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89.祖国へ

「それにしても、大勢の奴隷が行方をくらまして帝都は今、大騒ぎでしょうね」

「ああ、帝城も派手にぶち壊してやったから、衛兵が血まなこになって、駆けずり回ってるだろうさ」

「間違いありませんわね。帝都への出入りは大幅に制限され、兵士が総動員で捜索をしていそうです。しかし我々が、すでにこれほど遠くまで逃げているとは、想像もつかないでしょうが」


 ソフィアが言うように、俺たちはすでに帝都からはるか遠くにいた。

 ここは帝都から救出した同胞を、祖国へ連れ帰るための中継拠点だ。

 距離的にはナーガの飛行速度で半刻、つまり馬が全速力で走って半刻ほどの位置になるが、それは直線的に飛んだ場合の話だ。

 実際に陸路で来れば、その何倍も掛かるような山奥だ。


「ところで陛下。帝城を去り際におっしゃっていたこと、敵はどのように受け止めるでしょうか?」

「帝国内にいる捕虜のことだよな。とりあえずかき集めて、人質として使うんじゃないかな」

「やはりそうでしょうね。しかし、おとなしくこちらの要求に従うでしょうか? むしろ、怒りに任せて首を斬るような気がしてなりません。ゲルハルトという男は、ひどく冷酷で残忍な人間ですから」


 そう言いながらソフィアが、自分の肩を抱き締める。

 豚皇帝にいたぶられた経験を思い出しているのだろう。


「姉さまの言うとおりです。あの男は人を人とも思わず、いたぶることに喜びを感じるような人間。後宮に囚われていた同胞も、全ていじめ抜かれて死んでいきました。私たちがなんとか生き残れたのは、2人で過ごすことを許されていたためなのです」


 妹のリディアも、帝国皇帝の恐怖を語る。

 聞けば、後宮に10人はいたエウレンディアの女性が、いつの間にか彼女たち以外は、いなくなっていたそうだ。

 ソフィアたちは、豚野郎が2人揃っての遊びを好んだため、一緒にいることができた。

 2人は互いに励まし合うことで、辛うじて精神の平衡を保ち、生き永らえることができたのだ。


「ですから、残りの捕虜の方がどのような目に遭わされるのか、恐ろしいのです。それを思うと、国へ帰る喜びも半減します」


 リディアがその美しい顔を、悲しみに歪める。


「……そうだな。おそらく何人かは、殺されると思っている」

「そんな、陛下。他に何か手はないのでしょうか?」

「……悪い、俺にはこれ以上いい手が、思い浮かばなかったんだ。おそらく帝国は、残った捕虜を交渉に使おうとするだろう。ひょっとしたら最初は、首をいくつか送りつけてくるかもしれない。だが少なくともそれによって、帝国内の同胞が集められるだろう」

「その上でまた救出を計画されるのですか? しかし今度はあちらも警戒しているでしょうから、そう簡単には……」

「当然そうだろう。だから今度は、帝国から捕虜を返還したいと言わせるつもりだ」

「陛下。帝国はそんなに甘い存在ではありません。利用できるものがあれば、なんでも使うでしょう」

「そうだろうな。だけどリディア、俺は最後にもうひとつ、豚野郎に伝えたぞ」


 リディアが眉をひそめて記憶を探る。


「たしか……帝国の拠点を吹き飛ばす。陛下はそうおっしゃいました」

「そうだ、奴が同胞の首を切るたびに、俺は帝国の拠点を潰してやる。もしそれが帝国東部の国境に近い砦なら、どうなると思う?」

「東部の国境ですか?……たしかあの辺りは、帝国が近隣諸国から切り取った領土ばかり……もしもその砦が崩れれば、隣国が乗り込んでくるということですか?」

「さすが、理解が速いな。マルレーンの双玉の名は伊達じゃない。実はガルドラの配下を通じて、東方の国に情報を漏らしてあるんだ。近々、帝国の東部が弱体化するかもしれない、ってな」


 俺が悪い顔で仕組みをばらせば、リディアも悪女の顔で微笑む。


「すばらしいですわ、陛下。それが現実となれば、帝国は東部国境に掛かりきりになるはず。しかしそれには西の兵力が必要になるので、停戦交渉に乗らざるを得ない、と」

「そうだ。これが最も犠牲を少なくして、停戦に漕ぎつける作戦だ。そのためには、非情のそしりを受けるのもいとわない」


 俺が決意を込めて言いきると、彼女たちが頭を垂れた。


「浅はかな考えで陛下を批判したこと、お許しください。先を見据え、より多くを救わんとするその覚悟こそ、尊いと存じます」

「ありがとう。でも俺だって全能じゃないんだから、諫言かんげんしたいことがあれば、いつでも言ってくれ。もちろん、時と場合はわきまえてもらう必要はあるが」

「かしこまりました……しかし陛下のおそばには、すでに美しく強い女性がいらっしゃいますから……」


 ソフィアがちょっとすねたような視線を、俺に向ける。

 その意図するところをなんとなく察しながら、俺はのろけてみせた。


「ああ、アニーとレーネは俺の宝だ。これほどの魔法使い、そうはいないからな」

「やはり魔法が使えないと、陛下のおそばにはいられないのでしょうか?」

「いや、そんなことはない。それぞれにできることで、俺を助けてくれればいい」

「少し安心しましたわ……でも、アニエリアスさんより倍近くも年上では、チャンスはないのでしょうか?」


 ソフィアが恥じらいながらも、探りを入れてきた。

 その言葉に、リディアも乗ってくる。


「私たちのような過去を持ち、しかも片耳が欠けたような女は、お嫌ですわよね?」


 そう言いながら、はにかむ仕種が実にあざとい。

 この人たち、この演技力をもって生き残ったんじゃなかろうか。

 いずれにしろ風向きが悪いので、話をそらすことにした。


「あーっ、その耳のことだけどな、たぶん元通りにしてやれるぞ。な? アフィ」

「えっ、私?……ええ、ちょっと痛い思いはするけど、直せると思うわよ」

「光王アプサラスは、常識外れの治癒魔法を使うからな。実はグラーフ将軍の両手も、俺と彼女で治したんだ」

「えっ、グラーフおじ様が生きていらっしゃるのですか? 元近衛兵団長の?」


 ソフィアが信じられない、といった表情で聞き返す。


「ああ、ソフィアは知ってるのか?」

「はい、父と懇意にしていらしたので、たまに遊んでいただきました」

「そうか、彼も奴隷となって、ヴィッタイトまで流れてたんだ。たまたま師匠、ガルドラが見つけたんで、買い戻して治療を施した。今じゃ、エウレンディア王国軍のトップだぞ」

「そうなのですか。これでまた王国に帰る楽しみがひとつ増えましたわ。心配なのは、お嫁の行き先だけですね」

「ゲホンゲホンッ。そ、それは帰ってからゆっくり考えよう」


 これ以上、婚約者を増やすなんて、とんでもない。

 そんな見え見えの逃げを打つ俺の姿がおかしかったのか、周りの人間がクスクスと笑っていた。

 くそう、これではまるで俺が、ヘタレみたいじゃないか。





 翌朝になって、次の中継拠点への移動を開始した。

 次の拠点はナーガの速度で2刻ほどの距離にある。

 しかし山や川を迂回する必要がないので、陸路よりは何倍も速い。


 これを休憩を挟んで3往復もやると、それだけで1日が潰れた。

 しかしここまで来れば、追手の心配もだいぶ薄れる。

 なので救出班の者はこれ以降、陸路で帰ってもらうことになっていた。


 彼らは帝国の身分証や通行手形を持っているから、比較的安全だ。

 そして被救出者だけなら、2回で運べる人数になる。

 これによってより長距離の移動を繰り返し、徒歩なら10日は掛かる旅程を、3日でこなした。





 こうして俺たちは、帝都脱出から5日目で、国境近くの砦へ到着した。

 15年ぶりに祖国の土を踏んだ人々が、肩を抱いて喜び合い、感動の涙を流している。

 彼らが言語を絶する暴力と理不尽に耐えながらも、生き抜いてきた結果がこれだ。


 そんな彼らを見ていると、大きな仕事をやり終えたという実感が湧き起こる。

 その余韻を楽しんでいたら、救出された人々が俺の周りに集まってきた。

 その中から代表者として、ソフィーが進み出る。


「陛下、はるかな敵地より我々を救い出していただき、本当にありがとうございました。もちろん協力してくれた方々の、ご助力あってのことでございますが、全ては陛下のお力あってのもの。我らの心からの感謝と、忠誠をお受け取りください」


 その言葉と共に、彼らが一斉に臣下の礼を取った。

 俺は彼らの礼を受け入れ、改めて声を掛ける。


「俺の方こそ、今日まで生き抜いてくれたあなたたちに、礼を言いたい。多くの同胞が絶望の内に倒れていったことをいたむと共に、あなたたちの帰還を、心より歓迎する。エウレンディアの民よ、祖国へようこそ」

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