75.告白
同盟やヴィッタイトとの交渉を終え、俺たちは王都へ戻ってきた。
アニーたちの出迎えを受けてから、町の状況を確認すると、そこは大きく変わっていた。
留守にしたのは、ほんの1週間ほどだったというのに。
「ずいぶんと人が増えた気がするね」
「はい、陛下。人と物が、続々とここへ集まっております」
「へ~、輸送網の整備は順調みたいだね」
「ええ、それはもう」
嬉しそうにそう語るのは、ダリウスだ。
彼にはその経験を活かして、輸送網の構築に動いてもらっていた。
特に森林地帯と、この王都をつなげる街道の整備が最優先の課題だったのだ。
なんでも2線級の土魔法使いを大量動員して、街道を整えたらしい。
土魔法で造成した道路は、平坦で強度も高いから、馬車も高速で走れる。
さらに”竜の咢”の封鎖によって魔物が激減したため、飛躍的に輸送能力が高まったのだ。
おかげで森林地帯へ帰還していた国民が、続々と王都へ流れ込んでいる。
その増加速度が速すぎて、町の整備が追いつかないほどだ。
「さらに自由都市同盟への街道も、近く開通いたします。そうなれば仮に長期戦になったとて、帝国に負けることはないでしょう」
「あっ、もうつながりそうなの? それじゃあ、投資の受け入れについて、話を進めないとね。もう内容は固まってる?」
「はい、すでに準備はできております」
「それじゃあ、明日にでも同盟へ人を送ろうか」
「お手数ですが、よろしくお願いいたします」
さすがはダリウス、仕事が速い。
おかげで俺も休んでる暇がないほどだ。
その後も夜遅くまで、報告を聞かされた。
翌日は同盟との交渉に赴く担当者を、ガルダに乗せて送り出した。
すでに行ったことのある町だし、同盟とも話がついているので、俺は必要ない。
ガルダとの意思の疎通には、筆談で対応してもらうのでこれも問題なし。
ちなみに、超高速で人まで送れることについて、同盟からうらやましがられたそうだ。
そして俺の方はというと、朝から書類仕事と会議で忙しかった。
俺と師匠のツートップが抜けてたんだから、それも仕方ない。
その日は一日中、仕事に追われ、慌ただしく過ごした。
夕食を終えてようやく暇ができたので、俺はひと息つこうと庭へ出る。
もちろん目に見える範囲に人はいるが、少し1人になりたかったのだ。
しかしアニーが目敏くそれを見つけ、近寄ってきた。
「どうしたの? ワルド」
「やあ、アニー。ちょっと静けさに浸りたいと思ってね」
「今日はずっと、忙しかったみたいだからね。ひょっとして、私も邪魔?」
「いや、お喋りに付き合ってくれるならいいぜ」
そう言うと、アニーが笑いながら俺の隣に座った。
「こんな風に話すのも久しぶりね。1年前にはこんなことになるだなんて、思いもつかなかったわ」
「ああ、本当にそうだな。アフィと出会うまで俺は、ただの無能だったからな」
「また、その話? ジョゼたちだって、ちゃんと謝ったのに」
「それについては気にしてない。ただの思い出話さ」
「もう」
集団で俺をいじめてた連中は、俺が王族であることを知った時、震え上がったそうだ。
しかし俺がそいつらを放置してたら、ある日みんなで謝りにきた。
エウレンディアが変わろうとしている中で、俺から嫌われたままでいるのは耐えられない、と。
そして身をもって忠誠を示すから、それを見ていてくれとまで言われた。
今ではあの悪ガキどもも、精霊術師になるべく、日夜努力しているんだとか。
ここで少し間が空くと、アニーがためらいがちに聞いてきた。
「ところで、ワルドがサツキちゃんと婚約する、って噂を聞いたんだけど、本当?」
どうやらこの間のアヤメの思いつきが、広まっているらしい。
俺としては勘弁して欲しいんだが、完全に否定できる話でもないんだよなあ。
「アハハッ、俺にそのつもりはないよ。だけど外交関係のためには、そういうことも考えなきゃいけないみたいだ」
「そ、そうなんだ……」
そのまま彼女は黙り込み、妙な空気が流れる。
え~と、これは、あれか?
俺の気持ちを探ろうとしてるんだよな。
それなら、こっちからも踏み込んでみるか。
「ゴホン……でもさ、いくら政治的に必要だからって、それだけで結婚相手を決めるのは、つまらないよな」
「そ、そうね。私も、そう思うわ」
「だ、だからさ……もし、もし俺が望んだら、アニーは俺と結婚してくれるか?」
うっわ、恥ずかしい。
だけど、ここが正念場だ。
「な、何言ってるのよワルド。私は、貴族じゃないから、そんなの無理よ……無理に決まってるじゃない」
彼女は顔を真っ赤にして否定するが、まんざらではないらしい。
ならば押しの一手だ。
「そんなことないさ。アニーの実家はエルフ根源種族のひとつなんだから、貴族みたいなもんだ。ていうか、15年前までは貴族だったんだよな。おまけにハイエルフの資質持ちとなれば、文句の付けようがない。何より七王の盾を手に入れられたのは、アニーのおかげじゃないか」
「それは、そうかもしれないけど……王国再興のためには、いろいろ政治とか取引きとか、考えないといけないじゃない」
もじもじしながら否定する彼女が、またかわいらしい。
「もちろん、必要ならそうするさ……だけど、一番はアニーがいいな」
ダメ押しでアニーの目を見ながら言い切ると、彼女は口元を押さえて泣きだした。
「……またそうやって、私を驚かすんだから…………いいわ、私があなたを支えてあげる」
「ありがとう……俺さ、この間、戴冠式をやった時に、思ったんだ。王国を再興して、平和になった時に、君に側にいて欲しいって」
「……グスッ……分かった、一緒にいてあげるわ」
彼女は恥じらいながらも、それを受け入れてくれた。
俺は人目もはばからず、彼女を抱き締める。
彼女のぬくもりと甘い香りを感じて俺は、天にも昇る気持ちになった。
しかし、そんな雰囲気はすぐにぶち壊される。
「私は、2番目でいいわ」
驚いて振り向くと、レーネがいた。
いつの間に近づかれたんだろうか。
そしてこいつは今、聞き捨てならないことを言った。
「2番目って、何がだよ?」
真顔で問うと、彼女は目を逸らせながら言う。
「だから私は、アニーの次でもいいって言ってるのよ。私だって、ハイエルフの資質持ちなんだし、七王の盾の解放にも力を貸したわ。私だけ仲間外れなんて、おかしいじゃない!」
「おかしいって、お前、俺たちそんな仲じゃないだろうに……」
彼女を仲間としては認めていても、そんな関係にあるとは思えなかった。
するとレーネはうつむいて、何かをつぶやいた。
「……は同じ」
「え、なんだって?」
「私たち3人は同じだって、そう言ったの! 私、あなたたちに初めて会った時、同じ存在だって感じた。なぜだか分からないけど、この世で無二の存在だって……なのに、なんで私だけ仲間外れなの?……そんなのひどい、ひどいよぅ……」
とうとう彼女が泣きだした。
どうやらレーネは、想像以上に俺たちにシンパシーを感じていたようだ。
普段は無口で素直じゃないから、そこまでとは思っていなかった。
彼女の言うことにも一理あるが、2人一緒になんて受け入れられるだろうか?
そう思ってアニーを見やると、彼女は微笑みながらうなずいてくれた。
つまり、彼女は構わないってことか。
ならば後は、俺が踏み出すだけだ。
「分かった、レーネ。だけどお前は、自分の居場所を自分で作る必要がある」
「ヒック……どういう意味よ?」
「俺はお前のことを認めていても、周りはそうじゃないってことだ。もし俺の横に立ちたいなら、お前がそれにふさわしいのだと、周りに認めさせなきゃならない。別に戦争をしろってんじゃない。魔法の振興だとか、弟子の育成だとか、やれることはいくらでもある。そうして実績を作ったら、俺はお前を受け入れよう」
「分かった。その言葉、忘れないで」
「ああ、お互いがんばろうぜ」
こうして俺は、アニーだけでなく、レーネまで受け入れることになった。
これにサツキまで加えたら、3人の嫁持ちという可能性まで見えてくる。
なんともまた、面倒な話になりそうだ。