76.暗殺
ちょっとした勢いでアニーにプロポーズしたら、レーネまで嫁にしろと言ってきた。
アニーも許してくれるようなので、俺は彼女自身が実績を作ることを条件に、それを受け入れる。
そんな、嬉しくも恥ずかしい雰囲気の場に、じっちゃんが現れた。
「陛下、ここにいたのですか」
「あ、ああ、ちょっとお喋りをしていたんだ」
「フフフッ、それはけっこうなことで。お喋り雀たちが、喜びそうですな」
「いや、別にそんな。それより、何か用でもあったんじゃないの?」
「おお、そうでした。ガルドラ様がお話を――――ワルドっ!」
ふいにじっちゃんが、俺にかぶさるように突っ込んできた。
俺を抱き締めるような形になった彼の体に、何かが突き刺さるような音がする。
「グアッ!」
「じっちゃん、一体、何が……」
「暗殺者、です。中に、避難を、グウッ……」
そう言う彼の右肩には、短い矢が生えていた。
おそらくクロスボウから放たれたものだろう。
誰かが俺を狙い、それをじっちゃんが身をもって防いだのだ。
「暗殺者、だって?……みんな、出てきてくれ!」
俺はすぐさま七王を召喚し、インドラ、ガルダ、ソーマ、アグニに暗殺者の捜索を命じた。
シヴァとナーガには護衛を任せて、俺はじっちゃんを床にうつ伏せに寝かせる。
アフィに容体を見てもらいながら、じっちゃんに話しかける。
「じっちゃん、じっちゃん、しっかりしてよ」
「グフッ……ご無事ですか? 陛下」
「俺は大丈夫だ。今、インドラたちに曲者を追わせてる。必ず見つけ出すから」
「それは、難しいでしょう。かなりの手練れだと、思いますぞ……グウッ」
「だ、大丈夫? アフィ、頼むよ」
矢は深く食い込んでいるが、致命傷には見えない。
しかしアフィの表情は険しかった。
「アフィ、じっちゃんは助かるよな?」
「……」
なぜかアフィは沈黙したままだ。
どうしたってんだ。
「カハッ……もう儂は助からん……この矢には毒が塗ってある」
「なんだって? 誰がそんなことを。いや、それよりもアフィ、何とかしてくれよ」
「だめよ、もう辛うじて意識をつなぐだけで精一杯……最後のお別れをしなさい、ワルド」
「そんなバカな! じっちゃんは王国最強の戦士なんだぜ。まだこれからじゃないか……ようやくこれから、国を取り戻そうっていうのに」
「聞き分けの、ないことを、言うな……儂は今まで、幸せだった。剣一筋に、生きてきたせいで、子供は成せなかったが、最後にお前を、育てることが、できた……グハッ」
とうとうじっちゃんが血を吐いた。
その顔色は、ほとんど死人のそれだ。
「そうだよ、じっちゃんは俺の家族だ。だから、だからいかないでよ」
「無理を、言うな。それに、お前を守って、死ねるなら、本望だ……15年前に、王を守れなかったこと、ずっと、悔やんできた……しかし、お前さえ無事なら、国は取り戻せる。だから、泣くな。前を、向け」
「だけど、だけど……じっちゃんがいなくなったら、俺は1人になるじゃないか」
「大丈夫だ……アニーや、レーネと、共に生きろ…………そして、良い王に、なれ……ワル、ド」
それが彼の、最後の言葉だった。
アフィの治療も空しく、じっちゃんの鼓動は止まり、目から光が失せる。
助けを呼んできたアニーやレーネが、それを見て泣きだした。
「くっそう~~っ!」
俺は人目もはばからずに叫び、涙を流した。
なんでこれからっていう時に、じっちゃんが死ななきゃいけないんだ。
俺が戦争を始めようとしたからか?
やっぱり戦争なんか、するべきじゃなかったのか?
そんな俺を、アフィがたしなめる。
「ワルド、非常事態よ。こんな所で泣いてる場合じゃないわ」
「分かってる。だけど、だけど俺のせいでじっちゃんが? うわ~~っ!」
悲しみが、悲しみが止まらない。
育ての親であったじっちゃんが、目の前で逝ったのだ。
これは七王の盾を手に入れて調子に乗っていた俺への、罰なのだろうか?
俺は心に開いた穴をふさぐように、自分の体を抱き締めた。
「辛いのは分かるわ。だけどあなたは戦わなきゃいけないの。そうでなければ、アハルドのしたことが無駄になるわ……それに彼には、また会える」
「っ!……会えるって、どういうことだよ?」
アフィの思わぬ言葉に問い返すと、彼女がシヴァに手招きした。
「シヴァ、こっちに来て……彼を生き返らせることはできないけれど、シヴァと融合することはできるわ。そしてそれはあなたに、新たな力を与える」
「じっちゃんをシヴァと融合って、何だよ、それ?」
予想外の言葉を聞き、きつく問い返す。
「闇王はね、盾の主に絶対の忠誠を誓う勇士と融合することで、進化できるの。もうアハルドは死んでしまったから、その人格は失われるけど、彼の力と魂はシヴァの中に残るわ」
「そんな、じっちゃんを死後もこき使うようなこと、できないよ。このまま眠らせてやればいい」
「ダメよ、ワルド。アハルドは絶対にあなたの役に立つことを望むし、それは犠牲者を減らすことにもつながるの。だからワルド、受け入れなさい」
俺はすでに息絶えたじっちゃんの顔を、改めて見つめ直した。
彼と過ごした日々が、走馬灯のようによみがえる。
普段は無口だが、剣や狩りの話になると饒舌になるじっちゃん。
俺がいじめられて帰れば、不器用ながらも慰めてくれたじっちゃん。
俺が大きくなって、一緒に狩りに出るようになると、いろいろと教えてくれたじっちゃん。
俺が盾を手に入れてからは、とても嬉しそうに希望を語っていたじっちゃん。
彼は王国再興の可能性が見えたことを、とても喜んでいた。
そうだ、彼は間違いなく一緒に戦うことを望むだろう。
ならば、受け入れよう。
「分かった……やってくれ」
するとアフィがうなずいて、呪文を唱え始めた。
『暗黒の淵より生まれし闇の王よ。汝、忠勇なる戦士の魂と骸を食らいて、無敵の盾となれ。その力もて、主の敵を打ち倒す剣となれ……融合!』
するとじっちゃんとシヴァが眩い光に包まれ、光の筋でつながった。
じっちゃんの体はどんどん薄くなり、シヴァの光が強まっていく。
やがてシヴァを包んでいた光が治まると、そこから何かが姿を現した。
――ガシャッ
それは、黒光りする金属鎧に全身を包んだ騎士だった。
頭部は骸骨を模した兜になっていて、その目からのぞく光に、強い意志を感じる。
背には巨大なタワーシールドと大剣が装備されており、強固な防御力と戦闘力を予想させた。
その漆黒の騎士が、おもむろに俺の前まで進んで片膝を着く。
(我、闇王シヴァ。戦士アハルドの魂を取り込んで、暗黒騎士に生まれ変わらん。彼の者の意志と技を受け継ぎ、主を守護する絶対の盾となる)
「ダークナイトに進化したのか……じっちゃんはそこにいるのか?」
(彼の魂は、この身の中に)
「そうか……それなら、改めてよろしく頼む、シヴァ」
(御意)
じっちゃんを静かに眠らせてやれないのかという疑問は、まだある。
しかし彼は間違いなく、ただ眠るよりも、俺を支えることを選ぶだろう。
なので何も言わず、シヴァを受け入れることにした。
やがて、師匠が近寄ってきた。
「陛下、ご無事ですか? 曲者は捜索しておりますが、まだ見つかっておりません」
「じっちゃんのおかげで、俺は無事だ。なんとしても曲者を見つけてくれ」
「……はい、引き続き捜索はしますが、場合によっては……」
するとそこへ、インドラたちが戻ってきた。
(見つからないのニャ~)
(この暗さじゃ、上からも見えねえぜ)
(無理)
(我も同様だ)
どうやら今回の暗殺者は、相当な手練れだったらしい。
しかし七王すらごまかすとしたら、逆にその素性が知れる。
「”帝国の7剣”、か?」
「はい、おそらく”暗撃のハムニバル”でしょう」
「そうか……ならば焦ることもない。いつか絶対に、このツケは払わせてやる」
俺はあふれるほどの憎悪を押さえ込み、復讐を誓った。