85.後始末
テッサを巡る戦闘で、俺たちは見事に帝国軍を撃退してみせた。
”帝国の7剣”を前線に引きつけたうえで、ガルダに後方を攪乱させ、敵を壊走させたのだ。
さすがに夜戦だったので無理な追撃はせず、翌日になってから掃討部隊を出した。
「敵の状況は?」
「は、カルガノへ向けて散り散りに敗走中で、我が軍はさらに戦果を拡大中です」
「予定どおりだな。敵に与えた損害は、どれぐらいになりそう?」
「戦死、重傷者がおよそ2万で、生き残った捕虜が1万近くになります。捕虜は今後の展開で、もう少し増えるかもしれません」
グラーフに状況を聞いていたら、師匠もそこへ加わる。
「敵の物資は確保できましたか?」
「はい、ガルダ様が集積地を制圧してくれたため、ほとんど無傷で手に入れることができました。10万の軍を、1週間食わせる分はあるかと」
「それは何よりですね。捕虜を養う負担が減ります」
師匠が安堵の息を洩らすが、これも事前に備えておいたおかげだ。
ガルダに後方を攪乱させたのは、敵の動揺を誘うだけでなく、物資を横取りするためでもあった。
そのため殲滅力の高いアグニより、ガルダに任せたのだ。
彼の風魔法は火事を起こす心配がなく、逆に消化も可能だ。
その配慮のおかげで、膨大な物資を手に入れることができた。
捕虜が1万人いても、2ヶ月は食わせられるだろう。
「今後は態勢を整えてから、カルガノ方面へ向けて進軍します。また忙しくなりますな」
「ああ、だけど味方の士気は高いんでしょ?」
「ええ、信じられないほどの大勝利に、沸きかえっております。帝都まで攻め寄せる、と息巻く者もいるくらいです」
「それはいくらなんでも、浮かれすぎだね」
「これだけの大勝利を収めれば、それも致し方ないかと。しかしまずは、国境線を固めるのが先決です。しっかりと手綱を引き締めて、事に当たりましょう」
これから軍を進める俺たちだが、帝国領を攻めるつもりは、これっぽっちもない。
まずはカルガノの手前に砦を築き、敵の再侵攻に備えるのだ。
基本的に大軍が通れるような道は、ここからカルガノまでの街道しかないので、そこを押さえればいい。
普通なら何ヵ月も掛かる築城も、俺たちの土魔法に掛かれば1日だ。
数千人が籠れるような砦を街道沿いにいくつか築けば、帝国軍はそこへ釘づけになる。
その間に国内を立て直して、継戦能力を上げるのが、当面の方針だ。
もちろん、受け身だけでいるつもりもないが。
それから1週間後には、カルガノからそう遠くない場所に砦を建設していた。
敵がカルガノの守りを固めているうちに、速攻で砦を3つ建設してやった。
帝国軍の奴ら、驚いているだろうな。
砦には合計で2万の兵士を駐屯させ、敵に備えている。
先の戦いで3割の戦力を失って混乱している帝国軍に、ここを抜く力は当面ないだろう。
そのうえで俺たちは、帝国に勝利宣言と賠償請求を突きつけてやった。
そのおおまかな内容は、こんな感じだ。
ひとつ、新生エウレンディア王国は、10万の帝国軍を撃退し、国土を守った。
また我が国は、約1万の帝国兵を捕虜としている。
ひとつ、我が国はアルデリア帝国に対し、15年前の侵攻の賠償金として金貨250万枚と、捕虜の返還を要求する。
捕虜については、交換も考慮する。
ひとつ、もしも、帝国が要求に応じない場合は、我が国は断固たる処置を実行する。
そしてこの宣言は、自由都市同盟やヴィッタイト、さらには他の国へも告知してある。
帝国の恥を天下に知らしめてやったわけだが、はたしてどのような反応があるか?
しかしそれから1週間経っても、帝国からの反応はなかった。
「あいつら、外交とかする気、ないのかねえ?」
「まあ、十分に予想できたことです。いまだに帝国にとって、我らはただの叛徒に過ぎないのでしょう」
「ここはやはり、さらなる力を示すしかないな。いよいよ帝都襲撃を実行するか」
「まさか本拠地を攻められるなど、敵も考えてはいないでしょうが、本当に可能なのでしょうか?」
そんなグラーフの疑問に、師匠が答える。
「敵もそう思っているからこそ、やりやすいのですよ。なにしろ帝都には、15年前に捕虜となった国民の多くが奴隷とされています。すでに私の調査で、およそ2百人の所在が掴めているので、一気に奪還を図れば、最大限の効果が得られるでしょう」
「しかし帝都は国境からはるか遠くです。たどり着くのも至難なのに、同胞を連れ帰るなど……」
いまだに心配そうなグラーフが、言いよどむ。
「夢のまた夢、か?……しかしグラーフ、最初から諦めていては、何もできないぞ」
「しかし陛下、あまりに無謀な計画は――」
「落ち着きなさい、将軍。私も陛下も、ただ無謀なことをするつもりはありません」
「宰相殿。それでは何か勝算があると?」
「もちろんです」
師匠が落ち着き払った態度で、帝国領の地図を広げる。
「ご存知のように、現状はこの国境付近に大軍が張りついています。そして帝国は威信に掛けても、再侵攻を図るでしょう。おそらく、数万の兵士が、さらに増強されるはずです」
「まあ、それはそうでしょうな。しかしだからといって」
「帝国軍も他の国境付近の軍は動かしにくいでしょう。つまり帝国の中心部、とくに帝都の守りは薄くなります」
「そこが付け目だと言うのですな? しかし、2百もの捕虜を動かすなど……」
それは不可能だと言いたげなグラーフに、今度は俺が声を掛ける。
「そんなに心配するなって。俺たちには七王がいるじゃないか」
「しかし七王といえど、万能ではありませんぞ」
「もちろん万能じゃないさ。だけど、ガルダとアグニ、ナーガは空を飛べるんだぜ」
「それは存じておりますが……まさか、彼らに捕虜を運ばせるのですか?」
「そのまさかさ。ここはひとつ、奴らの度肝を抜いてやろうじゃないか」
俺はこれから、1人でも多くの同胞を取り戻す。
そのためにできることは、なんでもやってやる。
見てろよ、帝国め。