた。
「さて、この砦はさほど規模も大きくないから、アニー1人でどうだ? あの砦の基部が狙い目だ」
「分かったわ。やってみる」
アニーは淡々と詠唱を始める。
『風精を介して奏上たてまつる。全能なる天上の大神、天空の王よ。我が魂の呼びかけに応え、天上の奇跡もて大気の刃を解き放て。暴風蹂躙』
彼女の呪文が完成した直後、砦の基部が内側から膨れ上がり、轟音を発しながら崩れはじめた。
しばし砦を包んでいた轟音と砂塵が収まると、現れたのはまたもや砦の残骸だけだった。
目を凝らすと、所々で人が蠢き、助けを呼ぶ声が聞こえてくる。
はたして、あの中のどれだけが生き残れるのだろうか。
本来なら、あそこにいる者に罪はないのかもしれない。
しかし帝国自体が俺たちにケンカを売ったのであり、ましてや彼らは兵士だ。
その犠牲は、許容すべき類のものではあるだろう。
必死に自身の行為を呑み込もうとするアニーを、俺は黙って抱き締めた。
そして彼女が落ち着くと、またガルダを召喚して次の砦へ向かった。
次の砦もラティスのヘルファイヤで焼き払うと、さらにフレイア連邦との国境へ向かう。
また砦のひとつを師匠の溶岩粉砕でぶち壊し、最後の砦はアニーとラティスの複合魔法で片付けた。
後に広域破壊魔法”大災害”と呼ばれるこの複合魔法は、文字どおりの災害として砦に降り掛かり、完膚なきまでにそれを打ち崩したのだった。
こうして帝国はわずか3日のうちに、東部国境の主要な砦を6つも失った。
そして事前に情報を得ていたシェンベルク王国、レギウム王国、フレイア連邦はさほど時をおかずに帝国へ侵攻。
砦周辺を制圧したうえで、過去に奪われた領土を奪還せんと、さらに帝国領内に侵攻していった。
その状況を確認した俺たちは、任務達成を確信して帰路に就いた。
帝国領をまるまる横断して1日で王城へ帰還すると、その成果に王城が沸いたのは言うまでもない。
それからしばらくは内政に専念しつつ、情報収集に勤しんでいた。
なんといってもエウレンディアは、再興を宣言したばかりだ。
わずかに残っていた町以外は、新たに造るしかない。
さらに南森林をぶち抜いて、自由都市同盟との街道もつながった。
これによってヒト、モノ、カネの流入が加速していた。
おまけにエウレンディアは、10万の帝国軍を撃退したのだ。
それまで様子を見ていた商人や投資家が、全力で商売をしにきた。
おかげで我が国は、今やどこもかしこも建築と開墾で、沸き返っている。
普通なら行政機構が追いつかないので、頭打ちになるのだが、うちには師匠がいる。
最強宰相ガルドラの行政能力は、他の追随を許さない。
さらにはこれを見越して行政機構も整備していたので、なんとか仕事も回っている。
まあ、王都と各都市の行政府は不夜城と化し、官僚の苦鳴が聞こえてくる、なんて噂もあるのだが。
しかしそんな噂を吹き飛ばすくらいに、我が国は活気に満ち、国民の笑い声も絶えなかった。
国を再興して本当に良かった、そう思える状況だ。
そんな中、自由都市同盟を経由して、帝国から休戦交渉の打診があった。