84.帝国軍壊走
敵の補給拠点を潰してやったら、さっそく帝国軍に動きがあった。
朝っぱらからしきりに伝令が行き交い、部隊が動きだしたのだ。
やがて初期の無理攻めに近い勢いで、攻撃が始まった。
「おいおい、また死人を増やして、死霊魔術を使うつもりじゃないだろうな?」
「いいえ、初期の無理攻めとは異なりますよ。がむしゃらに攻めているように見えて、指揮系統がしっかりしています。こちらの狙いどおり、補給に不安が出てきたので、全力攻勢に入ったのでしょう」
「ふうん、そんなもんかねえ……」
言われてみれば、最初の頃とは違うようにも見える。
以前はひたすら攻めるだけで、その後が続いていなかったように思う。
それに比べて今は、消耗した部隊が下がると、すぐに新しい部隊が穴を埋めていた。
ただし、堅固な城壁を攻めるんだから、犠牲はめちゃくちゃ大きい。
まるで屍を積み上げて、足場を作ろうとするかのようだ。
そんな様子を見ていた師匠が、敵の意図を推測する。
「おそらく、こちらの戦力を削ると同時に、味方の食い扶持を減らす狙いもあるのでしょうね」
「え、マジで? ひっどい話だな。敵の兵士に同情するよ。だけど人員を削れば、戦力も減るよね?」
「それを補う存在があると思っているのでしょう。なんといっても、ここには”帝国の7剣”が勢ぞろいしてますからね」
「なるほど。こっちが疲弊したところで、奴らを投入するって感じ?」
「おそらく。戦士たちが特攻を仕掛けるとか、間者が潜入して門を開けるなどを考えているのでしょう」
「フフン、だけどそうはさせないよね」
「ええ、盛大に歓迎してあげましょう」
そう言う師匠の顔は、邪悪な笑みに彩られていた。
その後も帝国軍の攻撃は、2日間続いた。
それこそ夜も休まず、奴らは攻め寄せたのだ。
これによってだいぶ敵の損害は増やしたが、こちらもかなり疲弊している。
やがて日が暮れると、久しぶりに帝国軍が退却していき、しばしの静けさが戻った。
しかしそれは、新たな戦いの始まりだった。
「敵襲~っ! インペリアルセブンだ~っ!」
予想したとおり、剛剣のジードレンと雷槍のヴェンデル、そして閃光のアルガスが突っ込んできた。
さすが人外と呼ばれる奴らだけあって、馬よりも速く走っている。
こちらも弓矢で応戦するが、奴らはそれを剣や槍で打ち落とす。
さらにその後方からは、魔法の援護も始まった。
「深淵なる霊界の炎よ、我が呼びかけに応え、現界に出でよ。我が意志に従いて、かの敵を焼き尽くせ。火炎乱舞」
「大いなる大海の水よ、我が呼びかけに応え、現界に出でよ。氷の槍となりて、我が敵を貫け。百条氷槍」
突如、無数の炎弾と氷の槍が発生し、城壁の上に降り注いだ。
爆炎のジュードと、氷雪のマディラの全力攻撃だろう。
人類としては最高クラスであろう魔法が、味方に襲いかかる。
――シュパーン!
――ゴバーーッ!
しかし炎弾はナーガの水刃に打ち消され、氷の槍はアグニの火炎ブレスで蒸発した。
もちろん味方にはなんの被害もない。
その光景に敵も動揺したはずだが、さらなる増援を繰り出してきた。
――ガシャッ、ガシャッ、ガシャッ
今度は暗闇から、4本足の骨だけの魔物が数体現れた。
先日の骨ギガントよりはだいぶ小さいが、それでも牛の体格を大きく上回る。
おそらくその作成には、無理攻めによって散った命を使っているのではないだろうか。
まったく奴ら、人の命をなんだと思っているのか。
骨だけの魔物も加わったジードレンたちの攻撃に、味方が混乱する。
ジュードとマディラの魔法攻撃はアグニたちが防いでいたものの、それ以外の魔術師による攻撃も加わって、混乱が加速する。
そんな間隙を抜けて、ジードレンたちが城壁の一角に取りついた。
「天地豪断剣っ!」
「爆裂流星槍っ!」
「閃光双影剣っ!」
立て続けに奴らの大技が城壁に向かって振るわれると、城壁が大きく振動し、大きな窪みがうがたれる。
このままでは、城壁が抜かれてしまいそうだ。
しかしそうはさせじと、俺はインドラ、ソーマ、シヴァを召喚した。
3体の王と、インペリアルセブンの近接職が激突する。
ジードレンはシヴァと、ヴェンデルはソーマと、そしてアルガスがインドラを相手にしていた。
さすがは敵の最強戦力だけあって、堂々と七王に渡り合っている。
しかもその表情は、強敵に巡り合った喜びに満ちていた。
しかし、すぐに奴らの表情が曇る。
「グウッ、なんだこいつら、強いぞ」
「むうっ、たしかに手強い」
「なんのこれしき」
シヴァたちが徐々にジードレンたちを押し込みはじめたのだ。
敵を援護している骨だけの魔物も、アニーやレーネたちの魔法攻撃に撃退されつつある。
それに合わせてアグニとナーガも攻勢を強め、ジュードとマディラを押し返す。
今ではアグニの炎とナーガの水刃が、逆に敵を攻撃していた。
全面的に優位に立ったところで、アフィから念話が入る。
(ワルド、潜り込んでた密偵は排除したわよ。ガルドラの予想どおりだったわ)
(やっぱりか。ありがとうな、アフィ)
もし敵が攻勢を掛けてきたら、おそらくハムニバルの配下が門を狙うだろうと、師匠は予測していた。
そのため門の近くに兵士とアフィを潜ませ、迎撃させたのだ。
敵の闇魔法による擬装も、アフィの能力は欺けない。
そんな中、俺はどうしていたかというと、屋内で七王を指揮していた。
下手に前線に出ればまたハムニバルに狙われるので、指揮に徹することにしたのだ。
そのうえで七王と感覚を共有しながら、情報収集も怠らない。
こうしてインペリアルセブンの攻撃を押し返しつつある頃、敵の後方で騒動が発生した。
敵の後方にガルダが降下し、帝国軍に向けて風魔法を放ったのだ。
それは無数の竜巻や突風となって、帝国兵を混乱に叩き落とす。
事ここに至って、帝国軍の壊走が始まった。
インペリアルセブンの力も通じず、後方にも回り込まれたのだ。
そんな事態で恐慌に陥った兵たちが、我先にと逃げだす。
その流れは最前線のインペリアルセブンにも伝わり、とうとう奴らも撤退していった。
さすがは歴戦の強者だけあって、秩序を保っているところが小憎らしい。
しかし何はともあれ、帝国軍は敗走したのだ。
七王との同調を切って目を開けると、師匠の顔が目に入る。
「フウッ、帝国軍は壊走しているよ。インペリアルセブンも撤退しはじめた」
「それはようございました。お疲れさまです、陛下」
「師匠の方こそ、お疲れさん。門を襲撃してきた密偵も、アフィたちが排除したよ。読みどおりだね」
「それは何よりです。私も肩の荷が下りました」
相変わらずのすまし顔だが、師匠もいつもより嬉しそうだ。
4倍近い敵軍を撃退したのだから、それも当然か。
浮かれてばかりもいられないが、今は勝利を喜ぼう。