8.王国が滅んだ日
14年前のあの日、王城では記念式典が開かれていたそうだ。
それは帝国との友好条約締結の10周年を祝うものだった。
当時のエウレンディア王国は、アルデリア帝国との友好ムード真っ盛りだったらしいな。
それは友好条約が結ばれてすぐ、王太子だったヴィレルハイトが帝国へ留学したからだ。
彼は3年間の留学ですっかり帝国かぶれして帰り、2年後に王位を継承した。
その時に帝国から呼び寄せた単人族たちが、官僚となって内政に関与したため、さらに友好に拍車が掛かる。
最初は帝国との交易が盛んになり、景気が上昇したのもあって、評判は悪くなかったそうだ。
しかしそれこそが罠だったのだろう。
帝国の魔手は着々と王国内部に浸透し、抵抗力を奪っていった。
王国の機密はどんどん流出し、帝国に対する防衛態勢も弱体化していく一方。
そして14年前のあの日、決定的な刺客が送り込まれた。
「”帝国の7剣”。やはり彼らでしたか」
「そうそう。さすがに王国でもその所在は気にしてたらしいんだけど、たぶん替え玉でも立てたんでしょうね。変装したあいつらが友好使節に紛れ込んで王都に潜入して、暴れはじめたの」
「インペリアルセブンって、何?」
初めて聞く言葉について尋ねると、師匠が教えてくれた。
「簡単に言うと、帝国の特殊部隊ですね。帝国でも有数の戦士や魔術師を7人集め、戦場での切り札にしたのですよ。一説には、我が国の七王に対抗したとも言われています」
なんでも屈強な戦士や魔術師で構成されていて、それぞれが一騎当千の超人なんだと。
そんなのに懐に入られたんじゃ、ひとたまりもなかっただろうな。
実際、インペリアルセブンを筆頭に帝国の兵が暴れ回り、王都は大混乱に陥ったらしい。
そして早々に七王まで討ち取られた状態で、国境を超えて帝国軍がなだれ込んできた。
その混乱の最中、親父は自身を囮とすることで、なるべく多くの国民を逃がす道を選んだそうだ。
その別れの場面が、俺の脳裏に強く焼きついていたんだろう。
「それで、七王の盾はどうなったの?」
「ヴィレルハイトと一緒に燃え尽きたわ。帝国の奴ら、盾を回収するつもりだったらしくて、悔しがってたわよ。どうせあいつらに使えっこなんて、ないのにね」
ケラケラと笑いながら、アフィが当時を語る。
悲壮感の欠片もない彼女の態度を見ていたら、微妙な気持ちになった。
すると俺の気持ちを読んだのか、彼女が問いかけてきた。
「私が王国の滅亡を悲しまないのが不満? 私から言わせれば、あんな状態を招いた王国が悪いのよ。国を豊かにするとか言っちゃって、私たちのこともなおざりだったし」
「それって、どういうこと?」
「私たち七王は代々王国を守ってきたわけだけど、その力は主人の強さと鍛錬に依存するの。つまり、七王の盾を引き継いだ者には、己自身と七王を鍛える義務があるのよ」
「先王は、つまり俺の親父はそれを怠ったのか?」
「そうよ。清々しいぐらいに何もしなかったわね。それで国を滅ぼしたんだから、世紀の愚王と言われるのも仕方ないでしょ。まあそれは、ガルドラやアハルドも無関係ではないけれど」
そう言われたじっちゃんは辛そうな顔をし、師匠は苦笑しながら言い訳をした。
「それはたしかにそうですが、私は当時、とっくに罷免されていたのですよ」
「あなたほどの人材が、何もできなかったわけないでしょ? 事態を甘く見て、滅亡に手を貸したのよ」
アフィに説教され、師匠はそれ以上の弁解はしなかった。
しかし一見飄々とした彼の顔には、悔しさが滲んでいるようにも見えた。
すると黙っていたじっちゃんが、血を吐くような声で言う。
「たしかに儂は、近衛戦士長の役目にありながら、何もできなかった。武官は国のために命を懸ければよいと考え、自らの目と耳を塞いでいたのかもしれん」
「じっちゃん……」
初めて見る彼の苦悩を目にし、俺は言葉を失った。
そんな重くなった空気を変えようと、師匠が新たな提案をする。
「今さらそれを言ったところで、何も変わりませんよ。それより、一刻も早く準備を整えて、同胞を救い出す相談をしましょう」
「同胞を救うって、何をするの?」
「もちろんエウレンディア王国を再建して、帝国に戦いを挑むのです。帝国にはいまだに多くの同胞が奴隷とされていますし、他国に逃れた民も苦労しているでしょう。そんな彼らを取り返しましょう」
「そんなこと、どうやって?」
あまりに途方もない話で実感の湧かない俺に、師匠が指針を示す。
「まずはワルド、全ての七王を解放しなさい。そしてその力を持って仲間を集め、帝国に叛旗をひるがえすのです」
「……分かった。ますは七王の解放だね。どうすればいいんだっけ?」
決意を込めてアフィを見ると、情報が与えられる。
「王城の地下に、七王を封じた迷宮があるわ。そこで全ての試練に打ち勝てば、再び七王が揃うの」
「迷宮で試練って、嫌な予感しかしないんだけど……」
「ウフフ、もちろん簡単じゃないわよ。というよりも初代エウレンディア王以来、誰もやっていない難行ね」
「なんで俺がそんなことを?」
かなりの面倒事の予感に、思わず顔をしかめる。
「それはあなたの父親が、ちゃんと継承してくれなかったからよ。恨むのなら、お父さんを恨むのね」
「マジで恨むぜ。親父ぃ~!」
王国が滅亡したのに継承も何もないが、とりあえず親父を呪っておいた。
すると師匠がアフィに尋ねる。
「アフィさん。その試練には、ワルド独りで挑まなければならないのですか?」
「うーん、基本的にそうなんだけど、私を認識できるぐらいのエルフなら、同行できると思うわ。つまりあなたとアニーなら、大丈夫ね」
「えっ、私も?」
驚くアニーをよそに、師匠が考え込む。
しばらくすると、驚く提案をした。
「アニーさん、申し訳ありませんが、ワルドと一緒に行ってもらえないでしょうか? 私も同行したいのはやまやまなのですが、こちらでやることがあります」
「えっ、そんな私……大丈夫かしら」
「少なくともワルドを1人で送り出すよりは、確実に成功率が上がります」
「いや、師匠。アニーを危ない目になんて、遭わせられないだろ」
思わず止めに入った俺に、師匠が厳しい目を向ける。
「ワルド。ことは王国の再建に関わるのです。できることは全てやるべきですよ」
「それはそうかもしれないけど……」
「彼女が大事なら、ちゃんとあなたが守ってやりなさい」
「いや、大事だとかそういう問題じゃ……」
口ごもる俺に、なぜかアニーが頬を赤らめる。
どうしたらいいか分からず助けを求めたら、じっちゃんにとどめを刺された。
「ワルド。行ってこい。この日のために、お前を鍛え上げたのだ。たとえアニーがいても、お前ならやれる。俺も王都まではついていこう」
「じっちゃん……」
たしかにじっちゃんには鍛えられた。
今思い返すと、”それって幼児虐待だよね~”なんて状況が多かったけど。
しかしそれが七王を取り返す役に立つのなら、悪いことばかりでもない。
事ここに至って、俺は覚悟を決めた。
「分かったよ、じっちゃん、師匠。俺は行く。そしてアニー、俺を手伝ってくれるか? 情けない話だけど、たぶん俺だけじゃできない」
俺の誘いに、アニーはしばらく迷っていた。
しかしやがてその美しい顔に決意を浮かべると、彼女はこう言ってくれた。
「分かったわ、ワルド。あなただけに背負わせるわけにはいかないもの。だけど、ちゃんと私を守ってね」
そう言って微笑む彼女を、俺はいつになく愛おしく感じた。