90.破壊工作
2018/7/7 サブタイ見直しました。
帝国から同胞を取り戻した俺たちは、砦で一晩休んでから王都へ帰還した。
その際、もう籠に揺られて空を移動するのはちょっと、という人がけっこういたので、伴ったのは半分ほどだ。
残りは陸路で帰還するので、俺は往復しなくて済んだのはラッキーだった。
彼らが気を遣ってくれたのもあるのかな?
ちなみに囚われていた同胞を伴っての凱旋に、王都は沸いた。
救出された者の多くは元貴族や元軍人なので、平民にはあまり縁がないとはいえ、15年ぶりの同胞の帰還を喜ばないはずがない。
しかもその中には”マルレーンの双玉”という、とびきりの美女もいるのだ。
さらに俺たちが帝城の一部を吹っ飛ばしてきたことが伝わると、もうお祭り騒ぎだ。
いまだに帝国とは国境を挟んでにらみ合っている状態だが、たまには息抜きもいいだろう。
それで王城からも食料や酒の備蓄を放出して、ガス抜きをさせておいた。
そんな浮かれた雰囲気も治まってきたある日、最前線から悲報がもたらされた。
塩漬けにされた同胞の首が6つ、砦に届けられたというのだ。
恐れていたことが現実になってしまった。
犠牲者を確認するために砦を訪れると、6つの生首に出迎えられた。
「これが犠牲者の首か……彼らの冥福を祈ろう」
「ご訪問、感謝します。彼らも救われるでしょう」
しかし犠牲者の首は、無念の表情を浮かべていた。
ようやく祖国が再興されたのに、帰れないことを恨んでいるかのようだ。
避けられない犠牲とはいえ、やりきれない気持ちになる。
「まったく、手近な奴隷の首を切って送りつけるだなんて、芸がないな。しかも、お決まりの脅し文句つきときた」
荷物に添えられた書状には、これ以上の犠牲者を出したくなければ降伏しろと書いてあった。
今頃は帝国中のエルフをかき集めて、人質に使う準備を進めてるんじゃなかろうか。
「まあ、やるなと言われても、やってしまうのが人の性です。彼らの犠牲はまことに残念ですが、これで帝国の拠点を潰す名分が立ちました。作戦を決行しましょう、陛下」
「ああ、すぐに帝国東部へ向けて出発だ。この仇は絶対に取ってやる」
犠牲者の首を丁重に葬るよう指示してから、俺たちは一旦王都へ戻る。
そして準備を整えると、ガルダに乗って旅立った。
同行者は師匠、アニー、レーネの3人だ。
今回も彼らの力で砦を破壊し、3魔星の評判を高める予定だ。
それは帝国の危機感を高めると同時に、エウレンディアには七王以外にも戦力があるのだと、周辺諸国に認識させることにもなる。
そんなことを考えながら飛んでいると、アニーが気を遣ってくれた。
「ワルド、大丈夫?」
「ん? ああ、俺は冷静だよ。冷静すぎて、嫌になっちゃうけどね」
「嘘。心の中ではメチャクチャに怒ってるくせに……ひどい話よね、やられたらやり返すしかできないなんて」
「ああ、ひどい話だ。それを利用しようとしている俺も、ひどいけどな」
「そうだね。だけど、より多くの人たちを守ろうとしているワルドを、誰にも非難させないわ。私はいつでもあなたの味方よ」
「ありがとう……」
そう言いながら彼女の手を握ると、たしかなぬくもりが伝わってくる。
おかげで少し気分が楽になった。
このうえは気分を切り換えて、帝国に責任を取らせてやる。
やがて半日ほど飛び続けると、帝国東部の国境にたどり着いた。
その晩は森の中で休息を取りながら、翌日の行動について打ち合わせる。
「陛下、明日はまずこの砦を落とします。そしてさらに北上してここを。そうすれば、隣のシェンベルク王国が攻勢に出るはずです」
「シェンベルクの準備は整ってるの?」
「情報を流してありますから、ある程度の兵は集まっているはずです。なにしろこの辺は、20年ほど前に帝国に奪われた領地ですからね。それを奪い返せるチャンスを、逃しはしないでしょう」
「なるほど、それなら期待にはぜひ応えてやらないとね……他には?」
「はい、他にもレギウム王国とフレイア連邦の境界にある砦を、2つずつ破壊します。こちらも手ぐすね引いて待っていることでしょう」
「さすがは師匠。この手の作戦を立てさせたら、右に出る者はいないね」
感心して褒めると、彼が邪悪な笑みを浮かべる。
「フフフッ、お褒めにあずかり光栄です。何しろ帝国に打撃を与えるのは、楽しくてしょうがありませんからね。その機会をいただけたこと、深く感謝しております」
「それはお互い様だよ。師匠がいなければ、こんなにも早く国を取り返すことはできなかった。これからもよろしく頼む」
「もちろんです。まずは明日、盛大な花火を上げましょう」
そんな会話に興じる俺たちを見て、アニーとレーネは苦笑していた。
翌朝、日の出と共に、標的となる砦まで移動した。
小高い岩山の上に建つその砦は攻めにくく、しかも堅固な城壁に守られていて、容易に落ちそうなものではない。
しかしその砦を見た師匠が、事もなげに言う。
「あれなら私の魔法1発で崩れそうですね。ここは私にお任せいただけないでしょうか? 陛下」
「任せるよ」
すると師匠が、第4階梯に相当する魔法の詠唱に入った。
『土精を介して奏上たてまつる。偉大なる大地の女神、地中の王よ。我が魂の呼びかけに応え、大地の怒りもて堅固なる岩盤を打ち砕け。溶岩粉砕』
その呪文が終わった瞬間、周囲に激震が走った。
みるみるうちに砦の下の岩山に亀裂が走り、轟音と砂煙の中に砦が沈んでいく。
しばらくして砂煙が治まると、そこには瓦礫の山しか残っていなかった。
「さすがはお師様……」
「凄い、たった1発で……」
あまりの破壊力に、アニーとレーネが言葉を失っている。
俺もしばし、あっけに取られたほどだ。
「……さ、さすがは師匠。本当に1発で終わったね」
「この砦とは相性が良かっただけです」
さすがに疲労の色は濃いが、彼はとても満足そうに見えた。
元々、師匠は精霊術の研究者でもあるので、伝説的な魔法が極まって気分がいいのだろう。
おそらく数百人の兵士が詰めていた砦が、一瞬で崩壊したのは、結果でしかないって感じだ。
「それじゃあ次に行こう。なるべく早く終わらせたいからな」
再び召喚したガルダに乗り、俺たちは次の砦を目指す。
すぐに着いたその砦は、さっきよりずいぶんと大きかった。
今度は平地に建てられていて、頑丈そうな城壁に囲まれている。
「さすがにこれは簡単に壊せそうにないわね」
「そうね。大きな魔法を使うと、半日くらい休まないといけないから、時間が掛かっちゃうかも」
彼女が言うように、第4階梯に相当する魔法を使った師匠は、しばらくお休みだ。
なので残る2人だけでやらねばならないのだが、一撃で十分な打撃を与えるのは難しそうだ。
彼女たちが迷っているようだったので、思いつきを提案してみた。
「あのさ、レーネの地獄炎乱舞と同時に、アニーが水塊炸裂をぶつけてみたらどうかな?」
「え? ウォータースプラッシュって第2階梯魔法よ。そんなのじゃ力不足でしょ?」
「いや、ヘルファイヤと合わせるのがミソさ。たぶんレーネが威力を抑えても、凄いことになると思う」
「ふむ、水蒸気爆発ですか。たしかにヘルファイヤの超高熱があれば、いけそうですね」
「でしょ?」
俺はなおも渋るアニーとレーネを説き伏せ、彼女らを砦の近くまで連れていく。
砦の中からは見えてるはずだが、まだ様子を見ている感じだ。
念のためにシヴァを召喚して守りを任せると、彼女たちに指示を出す。
「それじゃあ、レーネは城門の向こう辺りでヘルファイヤを。アニーはそれにタイミングを合わせて、水塊をぶつけてくれ」
いまだに半信半疑ながらも、彼女たちが呪文の詠唱に入る。
「『開扉』……魔界の賢者、地獄の魔王よ。我が魂の呼びかけに応え、魔界の怒りもて地獄の炎を焼き尽くせ。地獄炎乱舞!」
『我は水精に願う、深淵なる大海より慈悲深き水を導き、我が敵に放て。水塊炸裂』
その日2度目の激震が、帝国東部に走った。