幕間:帝国の闇剣
暗撃のハムニバル。
”帝国の7剣”の1人として知られる、帝国の暗殺者である。
彼はその名のとおり、今までに何十人も、帝国の敵を排除してきた。
ハムニバルは単人族の男性で、茶色の髪に青い瞳の地味な人物だ。
少し色が黒いことを除けば、良くも悪くも普通の顔だちをしている。
そして公の場に出る時は、仮面で顔を隠しているので、その素顔を知る者はとても少ない。
故に彼は、いまだに帝国最高の暗殺者だ。
しかし彼の有能さは、その暗殺術のみに留まらない。
何十人もの配下を使い、情報を集めて陰謀を巡らす才にも長けていた。
むしろ帝国に対する貢献としては、そちらの方が大きいだろう。
それでいて暗撃と呼ばれる所以は、若い頃の働きもあるが、ひとえに彼が人殺しを好むからだ。
彼は明確な殺人嗜好者であり、一種の狂人である。
しかしその腕は確かで、証拠も残さない。
そんな恐るべき、帝国の闇の剣なのだ。
本来なら彼のような存在が公になることはないが、インペリアルセブンの宣伝に使われている。
その悪名を利用して、インペリアルセブンの恐怖を高めたのだ。
おかげで彼の悪名は、近隣諸国に鳴り響いている。
しかし当然ながら、その正体を知る者は少なく、彼は闇の中に生きている。
そんな彼にある日、衝撃的な情報がもたらされた。
「エウレンディアが再興されただと?」
「はっ、真偽は不明ですが、旧エウレンディア領の都市が制圧され、新生エウレンディア王国の建国が宣言されたとのことです」
「ふむ、情報源は?」
「旧エウレンディア領に潜ませていた諜報員です」
「ああ、一応、送り込んであったな。ということは、ただの噂ではないのか」
「はい、反乱軍を率いるのはエウレンディアの王族で、それをガルドラ・エウレリアスや、グラーフ・ティレンドンが支えているとの情報もあります」
それを聞いたハムニバルが、目をみはる。
「ガルドラは逃したが、グラーフは捕らえて奴隷にしたのではなかったか?」
「はい、それは間違いありません。なので、別人が成りすましている可能性は高いでしょう」
「おそらくそうだろうな……しかし、ガルドラか。あの男が裏で糸を引いているとなると、一筋縄ではいかんな」
「そうなのでしょうか?」
部下の問いかけに、ハムニバルはため息をつく。
「ハァ……お前が知らないのも無理はない。もう20年近く前だからな。しかし彼奴が宰相として舵を取っていたエウレンディアは、手強かった。だからいろいろと手を打って、玉座から遠のけたのだ。まあ、先代王が間抜けだったので、わりと簡単に実現したがな」
「はあ……」
「それで、情報収集の手はずは?」
「はい、すでに3名を旧エウレンディア領へ向かわせております。じきに伝書バトで続報が届けられるでしょう」
「そうか……しかし事が事だ。万全を期す必要があるので、儂も出よう」
そう言うハムニバルに、部下が動揺する。
「ちょ、長官自ら出向くのですか? そこまでしなくても……」
「何、最近は儂も前線に出ていないからな。ちょっとした肩慣らしだ」
「はあ……くれぐれもお気をつけを」
そう言われてハムニバルは、部下をにらみつけた。
こいつは一体、自分を誰だと思っているのか、と。
しかし彼は冷静な人間なので、それ以上とがめることもしない。
それよりも彼は、久しぶりに腕の振るいがいのありそうな事件に、高揚していた。
ハムニバルは雑事を片付けると、馬でカルガノ砦へ向かった。
何頭も馬を乗り継ぐことで、3日で砦へ到着する。
常人にはまねのできない強行軍だ。
彼の秘密は、魔力による身体強化にある。
彼は闇系の偽装魔法や、身体強化しかできないが、その魔力は膨大だ。
そして磨き抜かれた暗殺術によって、彼はのし上がってきた。
カルガノ砦へ着いてもほとんど休まず、すぐに旧エウレンディア領へ向かう。
途中でテッセの町を通過したが、大した情報もなかったので、すぐに旧王都へ向かった。
そこで彼は目を疑う光景を、目の当たりにしたのだ。
「なんだこれは? 王城は完全に破壊されたはずではなかったか……」
旧王都に人があふれているのは、まだ分かる。
新生エウレンディアを名乗る国の建国で、旧国民が流れ込んでいるのだろう。
しかし、王城跡に立ち並ぶ建造物は、異常だった。
15年前に破壊し尽くされたはずの王城が、復活している。
それはたしかに王城と呼ぶには貧相だったが、大勢の兵士や官僚を入れるだけの機能を持っていた。
そして王城、ひいては王都全隊に活気が満ち、機能しはじめているのだ。
たかだか1週間や2週間前に建国を宣言した国とは、信じられない光景だ。
ハムニバルはその謎を解くため、王城へ潜入した。
たとえ昼間でも、彼お得意の闇魔法を使えば、見つかることもない。
そして兵士に紛れ込んで情報を探ると、さらに驚愕させられた。
すでに”竜の咢”が封鎖され、領内の大型魔物も駆逐されているというのだ。
帝国の力を持ってしても、どうにもならなかった存在だというのに。
さらに情報を集めると、その中心にはやはりエウレンディアの王族がいた。
15年前にあれほど執拗に追い詰め、根絶したはずなのに。
しかし七王の盾のことを聞いて、ハムニバルは認めざるを得なかった。
七王の盾はエウレンディア王家の者にしか使えないし、それ無しにこの繁栄は、あり得ないからだ。
しかしそれが事実であるならば、このままにはしておけない。
ハムニバルはその新王を調べ、あわよくば暗殺することを決意する。
しかし新王ワルデバルドの近くに寄るのは、至難の業であった。
近づこうとすると、ハムニバルを何度も救ってきた勘がささやくのだ。
それ以上近寄ってはならない、命を落とすぞ、と。
そうして何日も無駄にしていたある日、とうとう新王が隙を見せた。
人気のない庭に出てきて、女といちゃつき始めたのだ。
明らかに警戒の緩んだ新王の近くに、忍び寄るハムニバル。
そして彼は特製のクロスボウに、強力な毒を塗った矢をセットして、チャンスを待った。
やがて臣下に呼ばれて後ろを向いた的に、必殺の矢を放つ。
「ガルドラ様がお話を――――ワルドっ!」
しかし失敗した。
驚くべきことに、獣人の臣下が体を張って新王を守ったのだ。
なんたる強い忠誠心か。
しかし、まあいい。
必ずしも王を殺れるとは、思っていなかった。
ここは欲張らずに退却し、貴重な情報を持ち帰るのだ。
たかだか3万ばかりの兵力ならば、帝国軍の敵ではない。
俺は暗撃のハムニバル。
ただの暗殺者ではないところを、見せてやろう。
彼は不敵な笑みを浮かべながら、闇の中へ消えていった。