幕間:ガルドラの後悔
元々準備していたものを、投稿し忘れていました。
面目ありません。
ガルドラ・エウレリアス。
優秀な精霊術師であると同時に、エルフ界最高の頭脳と呼ばれる人物である。
エルフ根源10氏族のひとつ、エウレリアス家に生まれ、幼い頃から英才教育を施された。
若い頃は精霊術師として軍務にも就き、兵役を終えた後は主に精霊術の研究者として名を馳せる。
やがて先々代の王に請われ、国政にも携わるようになった。
彼が精霊術と魔物に詳しく、軍務経験もあることから、大魔境の防衛体制に意見を求められたのがきっかけだ。
この時にガルドラが提案した戦法が取り入れられ、防衛軍の効率化に寄与して王の目に留まった。
その後、王はガルドラを重く用いるようになり、その助言を内政や外交の参考にした。
学者を重用し過ぎることを悪く言う者もいたが、国内は良く治まり、外交関係も良好だった。
先々代王をガルドラが支えた時期は、後にエウレンディア王国最後の黄金期と呼ばれている。
しかし19年前に王位が継承され、ヴィレルハイト王の治世が始まった。
先々代王はヴィレルハイトにガルドラの意見を良く聞くよう言ったが、彼は従わなかった。
アルデリア帝国に留学していたヴィレルハイトは、単人族の文化に大きく影響されていたからだ。
そのため彼は帝国との結びつきを強め、その文化や制度を取り入れようとした。
しかしその方針は王国に混乱をもたらした。
七王の盾の盾により、小国ながら豊かな生産力と戦力を誇るエウレンディアには、帝国の文化はそぐわなかったのだ。
その点をガルドラは何度も意見したのだが、王との溝は深まるばかり。
ただ国内が混乱するぐらいであれば、ガルドラもそれほど危惧しなかったであろう。
しかしヴィレルハイトの学友と称して王国に入り込んできたヒュマナスが、王の周りを固めるようになると状況はさらに悪化した。
特にコンラートという男が外交を担うようになってからは、明確な危機感を覚えていた。
コンラートは、明らかに王国の力を削ぐ政策を進めたからだ。
帝国への備えがみるみるうちに削られていく様を見るのは、ガルドラにとって苦痛だった。
もっとうまく王と対話できなかったのかと、今でも彼は思う。
国富の流出どころか、国の守りさえ帝国に引きはがされる前に、どうして王を説得できなかったのか?
今にして思えば、ヴィレルハイトはガルドラに嫉妬していたのだろうと、見当がつく。
幼少時から凡庸としか評価されなかったヴィレルハイトが、万能の天才と呼ばれるガルドラに嫉妬するのも当然だ。
通常であればそれほど問題にならなかったはずの、その弱点に帝国がつけ入った。
ガルドラの献策を良く取り入れた前王の功績を超えるためには、思いきった施策が必要だとコンラートが吹きこんだ。
そのためには帝国との絆をかつてないほどに強めるのが最善だと説き、ヴィレルハイトを操ったのだ。
耳当たりの良い言葉に乗せられ、王国は帝国との融和政策にのめり込んでいく。
帝国方面戦力の削減、国境通過要件の緩和、軍事交流に名を借りた軍事情報の流出。
たしかに軍事費は減り、商業活動が活発化したため、一時的に国は潤ったこともある。
しかしその陰で、王国の守りは少しずつ、着実に剥ぎ取られていったのだ。
ヴィレルハイトの即位後3年で、ガルドラは顧問職を罷免された。
王の側近が融和派に固められているうえに、経済的な成果が挙がっていてはどうしようもない。
帝国の侵略がほぼ確実なのに、それを押し止める力の無い自身に、ガルドラは黄昏た。
そこで彼は、来たるべき帝国の侵略への備えに集中することにした。
帝国の侵略により生ずるであろう難民をいかに生き延びさせるか、そして王家の血統をいかに守るかを考えたのだ。
ガルドラは古くからある南森林の隠れ里に移り住み、難民を受け入れるための準備を始める。
それと同時に王宮で協力者を探し、王家の人間を逃がすための仕組みも作った。
役に立たねばそれに越したことのない準備を進め、2年が経った頃、とうとう悲劇は訪れる。
帝国との友好記念式典にかこつけて、帝国の最強戦力”帝国の7剣”が王都に潜り込んだのだ。
この凶悪な戦力が式典直前に牙をむき、王都は混乱の渦に叩き込まれた。
さらに国境を越えた帝国軍が王都になだれ込むに至って、王国の滅亡は決定的となる。
この卑劣な騙し討ちによって、多くの要人や貴族が殺されたり、捕虜にされたりした。
残念ながら王族はほとんど命を落としたが、幼いワルデバルド王子のみが近衛戦士長のアハルドによって救出された。
「アハルド、よく殿下を救出してくれました」
「とんでもない。私がふがいないばかりに、ヴィレルハイト王をお救いすること、叶いませんでした。他の王族の方々も絶望的です」
「それを言うなら私も同罪です。こうなることを予想していながら、侵略後の備えしかできなかったとは。しかし王家の血統を保てば、やがて国を再興する道が開けるかもしれません」
「それならば、殿下の面倒は私にみさせてください」
「分かりました。今は何よりも、体を休めなさい」
その後、ガルドラは難民を南北の森林地帯に誘導し、彼らがそこに住めるよう尽力した。
もし彼の援助が無ければ、難民のほとんどは死ぬか、帝国軍に捕まるかしたであろう。
彼の計らいによって、数万の難民が森林地帯に根づき、また多くの民は国外に脱出することができた。
しかしガルドラにすら予測できなかったこともある。
帝国軍が”竜の咢”の防衛を放棄したため、多くの魔物が流入するようになったのだ。
これにより難民は森林地帯の開拓と魔物対策の両方に忙殺されることとなり、帝国に叛旗を翻す余裕を持てなくなった。
そんな膠着状態の中、隠れ里にささやかな朗報が舞い込んだ。
「7歳の女の子が精霊と契約したのですか?」
「はい、このアニエリアスが昨日、森から帰ってきて、風精霊と契約したと言うのです」
七王の盾が失われて6年、精霊が激減したこの地での契約は、ほぼ不可能と言われていた。
真に実力のある者が研鑽を積めばいずれ、とは思っていたが、7歳の子供が契約に成功するとは、にわかには信じられない話である。
ガルドラはそこに連れてこられていた女の子に、手を伸ばした。
「アニエリアスさん、この手を握りながら、契約した精霊さんを呼んでくれませんか?」
「……そうすると、どうなるんですか?」
「どうもなりません。私がその精霊さんの存在を感じるだけです」
「それならいいです」
そう言って彼女が手を取り、しばらくするとたしかに精霊の存在が感じられた。
「ふむ、本当に契約できているみたいですね。よろしい、明日から私が精霊術を教えましょう。いいですね、デニス」
「そ、それは願ってもないことです。よろしくお願いします、ガルドラ様」
それから週に5日、アニーはガルドラの家で精霊術を学ぶようになった。
ちょうどいいので、ワルドにも一緒に教えていた。
ワルドが生活魔法すら使えないことを知ってはいたが、いずれ役に立つと思ってのことだ。
さらに言えば、アニーがワルドの役に立つのではないかとも、考えていた。
この精霊が乏しくなった世界で、7歳にして自力で精霊と契約するなど、並みの才能ではない。
それは伝説に聞くハイエルフの能力ではないのか?
もしそうなら、この世で最もハイエルフの血統を濃く受け継ぐエウレンディア王家の末裔、つまりワルドと縁があるかもしれない。
そう考えたガルドラは慎重にアニーを育成し、将来に備えた。
そしてワルドが成人に至ると思われる頃、待ち焦がれていた希望が現れた。
狩りから戻ったワルドが、左腕に盾を着け、見覚えのある妖精を連れていたのだ。
「これは光王様。お久しぶりです」
「ええ、久しぶりね。だけどガルドラ、あなたがワルドに何も話してないから、大変だったのよ」
「それは申し訳ありませんでした。事情はこれから説明させていただきましょう」
改めて話を聞くと、ワルドは七王の全てを解放する必要があると分かった。
しかし、それにはワルドだけでなく、アニーも同行できるらしい。
王家の血に匹敵するほどの存在が、これほど近くにいるとはなんたる幸運か。
いや、それこそがエウレンディア王家の力なのかもしれない。
七王とワルドの幸運をもってすれば、王国の再興も夢ではない。
そう思い至ったガルドラは、そのために全力を尽くすことを、改めて誓うのだった。