71.ヴィッタイトとの交渉1
自由都市同盟に支援を要請した翌日、俺たちは昼食後に改めて応接間に通された。
「お待たせして、申し訳ありませんでした。昨日のお話について、検討する必要があったものですから」
「それは当然のことでしょう。それで、貴国の方針はまとまったのでしょうか?」
「はい、端的に言えば、貴国の要望に応えたいと考えます。しかし、さすがに表立っての支援はできません。貴国との街道が開通したら交易を開始し、その支払いの一部を我が国で持つという形で、いかがでしょうか。もちろん戦後に返していただく債務になりますが、返済方法についても、ご相談に乗りたいと考えます」
「はい、とても魅力的なご提案だと思います。ところでこれは仮定なのですが、我々が物資を買ったという証文を商人に渡したとします。そして余裕のある商会は自身で負担し、それができない場合は、貴国が立て替えるという方法はいかがでしょうか?」
「ほほう、余裕のある商会なら、自身の責任で借金に応じてくれるとのお考えですな……よろしい、細部について、部下に検討させましょう。あまりいい加減にしていると、戦後に揉めますからな」
「おっしゃるとおりです」
師匠とアーシムの間で、どんどん話が煮詰まっていく。
さすがは練達の政治家たちだ。
俺には付いていけん。
その後も援助の内容や、返済の細部について話し合い、各自で検討したうえで後日、最終合意することとなった。
そしてさらに翌日、行政府を後にするため、俺はガルダを中庭に召喚した。
巨大な鷲頭獅子の登場に、アーシムたちが息を呑む。
「これが七王ですか?」
「ええ、彼が風王ガルダです。まあ、見た目は魔物ですが、風の上位精霊でもありますね」
「なるほど、やけに来るのが早いと思ったら、このグリフォンで飛んできたのですな。ぜひ私も1度、空の旅を体験したいものです」
「ええ、帝国との戦争が終結してその余裕ができたら、ご招待しますよ」
「その時を楽しみに待っておりますぞ。それではご武運を、ワルデバルド王」
「アーシム議長も壮健で」
あいさつを交わしてから、ガルダがフワリと浮き上がる。
そのまま優雅に飛び去る俺たちを、アーシムたちがうらやましそうに見送っていた。
俺たちはカラバの町を下に見ながら、今回のことを話し合う。
「思ったよりも友好的で、よかったね」
「まあ、敵対的よりはいいですね」
「そんなに嬉しそうじゃないね。何か疑ってる?」
「特に何か懸念があるわけではありませんが、国家の間に真の友情などありませんからね」
「そのわりには、ガッツリと援助を頼んだじゃない」
「これぐらいしないと、信用されないのですよ。援助があれば助かるのも事実ですから、適当に合わせておきましたけどね」
「ふ~ん……まあ、あまり頼り過ぎても、足元を見られるかもしれないからね」
「そう相手の思うままにはさせませんよ。元々我が国は、豊富な魔法戦力のおかげで、少ない兵で対抗できるのです。さらに七王の力があれば、周囲の予想以上の成果を挙げられるでしょう。我らの実力を知ったうえで、どれほど大きな態度が取れるか」
師匠が黒い笑顔で、にっこりと微笑む。
あ~、何か企んでそうだな。
そんな俺たちのやり取りを聞いて、アヤメがコロコロと笑った。
「オホホホホ、さすがはガルドラ様ですわね。アーシム閣下も、いかにエウレンディアに恩を売るか、頭を悩ませることでしょう」
「フフフッ。別に恩を売れるのは同盟だけではありませんからね」
「ええ、これから向かうヴィッタイト王国しかり、竜人族しかりですわ」
「そのとおり。そして我々が素早く帝国を撃退すれば、それだけ恩を売る機会も減ります」
「ウフフ、やはりそのようにお考えでしたか。一見、同盟を頼るように見せて、実際には独力ですばやく決着をつけるおつもりですね?」
アヤメの指摘に、師匠は首を振る。
「とんでもない。ただの兵士ばかりであればそれも可能でしょうが、敵にも人外の存在がいます」
「”帝国の7剣”ですね?」
「ええ、あの人外どもが、どのように動くか、それが問題です」
「そんなに凄い奴らなの?」
俺の質問に、師匠が眉をひそめる。
「非常識な奴らですよ。人系種族の常識を、ことごとく覆すような連中です」
しばしば聞くこの”インペリアルセブン”だが、俺はいまいち実感が湧かない。
なんでも、武術や魔術、さらには暗殺術に優れた者たちの集まりらしいが、誰もが一騎当千の強者といわれている。
いかに魔法戦力に優れ、七王さえ擁するエウレンディアとて、その実力は侮れない、とも。
いずれ激突は避けられないが、なるべくおとなしくしておいて欲しいものだ。
そんな話をしている間も、ガルダは高速で飛び続け、帝国領を南から北へ縦断した。
こんな土地勘のない場所で正確にヴィッタイトへ向かえるのは、ガルダの能力のおかげだ。
彼は1度行ったことのある場所なら、感覚的に位置が把握できるらしく、まっしぐらに目的地へ飛んでいるのだ。
おかげでその日のうちには、王都へ入ることができた。
こちらも外交を担当している者と落ち合い、宿に収まる。
もちろん王宮への連絡も忘れていない。
そして翌日、ヴィッタイトの王宮へ赴くと、即座に応接間に通された。
さして間を置くまでもなく、クライブ王が現れる。
「おおっ、やはりワルド殿であったか。そうではないかと思っていたのだ」
そう言ってクライブが、いきなり抱き着いてきやがった。
相変わらず飾らない野郎だ。
あまり形式ばってるのも嫌だが、王の威厳とか問題じゃないのかね。
「お久しぶりです、クライブ王。とりあえず離してもらえませんかね。俺は大して気にしませんが、臣下の方が渋い顔をしてますよ」
「な~に、あんな奴ら、放っておけばいいのだ。それにしても水臭いではないか。あの時に話してくれれば、もっと早く力になれたのに」
俺の背中をバンバン叩きながら、恨み言を言う。
俺が以前、身分を偽って会ったことに対する愚痴であろう。
「無茶を言わないでくださいよ。あの時はまだ、ただの王族ってだけで、王位にも就いてなかったんですから」
「それが水臭いと言うのだ。まあ、それはいいとして、どうするのだ? 帝国に叛旗を翻すのであろう? さすがにおおっぴらに共闘はできんが、義勇兵ぐらいは送ってやるぞ」
「何言ってんですか、あんたは? ほら、ワルデバルド陛下も困っておいでですから、席に着いてください」
「あだだだだっ!」
とうとう狼人族の老臣が、クライブの耳をつかんで引き戻した。
初めて見る顔だが、以前は何か用事でもあったのだろうか。
この人がいれば、あの時も立ち合いをしなくて済んだんじゃないかと、残念に思う。
クライブから解放された俺は、テーブルを挟んで席に着いた。
「どうも申し訳ありません、うちの陛下が。わたくし、この国の宰相を務めますヘルマンと申します。以後、お見知りおきを」
「これはごていねいに。私がエウレンディアの宰相を務めます、ガルドラです」
「ほほう、ひょっとして先々代王の下でも宰相を務めた、賢者殿ですかな?」
髪が真っ白になったヘルマンが、興味深そうに尋ねる。
「たしかに先々代王の下で宰相を務めたこともありますが、賢者というほどの者でもありませんよ。それに大昔の話です」
「何をご謙遜を。エウレンディアのガルドラといえば、周辺諸国にその名は轟いておりましたぞ……ところで、そちらの女人はどちら様で?」
先ほどから気になっていたであろうアヤメについて、ヘルマンが問う。
するとアヤメがにこやかに挨拶をした。
「初めまして、ヘルマン閣下。私はドラグナスの使節で、アヤメと申します。何かワルデバルド陛下のお役に立てないかと、ご一緒させてもらいました」
「ほほう? それはまた興味深い。ドラグナスはエウレンディアと盟約を結ばれるのですかな? まだ国家として成立もしていないのに、気の早いことですな」
ヘルマンが冗談めかして言うが、その目は笑っていない。
ドラグナスが肩入れするとは何事かと、警戒しているようだ。
「いいえ、今のところはいち個人としての友誼によるものです。先のことはまたいずれ、でございますわ」
そんなやり取りに、クライブがしびれを切らした。
「ええい、ヘルマン。まどろこしい駆け引きはやめよ。まずはワルド殿との話だ」
「しかし陛下……」
「いいから……それでワルド王。あ、呼びにくいからこれでいいよな?」
「ええ、けっこうですよ」
俺は苦笑しながらも、愛称呼びを許す。
するとクライブは嬉しそうに笑いながらも、核心に迫ろうとする。
「うむ、それでワルド王。何が起きておるのだ?」