74.竜人族との交渉2
竜人族と交渉をしていたら、リュウガとかいう馬鹿に絡まれ、剣の立ち合いをすることになった。
しかし俺は面倒臭かったので、シヴァに丸投げして見物することにした。
「陛下、誠に申し訳ありません。まさかあれほど強硬に出るとは、思わなかったものですから」
「構いませんよ、アヤメさん。むしろこうした方が、話は早いでしょう。ちなみにリュウガの剣の腕は、イッシンさんと比べてどうですか?」
「おそらく互角と思いますが、手段を問わない分、リュウガにやや分があるでしょうか……」
「なるほど。まあ、それくらいなら問題ないでしょう」
イッシンとは何度か立ち合ったことがあって、かなり強かった。
しかしシヴァもじっちゃんに師事して強くなっているので、十分に渡り合えるだろう。
立ち合いが始まると、リュウガはたしかに強かった。
重い大剣を縦横無尽に振るい、シヴァに向けてガンガン斬りつけてくる。
一方のシヴァは消極的で、敵の攻撃を防ぎながら様子を見ている。
それをシヴァの実力と勘違いしたリュウガが、打ち込みの回転を上げる。
偉そうなこと言うだけあって、それなりにタフではあるようだ。
しかしタフさにかけては、シヴァの方が上だ。
やがて敵に疲れが見えた頃に、シヴァの反撃が始まる。
すっかり勢いのなくなったリュウガに、ガンガンと剣を打ちこみはじめた。
そしてとうとうシヴァの剣が敵を打ちのめし、勝負あったかに見えた。
しかしすぐに起き上がったリュウガが、とんでもないことを言いだした。
「まだだっ! まだ俺は負けていないぞ」
「「「えぇっ!」」」
鮮やかに負けたはずの敵が、堂々と無効を宣言する。
そのあまりの厚顔さに、誰もが呆れていた。
「族長、あんなこと言ってますよ」
「誠にもって、お恥ずかしい限りです。せっかくですから、存分に痛めつけてやってくだされ。命を取っても、恨み言は言いませぬ」
うわ、馬鹿が手に負えないんで、こっちに丸投げしてきやがった。
そういうのは、身内で解決して欲しいんだがな。
そう思ってアヤメを見ると、彼女も苦笑しながら丸投げしてきた。
「リュウガはあのとおりの粗忽者です。シヴァさんの敵ではないようなので、動けなくなるまで付き合っていただけますか?」
「んも~、貸しにしときますよ」
「はい、陛下」
こうしてその後も、リュウガとシヴァの立ち合いは延々と続いた。
しかしシヴァの優位は覆らない。
そもそもシヴァは盾を介して、俺の魔力を常に供給されてる形だ。
だからよほどのことがない限り、体力は尽きないし、ダメージも回復する。
対するリュウガは何回も剣で殴られて傷が増えるし、疲れも溜まる一方だから、勝負になるはずがない。
やがて敵はゼイゼイと息を切らして、攻撃頻度も大きく減った。
さすがにシヴァも面倒臭くなったのだろう。
最後は剣の腹でリュウガの頭を殴って、昏倒させてしまった。
バゴンと凄い音がしてたので、念のためアフィに治療してもらった。
すると目を覚ましたリュウガが、さらに恥をさらす。
「グ、グウ~……おのれ、怪しい技を使いおって。卑怯だぞ!」
「何が卑怯なんだよ? シヴァは普通に相手しただけじゃないか」
「いいや、俺の攻撃が当たらないのがおかしい。魔法か何か、おかしな技を使っているんだ」
「そうよそうよ、うちの人が負けるなんておかしいわ。魔法は使わないって言ったくせに、イカサマよ!」
とうとうシズクまで文句を付けてくる始末だ。
こいつらの頭は、どうなっているのだろうか?
呆れて族長の方を見ると、彼もどう言おうか迷っているようだ。
するとアヤメがひとつ、提案してきた。
「陛下、アグニさんを呼んでいただけますか?」
「え? まあ、いいけど」
言われるままに火竜のアグニを召喚すると、劇的な変化が起こった。
アグニが現れた瞬間、アヤメを除く竜人族が、その場にひれ伏したのだ。
取り残された俺は、彼女に説明を求める。
「え~と、何が起きてるの?」
「竜人族にとって、ドラゴンは崇拝の対象なのです。アグニさんはその対象になるのです」
「そういうことか。もっと早く気がついてくれれば、手間が省けたのに」
「すみません。私も彼らがこれほどひどいとは、思っていなかったもので……」
アヤメも族長も恥ずかしそうにしているが、だったらドラグナスの中で処理して欲しいものだ。
その後、屋内に場所を移し、今後についての協議を続けた。
アグニを見たドラグナスは、さっきとは打って変わって協力的になり、とんとん拍子に話が進む。
当面は人材の交流や交易から始めて、帝国との戦争が終わってから、正式に友好条約を結ぶこととなる。
俺たちの提唱する地域の安全保障についても乗り気で、自由都市同盟も交えて内容を詰めることで合意した。
こうして自由都市同盟、ヴィッタイト王国、ドラグナスとの交渉を終えてから、1週間ぶりに王都へ戻ってきた。
「お帰りなさい、ワルド」
「お帰り……」
「お帰りなさいませ、陛下」
王城に着くと、アニーとレーネという2人の美少女に加え、リムルも出迎えてくれた。
猫人族のリムルは一般人なのだが、アニーたちのメイド兼護衛として、王城に潜り込んでいる。
少しでも俺の役に立ちたいってことで、志願してきたのだ。
まあ、彼女はけっこう腕が立つし、いろいろと気の付く子だから、重宝はしている。
しかし俺に気があるのは丸分かりなんだが、責任を取れる気がしない。
そのうちいい人でも、見つけてやろうと思っている。
「う~、ワルド、久しぶり~」
そしてちょっと遅れて出てきたのがサツキだ。
このお子ちゃまは、人前でも平気で甘えてくる。
妹みたいでかわいいのだが、そろそろ礼儀を仕込まにゃいかんね。
ひょっとしたら、婚約するかもしれないしな。
「ただいま、みんな。お土産を買ってきたから、あとで渡すよ」
「わ、ありがとう」
「ふ、ふん、せっかくだからもらってあげるわ」
相変わらずレーネは素直じゃない。
ちなみに彼女は、強力な火魔法使いであることと、母親が名家の出身なので、俺の側に置くことにしている。
どうやら彼女の家系は断絶したようなので、いずれは家を再興させてやりたいもんだ。
しかしハーフエルフへの偏見はまだあるので、彼女自身が功績を積み上げる必要はある。
「お帰りなさいませ、陛下。交渉はいかがでしたか?」
ここでじっちゃんやグラーフも駆けつけてきた。
「ああ、自由都市同盟とは資金や物資の援助を引き出したし、ヴィッタイトとドラグナスとも戦後の協力について合意できたよ」
「なんと、ドラグナスもですか! さすがですなぁ」
「いやいや、師匠とアヤメさんのおかげだよ」
すると師匠とアヤメが、俺を持ち上げる。
「いえいえ、陛下の人徳の賜物ですよ」
「ええ、そうですわ。七王という強力な存在を従えつつも、飾らない陛下の姿勢が、皆を惹きつけるのでしょう」
「いやいや、褒め過ぎだって。俺は大したことしてないし」
あまり褒められ慣れていないので、そんなに持ち上げられても困る。
そんな俺を優しい目で見ながら、じっちゃんが言った。
「国を再興できたのも、遠国との交渉を実現したのも、陛下のお力あってのものでございます。そこは誇ってもよろしいのでは、ありませんか。いずれにしろお疲れになったでしょう。まずはゆっくりとお休みなされませ」
「ああ、そうだね。そしてまた明日からがんばろう」
そんなじっちゃんとのやり取りに、2人で生活していた頃の思い出が蘇る。
しかしもうあんな関係には戻れないと思うと、少し寂しくなった。