77.帝国の7剣
じっちゃんが殺されてから俺は、1日だけ引きこもった。
そんな暇がないのは百も承知だったが、育ての親を失った悲しみと怒りは、あまりにも深く大きい。
そのため師匠にお願いして、1日だけ気持ちを整理する時間をもらったのだ。
そうしてなんとか気持ちに折り合いをつけた俺は、みんなの前に顔を出した。
「心配かけたな」
「いえ、陛下のお気持ちはお察しします。思ったよりも元気そうで、安心いたしました」
相変わらず帝国への怒りは煮えたぎっているが、思ったよりは元気に見えるらしい。
アニーやレーネも気づかわし気にしながら、ホッとしたような顔をしている。
ならば俺も強気を演じるとしよう。
「いつまでも引きこもってなんか、いられないからな……それで、帝国の状況はどう?」
「はい、ようやく動きがありました。現在、カルガノ周辺に部隊が集まってきています。そう遠くないうちに、我が国へ向けて軍が進発するでしょう」
「ふむ……テッサまで、4日ってとこかな?」
「ええ、おそらくそんなところでしょう」
テッサとは、カルガノと王都の間に位置する前線の都市だ。
「それで、テッサの状況は?」
「軍の配備は順調です。今日明日中には、全て到着するでしょう」
「ふむ、そうすると問題は、敵の出方か。”帝国の7剣”はどれくらい、出てくると思う?」
「そうですね……ジードレン、ヴェンデル、アルガス辺りは確実ですが、他は所在がつかめません」
インペリアルセブンってのは、帝国屈指の強者の集まりで、その名のとおり7人で構成された集団だ。
そのメンバーには、こんな奴らがいる。
剛剣のジードレン :大剣を使う戦士
雷槍のヴェンデル :槍を使う戦士
閃光のアルガス :双剣を使う剣士
暗撃のハムニバル :隠形術に優れた暗殺者。謀略も得意
爆炎のジュード :火魔術を得意とする魔術師
氷雪のマディラ :氷魔術を得意とする魔術師
死霊のブードゥレイ:死霊魔術を得意とする魔術師
戦闘に優れた戦士が3人、偵察と謀略を得意とする暗殺者が1人、そして各種の魔術師が3人だ。
ちなみに爆炎のジュードって奴が、レーネの父親に当たるらしい。
「魔術師と暗殺屋は不明か。しかし最低でも、2人は出てくるだろう?」
「そうですね。他の国境は安定しているようなので、帝都の守りに1人か2人残すとして、最低でも5人は出てくるでしょう」
「来るでしょう、じゃなくて、なんとかおびき寄せられないかな? 特に暗殺屋を」
「それは難しいでしょう。今回の暗殺も、偵察のついでに試みた程度のはず。いざ大軍が動くとなれば、あの者もしばらくは様子を見ると思われます」
師匠の話を聞いて、思わず歯ぎしりをしてしまう。
じっちゃんを殺したのは、まず間違いなく”暗撃のハムニバル”だ。
でなければ、ああも簡単に城内に潜入して、しかも追撃を振り切れるはずがない。
そんな俺の気持ちを察したグラーフが、ポツリとつぶやいた。
「”暗撃のハムニバル”……帝国が誇る闇の剣、ですか」
「ええ、帝国にとって都合の悪い相手を、内外で何十人も屠ってきたといわれる男です。しかも彼は隠形術に長けるだけではなく、配下を使って謀略を巡らす才にも、優れていると聞きます。よほどのことがない限り、前には出てこないでしょう」
「なら、そのよほどってやつを、起こせばいい」
「陛下?」
危険な雰囲気を感じた師匠が、心配そうに問いかける。
俺の声が、どうにも不穏に感じられたのだろう。
まあ、それも当然だ。
俺の心はいまだに、マグマのように煮えたぎっているからだ。
じっちゃんを失った深い悲しみを、その怒りがなんとか補って、俺を動かしている。
しかし俺も、ただ激情に駆られて動きはしない。
「大丈夫だ、ガルドラ。無謀なことはしない。しかし現実問題として、帝国軍に大きな損害を与えれば、奴らは出てくるだろう?」
「まあ、そうでしょうね。軍の損害が大きくなれば、インペリアルセブンも前に出てくるでしょうし、ハムニバルも暗殺を再考するかもしれません」
「そうだろ? だからやることは、決まってるんだ。まずはテッサで敵を迎え撃ち、消耗させる」
「フフフッ、そうですね。それしかやることはありませんね。意外に陛下が冷静で、安心しました」
「まあね」
とりあえず師匠を安心させてやると、彼が考え込む顔になった。
ガルドラ・エウレリアス。
不世出の天才、エルフ界最高の頭脳、万能の賢者。
その能力は政治だけにとどまらず、軍事、学問、芸術と、多方面に亘る。
しかし彼の恐ろしさは、その徹底した思考と準備にある。
彼はおよそ人の考えつくありとあらゆる想定に対し、幾通りもの対策を講じるのだ。
その執拗さは、常人の常識をはるかに超えるものであり、味方としては実に頼りがいのある男だ。
そんな彼が、なぜ15年前は帝国の侵攻を許したのか?
それはおそらく、俺の親父が彼を信頼できなかったからだろう。
師匠の眩いほどの才能に嫉妬し、彼を遠ざけたため、親父は裸の王様になったのだ。
だから俺は、彼を信じる。
その思いをこめて師匠を見やると、彼は嬉しそうにそれを受け止めた。
軍議が終わると、アフィに呼び止められた。
「なんの用だよ? 引きこもってたから、いろいろやることあるんだけど」
「だからこそよ、ワルド。アハルドがシヴァと一体化したことで、七王はさらに進化できるようになってるの」
「なんだって? 進化するのはシヴァだけじゃないのか? なんでまたそんな……」
するとアフィが、昔を懐かしむような顔で言う。
「実はね、初代エウレンディア王も、戦いの中で腹心を失ったの。彼もひどく嘆き、悲しんだわ。そしたらね、それを憐れんだ神々が、新たな力を与えてくれたの。それが七王の進化」
「……そうか。初代王にも、そんなことがあったんだな……それならアフィ、どうすれば進化できるんだ?」
「七王を解放した迷宮の最下層で、儀式をするの。そうすればシヴァ以外の七王も、進化できるわ。それにはアニーとレーネの協力も必要よ」
すると彼女たちも、快く応じる。
「もちろんよ。それがワルドのためになるなら、なんだってやるわ」
「仕方ないから、協力してあげる」
「ありがとうな、2人とも……よし、さっさと儀式をやっちまうか」
「ええ、そうしましょ」
俺たちはすぐに地下の迷宮へ移動し、以前のように扉を開いた。
そしてまっすぐに最下層へ向かい、俺たちはボス部屋の中央に立つ。
「それで、どうすればいいんだ?」
「まずはみんなを召喚して。そしてシヴァを中心にして、円陣を組むの。私たちは以前みたいに、盾に魔力の注入よ」
「了解。みんな、出てこい」
彼らを召喚すると、シヴァを中心に、インドラ、ガルダ、ナーガ、ソーマ、アグニが周りを囲んだ。
そして大剣を地面に突き立てたシヴァの背に、俺が左手を当てる。
そしてその盾にアニーとレーネが手を添え、最後にそこへアフィも加わった。
「それじゃあ、行くわよ。”上位進化”」
その瞬間、盾が輝き、俺たちの魔力を吸い上げはじめた。
その魔力はシヴァに向かい、彼の持つ大剣を光らせる。
すると剣を中心に光の魔法陣が発生して、部屋中に光が乱舞した。
そのまぶしさに思わず目を閉じていると、やがてその光も治まる。
「成功したわ、ワルド。これこそが、真の七王よ」
そう言って微笑んだのは、装いを新たにしたアフィだった。