73.竜人族との交渉1
無事にヴィッタイト王国との交渉を終えて、ようやくゆっくりできると思っていたら、思わぬお誘いを受ける。
「陛下、ぜひ我が里へいらして、同盟交渉をさせてください」
さも当然とばかりに、アヤメが竜人族との交渉を要求してきたのだ。
「え~、俺もう帰りたいんだけど~。戦争の準備しなきゃいけないんだよ」
「それは重々、承知しております。しかし急がば回れ、との言葉もございます。先にドラグナスとの関係を作っておいた方が、後々になって有利だと思われませんか?」
すると師匠が、意地悪な指摘をする。
「それはどちらかといえば、あなたの都合ではありませんか? 最初から協力関係を作っておけば、後々恩を売りやすい、とか」
「そんな実も蓋もないこと、おっしゃらないでくださいませ、ガルドラ様。たしかにこちらの都合もありますが、確実にエウレンディアのためになると、確信しておりますわ」
アヤメは素直に自分の都合を認めながらも、事前交渉の利を説いた。
そんな彼女を見て、師匠も考えるふりをする。
「そうですかねえ?…………まあ、普通ならとてもできない相談ですが、我々にはガルダという移動手段があります。2,3日の交渉なら、する価値があるかもしれませんね、陛下」
「アハハ、最初からそうするつもりだったのに、師匠は人が悪いな。いいよ、行ってみよう」
「アヤメ殿の意図を、確認する必要がありましたからね。それでは一旦、王都へ戻ってから、ドラグナスの里へ向かいましょう」
「もうっ、ガルドラ様ったら。お人が悪い」
結局、ドラグナスの本拠地行きが決まった。
一旦王都へ戻ってから、翌日にはアヤメたちの故郷へ飛んだ。
それは歩けば何ヶ月も掛かるほどの距離だが、ガルダで飛べばひとっ飛びだ。
初めての土地で探すのに少々手間取ったが、その日のうちに目的地へ到着する。
ドラグナスの里はキリフジ山と呼ばれる大きな山の麓にあり、周辺を領有しているそうだ。
彼らはほんの1万人足らずしかいないものの、戦闘力が高く、また黒竜鉱を使った外交にも長けていることから、今までは独立を保ってきた。
しかしその道のりは決して平坦ではなく、信頼できる同盟関係の構築は、常に求められているそうだ。
「族長、エウレンディアの国王陛下と、宰相閣下をお連れしました」
俺たちは竜人族の重鎮が集まる場に招かれ、アヤメから紹介を受ける。
「これはこれは。遠路はるばる、よくぞお越しくだされた。私が族長のスイゲツですじゃ」
「エウレンディア王国 国王 ワルデバルド・アル・エウレンディアです。以後お見知りおきを」
「宰相を務めております、ガルドラ・エウレリアスです」
自己紹介の後、アヤメから協力関係の構想が説明される。
ある程度、聞いていたであろうスイゲツは平然としているが、周りは驚いていた。
アヤメの説明が終わると、スイゲツが口を開く。
「ふむ、我々はエウレンディアを国として認めるが、あくまでも中立である、と。そして戦後は自由都市同盟も巻き込んで、友好条約を結びたいと、おぬしはそう考えておるのじゃな? アヤメ」
「はい、そうでございます」
「しかし、それはエウレンディアが勝てたらの話じゃ。もしも再び帝国に負ければ、どうなる? 我らの立場は悪くなるぞ。下手をしたら、帝国に攻められるかもしれん」
当然の疑問を突きつけられても、アヤメは動じなかった。
「そのような懸念は無用にございます。陛下は瞬く間に”竜の咢”を封鎖し、エウレンディア領内を制圧されました。領内を跋扈していた超大型魔物ですら、簡単に討伐されています。竜の咢を早々に放棄した帝国軍などとは、比べ物になりませんわ」
その言葉に、会場がどよめく。
実際に見たことがなくても、大魔境、そして竜の咢の恐ろしさは、彼らにも伝わっているのだろう。
それをあっさりと封鎖したということに、驚きと疑問の声が上がる。
「フンッ、とても信じられんな。ついこの間まで引きこもっていたような連中に、そんなことができるはずない」
嫌味ったらしい感じでそう言ったのは、中年の男だった。
鍛え抜かれた体に、赤髪と好戦的な顔立ちが印象的である。
「リュウガ、お客人に失礼であろう。申し訳ありませぬ、陛下。この者、イッシンと次期族長の座を争っているため、少々感情的になっておるのですじゃ」
「構いませんよ。リュウガ殿のおっしゃることも、分かります。しかし竜の咢の封鎖は事実です。我が国の守護精霊”七王”たちが、それを可能にしたのです。もちろん、それなりの兵力も養ってはいますが」
「口先だけなら、何とでも言えるわ!」
「よさんか、リュウガ。仮にも族長候補ともあろう者が」
「あら、叔父様。氏族会議の了解も得ずに同盟を進めようとしているのですよ。疑って掛かるぐらいの方が、ちょうどよいではありませんか」
今度はリュウガの横に座っていた女性が割り込んできた。
整った顔立ちをしているが、豪奢に伸ばされた金髪や化粧と相まって派手な印象の女だ。
「彼女はシズクといって、私の従妹であり、リュウガの妻です。何かといえば、私たちと張り合おうとする連中ですわ」
こっそりとアヤメが教えてくれた。
ちなみにそう言うアヤメは、族長のスイゲツの娘なんだそうだ。
道理で外交に強いと思った。
「今回の話については、儂がある程度の裁量を与えておる。それにエウレンディアについては、氏族会議でも報告してきたではないか」
「会議で聞いたのは、エウレンディアと接触中、ぐらいの話ですわ。それが自由都市同盟も含めて協力していくなど、身の丈に余るのではありませんか? それよりは私たちが提案している、周辺諸国との協力を深める方が良いでしょう」
「あら、エウレンディアほど信頼できる国が、他にあったかしら?」
シズクの言葉にアヤメが反撃した。
その言葉は痛いところを突いたらしく、シズクが血相を変えて反論する。
「エウレンディアなんて、ひと昔前に滅亡した国じゃない。帝国との戦いはこれからだし、信頼できるかどうかなんて分からないわ!」
「それもそうね。しかし私は、ゆくゆくは陛下にサツキを娶っていただきたいと、考えているわ」
えっ、サツキを俺が?
それはちょっと……
「なっ、由緒正しいドラグナスの血を、外に出すというの? そんなの、人質を差し出すだけの土下座外交じゃない! いくら族長になりたいからって、恥を知りなさいよ」
あ~あ、内輪揉めが始まっちゃったよ。
しかし、シズクの言い方は不愉快だな。
そう思ってアヤメに目くばせすると、意図を察した彼女が高飛車に出る。
「シズク、国王陛下を前に口を慎みなさい。陛下は異国で困窮していたサツキを、無償で救ってくれた高潔なお方です。そもそもあなたたちは、エウレンディアがどれほど大きな可能性を秘めた国か、全く分かっていません」
「ハハハッ、聞いているぞ。旅先でサツキをさらわれて、探し回ったそうだな。せっかく取り戻した娘を、今度は人質に差し出すとは、よほど困っていると見える。まあ、あのうつけでは仕方ないか。ワハハハハハ」
サツキの話を恰好の攻撃材料と見たリュウガが、ここぞとばかりに嘲笑をぶつける。
しかし俺はこれ幸いと、目の前の机をぶっ叩いた。
大きな音に皆が動きを止め、俺の方を見る。
「先ほどからの無礼な発言、目に余るな。婚約するかどうかは別として、サツキは俺の友人だ。あまり舐めた口聞いてると、殺すぞ、おっさん」
「なん、だと? 1度滅びた国の王が、偉そうに。命がいらんというのなら、相手をしてやろうではないか」
「リュウガ、よさんか。ワルデバルド陛下もどうか、気をお鎮めになってください」
「このままじゃあ、埒があきませんよ。こういう馬鹿には、力を示してやるのが一番です。ほら、やろうぜ、おっさん」
「小癪な小僧め。よかろう、叩きのめしてやるわ!」
リュウガは勢いよく立ち上がって、外へ向かう。
俺もすぐそれに続いたが、族長はまだウロウロしていた。
ちなみに師匠は、仕方ないという感じでため息をついている。
一応、怒ってはいないようだ。
あれだけ挑発されたからには、やるしかないからな。
と言っても、俺が立ち会うんじゃないけどな。
外に出るとすぐにシヴァを召喚し、後を任せた。
「こいつは七王の1人、シヴァだ。魔法なしでやらせるから、遊んでもらえ」
「なんだと? 偉そうに言っておいて、自分ではやらんのか。しかも相手がスケルトンなどと、馬鹿にしおって。すぐにバラバラにしてくれるわ」
立ち合いに使うエモノは、刃引きした剣だ。
刃引きしてあるとは言え、当たり所が悪ければ死んでもおかしくない。
まあ、シヴァは簡単に復活するけどな。
するとシヴァが剣を振りながら、念話で確認してきた。
(殺しちゃいけないんですよね?)
(ああ、悪いけど頼む。骨の2,3本は折ってもいいぞ)
(ちょっと面倒だけど、了解で~す)
シヴァはちょくちょくじっちゃんと稽古しているので、たぶん上手くやってくれるだろう。
やがて俺たちと竜人族が見守る中、リュウガとシヴァの立ち合いが始まった。