83.補給妨害作戦
骨ギガントを撃退した翌日から、帝国軍は予想どおり、長期戦の構えを見せてきた。
奴らはテッサの町を遠巻きに囲み、陣地の構築を進めていた。
そのうえでたまに部隊を繰り出しては、嫌がらせのような攻撃を仕掛けていく。
こちらの消耗を誘い、物資と士気の低下を狙っているのだろう。
しかしそれはこちらも承知のうえ。
食料はたっぷりと備蓄してあるし、水は魔法で作り出せる。
さらにはドワーフの鍛冶師や、工兵部隊も控えているので、当面の生活にはなんら支障なかった。
対する帝国軍の方こそ、敵地深くに侵攻している状況だ。
”竜の咢”の封鎖と魔物の討伐によって、この辺は以前よりも安全になってはいる。
しかし周囲にはテッサ以外の集落もなければ、農地もない。
つまり奴らは、完全に後方からの補給に頼るしかないのだ。
ちなみに敵の駐屯地であるカルガノからここまでは、徒歩で4、5日の距離にある。
ただし馬車で物資を運ぼうとすれば、1週間は掛かるだろう。
そんな所へ10万人分もの食料や消耗品を運ぶのは、大変な労力のはずだ。
そもそも荷車をひく馬にだって、飼料が必要なのだ。
それら膨大な物資を運び続けるには、街道沿いに拠点を築かねばならない。
補給隊だって昼夜休まず動くわけにはいかないので、日のあるうちに拠点に入って、夜は休むだろう。
そして拠点にはある程度の蓄えを置きつつ、補給部隊を回していくしかない。
そうでもしないと、ちょっとした手違いで、補給が途絶えてしまうからだ。
もしそんなことになれば、10万の兵士を飢えさせる。
敵もそれだけは避けたいはずだ。
もしも奴らが最初から長期戦を想定していたのなら、入念に準備をしてきたことだろう。
しかし今回は一気に押し潰すつもりで来ているから、備蓄もまだ少ないはずだ。
そんな帝国軍の補給を邪魔したら、どうなるか?
しかも俺たちには、七王という最強の戦力がある。
「それでは敵の補給線についての調査結果を報告します。空からの偵察を実施したところ、街道沿いに複数の拠点を確認しました。この印で示された位置ですね」
師匠が地図上の印を示しながら、説明をする。
ちなみにこの偵察は、兵士を2人ほどガルダに乗せて、上空から行った。
おかげで広範囲に敵の拠点の位置を、つかむことができた。
「帝国軍も必死に物資の蓄積を進めていますが、まだ十分な備蓄はできていません。よってここは陛下の進言どおり、中継拠点の破壊工作を進めます」
ここで俺に視線を向けたので、うなずいて先を促す。
「すでに最寄りの中継点の近くに、監視所を設けてあります。陛下の指示どおり、通信機を持たせてありますので、いずれ連絡が入るでしょう」
「それを受けて火王様にご出陣いただく、ということですな」
「はい、アグニ殿の火炎ブレスに掛かれば、ひとたまりもないでしょう」
「グググッ」
グラーフと師匠に頼られて、アグニが嬉しそうに喉を鳴らす。
さらにグラーフが苦笑しながら、言葉を続けた。
「実に頼もしい限りですが、我らにはその発想はありませんでしたな。まさか我が国の守護神を、補給の妨害に使うとは」
「まあ、武人の感覚だとそうなるだろうね。だけど帝国だって、暗殺を仕掛けてきたじゃないか。それならこっちだって、もっともっと奴らの嫌がることをやればいいのさ」
するとアニーとレーネが、俺を支持してくれた。
「そうよ、帝国って、本当に卑怯なことばかりするんだもの。そんなのに遠慮してなんか、いられないわ」
「帝国なんて、死に絶えればいいのよ」
ちょっと物騒なことを言ってる奴もいるが、その場にいる者はおおむね同調していた。
そんな空気を冷ますように、師匠が制止を掛ける。
「まあまあ、皆さん。お気持ちは分かりますが、戦は熱くなりすぎても勝てません。もっと冷静に、帝国への嫌がらせを考えましょう」
「ああ、そうだ。まずは目の前の敵を撃退することに集中しよう。そのためにも、もっと帝国を困らせる案はないかな?」
「それなのですが、陛下。ソーマ殿のお力も借りられないでしょうか?」
「役に立つんなら、お願いするけど……ソーマ」
「ギュ~」
要望があったソーマを、その場に召喚する。
ただし室内なので、イノシシぐらいの大きさだ。
「はい。カルガノからここまでの街道を、それとなく破壊して欲しいのです。決して大規模に壊すのでなく、自然現象に見えるようにしたいですね。例えば、がけ崩れで道が塞がれたりとか、路肩が崩れて一時的に通れなくなるように」
「ふ~ん……それは地味だけど、確実に補給が遅れるし、兵士を疲弊させられるな。上手くやれそうか? ソーマ」
(やれる。だけど、どこまでやる?)
「どこまでやるかって、聞いてるけど?」
「それに関しては、広範囲にやりたいと思います。ここからここまでの間で、数か所。そうですね、最低でも中継拠点の間で1ヶ所ずつで、どうでしょうか?」
師匠がカルガノからここまでの後半部分を示しながら、要望を伝えてくる。
「まあ、それぐらいなら、いいんじゃないかな。たしかソーマは、地中を馬と同じぐらいの速度で移動できるんだよな?」
(できる)
ソーマがちょっと誇らしげに、頭を上げたので、軽く撫でてやる。
すると彼の喜びの波動が伝わってきた。
「それじゃあ、頼むよ。後で少し、中庭で練習してみようか」
軍議が終わってから、破壊工作の練習をしてみた。
ソーマが地下に潜って地面を崩し、それがあまりに不自然であれば指摘して、それらしく見えるように工夫する。
おかげでソーマもいっぱしの破壊工作員になったので、さっそく次の日から送り出してやった。
それから数日間は、帝国軍の相手をしつつ、街道の破壊工作をした。
その狙いはけっこう図に当たり、敵の補給計画は大幅に狂っていた。
ソーマがあちこちでがけ崩れや、路肩を崩すなどしたおかげで、補給隊の動きがひどく悪くなったのだ。
しかも師匠の巧妙な指示で、最後の中継拠点に物資が滞留する状況も作りだせた。
そして5日目の晩、監視所から決行の要請が届く。
「それじゃあ、アグニ、ガルダ、頼んだぞ」
(おう、任せとけ)
(うむ、敵の拠点を燃やし尽くしてくれよう)
夜の闇に紛れて、ガルダたちが飛び立っていく。
アグニも中継拠点の位置は分かっているのだが、飛ぶことにかけてはガルダの方が上だ。
ガルダの案内に従えば、目標まで着実にたどり着けるだろう。
彼らを送り出してから、俺は室内に戻ってのんびりしていた。
やがてアグニから念話が入ると、感覚共有の態勢に入る。
するとアグニの視覚を通じて、襲撃現場の映像が俺の頭に浮かんだ。
さあ、襲撃開始だ。
まずはアグニの火炎ブレスで、拠点に火がつけられる。
おお、豪勢に燃えてるな。
それとガルダは厩舎を襲撃して、馬を逃がしていた。
さすがに馬に罪はないから、殺すのは避けたのだろう。
俺は補給物資の多くが炎に包まれるのを確認して、アグニとの同調を切った。
「中継拠点の殲滅は成功だよ。帝国軍の奴ら、明日になったら大慌てだね」
「フフフ、さすがは七王。いい仕事をしてくれますね。補給に不安を抱えるとなれば、敵ものんびりとしてはいられないでしょう。明日からは、攻勢が強まるでしょうね」
「ああ、グラーフは守備の強化を指示しておいてくれ」
「承りました。帝国軍に、目にもの見せてくれましょう」
「ああ、頼むぞ。さて、こうなるとインペリアルセブンも前に出てくるだろう。その対策を、考えておこうか」
「はい、陛下。こちらにいくつか考えられるパターンを書き出してあります。七王も交えて、対策を練りましょう」
「了解。今度こそ撃退してやろうぜ」
いよいよこの戦も、大詰めを迎えそうだ。