72.ヴィッタイトとの交渉2
ヴィッタイトの国王、クライブとの会談で、彼は率直に何が起きているのかと問うてきた。
それは駆け引きも何もない、彼らしい問いだ。
「何って、俺が新生エウレンディアの王位に就いて、国を取り戻そうとしているだけですよ」
「うむうむ、表向きはそう聞いておる。しかし、ただ王族の末裔が生き残っていたからといって、あの帝国に勝ち目があるとも思えん。貴殿の自信は、どこから来るのだ?」
彼は子供のように、好奇心をむき出しにしている。
1国の王としてはどうかと思う態度だが、彼には不思議とそれがよく似合う。
俺はそんな彼の期待に応えるため、苦笑しながら盾を展開した。
「うおっ、盾が光ったぞ。しかも魔物までっ!」
盾の展開と同時に、アフィとシヴァを召喚したら、大騒ぎになった。
かわいらしいアフィは別として、骸骨兵が突然現れれば、警戒するのも当然だ。
「静まれいっ!」
しかしそんな人々を、クライブが一喝する。
そしていかにも楽しそうに、話しかけてきた。
「クククッ、やはりか。それが噂に聞く、七王の盾なのだな?」
「ええ、そうですよ」
「伝説の神器を取り戻したのなら、貴殿の強気も納得がいく。ちなみにそれは、エウレンディアの王族であれば、簡単に手に入るものなのか?」
「う~ん、どうなのかな? 手に入れること自体はできても、その力を使いこなすのは大変ですよ。けっこう厳しい試練を、くぐり抜ける必要がありますね」
「ふ~む、しかし貴殿はそれをやり遂げた。そういうことだな?」
「ええ、それはもう、ひと言では語れないぐらいの苦労をしました」
俺が苦笑しながら答えると、クライブも愉快そうに笑う。
そしてしばし黙っていたかと思うと、こう切りだしてきた。
「それでワルド王、帝国には勝てそうか?」
「もちろん勝ちますよ。と言っても、何を勝ちとするかにもよりますが」
「ふむ……まずは押し寄せる帝国軍を押し返し、周辺に国として認めさせる、といったところかな」
「それなら造作もありませんね」
「ほほう、ずいぶんな自信だな」
クライブがニヤリと笑うと、宰相のヘルマンが口を挟んできた。
「しかしワルデバルド王、相手は数十万の兵力を擁する帝国ですぞ。いかに神器の恩恵があるとはいえ、小国のエウレンディアにそれができますかな?」
「なに、今の帝国にそれほどの力はありませんよ。まあ、10万ぐらいの兵は、出てくるかもしれませんがね」
「10万程度なら撃退できると、そうおっしゃるのですか? 一体どうやって?」
「それはここでは言えませんね。どこに帝国の耳がいるかもしれません」
「なっ、そのような不届き者はここにはおりませんぞ」
ヘルマンが目をむいて抗議するが、クライブがそれを止めた。
「やめい、ヘルマン。ワルド王の言うとおりだ。軍機に関わるようなこと、軽々に話せることではないわ」
「しかし陛下、多少は情報がありませぬと、我らも判断できませぬ」
ここで師匠が割り込んだ。
「何を判断するおつもりですか? ヘルマン閣下」
「ぐぬ…………今後の貴国との付き合いかたじゃ」
「ほう、それはありがたいお話ですね。すでに協力を検討されているのですか?」
「だからそれは、状況次第じゃと言っておる」
ヘルマンが不機嫌そうに言う。
おそらくクライブが乗り気で、検討せざるを得ないんだろうな。
すると師匠が俺に向かって言う。
「そういうことであれば、多少はお見せしてもよいのではないでしょうか、陛下」
「見せるって、何を?」
「他の七王でございます」
「う~ん、まあ、見せるくらいならいいけど」
「それでは場所を変えましょう。ヘルマン閣下、どこか広い所へご案内願えませんか」
「……それでは中庭へ行きましょう」
ヘルマンに先導されて、中庭へ移動する。
するとクライブの野郎、ワクワクした表情でついてきた。
相変わらずの人だ。
中庭に着くと、ヘルマンが挑発するように言う。
「それでは、七王とやらを見せていただけますかな」
「それではご披露しましょう。出でよ、七王!」
その瞬間、5つの光が発生し、残りの七王が召喚される。
白い大虎のインドラが高らかに吼え、グリフォンのガルダがバサッと翼を広げる。
巨大なモグラのソーマが低い唸り声を上げれば、白い大蛇のナーガが高く鎌首をもたげる。
そして火竜のアグニは、空へ向かって火炎を打ち上げた。
その全てが牛を上回るほどの巨体だ。
加えて城を揺るがすようなパフォーマンスに、その場にいた者たちが恐慌状態に陥る。
ただ1人、クライブを除いて。
彼だけは、目を輝かせてはしゃいでいた。
「ウホーッ、これは凄い。想像以上だ。ん、どうした、ヘルマン。そのような所に座って」
「こ、腰が……」
宰相のヘルマンが、腰を抜かして何かアワアワ言っている。
少々、刺激が強すぎたようだ。
そんな彼を尻目に、クライブが楽しそうに俺に話しかける。
「さすがはワルド王だ。これほどの召喚獣を得たなら、さぞかしエウレンディアも心強いであろうな」
「ええ、そうですね」
「うむ、それでな。見た目だけでは分からんから、また俺と一手――」
「駄目ですよ、クライブ王。そもそも、敵うと思ってるんですか?」
「いや、あのスケルトンぐらいなら、俺でも相手になると思うのだが」
「駄目です!」
「いや、そこをなんとか……」
その後もしばしおねだりされたが、断固として断った。
以前は無理矢理、模擬戦を受けさせられたが、あれは俺が平民として会っていたからだ。
今回は対等なので、好きにはさせない。
やがて気を取り直したヘルマンも加わり、クライブを黙らせて応接間へ戻った。
「さて、見苦しいところをお見せして、申し訳ありませんでした。して、貴国は我が国に、何を望みますかな?」
「今のところは別にありません。好意的中立を貫いてくれるだけで、十分です」
師匠がそう言うと、ヘルマンが目をむく。
「正気ですかな? いかに神器の加護があれど、相手は帝国なのですぞ」
「もちろん正気です。我々はむしろ、貴国にはおとなしくしていただきたいと、思っております」
それを聞いたクライブが、興味深そうにつぶやく。
「ふむ、そうして帝国の油断を誘うのか?」
「ええ、お察しのとおりです」
「ならば、敵を引き込んだ後で、我々が圧力を掛ける手もあるぞ。国境近くに兵を集めて演習でもやれば、動揺するだろう」
「いいえ、それはそれで帝国を本気にさせかねません。あくまで我が領内に引き込んで、独力で撃退すべきと考えています」
「ならば義勇兵を募ろう」
「いいえ、下手に犠牲者が出れば、貴国に申し訳が立ちません。ありがたい申し出なれど、ここはご遠慮したく」
あくまで援助を断ろうとする師匠に、クライブがイラつきはじめる。
しかしそれを俺とヘルマンでなだめることで、ようやく落ち着いた。
そして最後にクライブが言う。
「くっ、そこまで言うのならば、見事帝国を撃退するのだぞ。その暁には、酒を酌み交わそうではないか」
「ありがとうございます。その時を心待ちにしていますよ」
彼の精一杯の激励をもらい、俺たちはその場を後にした。