70.同盟との交渉2
同盟との交渉の席で、俺は七王の盾を披露した。
黄金色に輝く盾と、召喚された光王、闇王、雷王を目にした出席者がざわめく。
しかしアーシムは納得のいった顔でうなずいた。
「考えてみれば、当然でしたな。いかに旗頭がいるとはいえ、帝国はあまりに強大すぎる。つまり七王の盾あってこその反乱計画、ということになります」
「反乱とは人聞きの悪い。我々は帝国に領土を奪われただけで、服属しているわけではないのですよ」
「フハハッ、まあそういうことにしておきましょう。して、ワルデバルド王、あなたはどこまでやるおつもりですか?」
師匠の言葉に苦笑しながら、今度は俺に話を振ってきた。
「どこまでって、奪われた領土と国民を取り戻すだけですよ」
「国民を取り戻す、というと、帝国に囚われている者も救い出すおつもりか? いくらなんでも、それは難しいでしょう」
さすがはアーシム、理解が早い。
しかし最初から諦めていては、何もできないのだ。
「まあ、難しいのは分かります。けれど領土を取り戻すのは最低条件。その先は帝国に圧力を加えて、捕虜の返還や賠償を請求することになるでしょうね」
「捕虜の返還だけでなく、賠償まで?」
「なんという楽観主義か」
俺の言葉に、同盟側から懐疑的な声が上がる。
若造のたわごとと捉えているのが丸分かりだったが、アーシムだけは俺の言葉を軽んじなかった。
彼は少し考え込んでから、再び口を開く。
「七王の盾にはそれだけの力があると、王はお考えで?」
「もちろんです。帝国にはたっぷりと思い知らせてやりますよ」
するとアーシムは眉間にしわを寄せ、慎重に言葉を紡ぐ。
「なるほど、そのお気持ちは分かります。帝国は15年前に、ひどいことをした。その報いを受けるのも仕方ないでしょう。しかし、あまり帝国に不安定になってもらっても、我々は困るのです」
「閣下、何をおっしゃいますか? そのようなこと、いくらなんでもできるはずないではありませんか」
傍らの部下がそう言うと、アーシムは厳しい顔を向けた。
「馬鹿者っ! エウレンディアがなぜあれほどまでに隆盛を誇ったのか、忘れたのか。七王の盾が健在であるということは、強力な精霊術師を多く擁するのと、同義なのだぞ。エウレンディアは見掛け以上の力を持っているのだ」
「……はっ、失礼致しました。そこまで考えが至らず」
罵倒された人が顔を真っ青にして、こちらに頭を下げる。
すると師匠がにこやかにとりなした。
「まあまあ、アーシム閣下。そこまで思い至るのは、なかなか難しいでしょう。ところで先ほど、帝国が不安定になり過ぎても困るとおっしゃられましたが?」
「ああ、そのことです。別に我々も帝国を擁護するつもりはありませんが、かの国が不安定になれば周辺にも影響します。もし帝国が分裂して、内戦でも始まろうものならば、その影響は甚大です」
「ふむ、その懸念は十分にありますが、今ここでそんな心配をしても、どうしようもないでしょう。仮にそうなったとしても、その程度のものでしかなかったということです」
「そうは言っても、防ぐ手段があるのなら、その努力はすべきでしょう」
師匠の突き放すような言い方に、アーシムは反論する。
しばし冷静な師匠と、少し熱くなったアーシムの口論が続いた。
すると、それまで黙っていたアヤメが、言葉を挟む。
「まあまあ、まだ何も始まっていないのに、そんなことを心配するのは無駄というものですわ」
「アヤメ殿、その影響は広く及ぶ可能性があるのですよ。竜人族とて、無関係ではないでしょう」
「それはもちろんですわ。というよりも今後、我々はエウレンディア王国と友好関係を結び、共存共栄を図っていくつもりでおります。しかし両国は遠く離れておりますので、他の国とも協力していかなければなりません。もし貴国が望めば、ちょうどよい橋渡し役になれるでしょうね」
再び同盟側の出席者がざわめいた。
重要な軍需物資を握るドラグナスの存在感は大きいが、彼らは常に独立独歩を貫いてきた。
それが他国との同盟を口にするのだから、驚くのも当然だ。
「なるほど、エウレンディアの手伝いとはそういう意味でしたか。もし両国の同盟が実現するのなら、ぜひ我が国も仲間に加えていただきたいものですな。しかし……重要な軍需物資である黒竜鉱を持つドラグナスに、それが許されるでしょうか?」
「これは異なことを。我々に他国と同盟を結ぶ自由がないとでも、おっしゃるのですか?」
「いえいえ、そうは申しません……しかしいろいろと勘繰った勢力が、横槍を入れてくる可能性は高いと思いまして」
アーシムはにこやかにそう言うが、最も勘繰ってるのは自由都市同盟のような気もするな。
ここで師匠が再び口を開く。
「だからこそ、貴国との連携が必要なのです。独自の流通網を持つ自由都市同盟が、エウレンディアとドラグナスの交易を仲介すれば、効率的であると共に、透明性も高まります」
それを聞いたアーシムの眉がピクリと跳ね上がった。
さすがの外交巧者にしても、聞き捨てならない内容だったのだろう。
「貴国は黒竜鉱の流通量を知られても構わないと?」
「元より我が国は、黒竜鉱にはさして興味がありません。もちろん状況が落ち着けば、多少の買い付けはするかもしれませんが、知られて困ることではありませんね」
「しかし、品名を偽ればいくらでも運び込むことは可能です」
「それを言いだしたら、もう何も信じられなくなります。ここはお互いを信頼し、透明性を高める仕組みを、共に作り上げる努力をするべきではありませんか?」
「なぜ我々にそれができると思うのですか?」
「それは我々3国が共に地域の安定を願っているからです。我々エウレンディアは大魔境の封鎖に集中するため、ドラグナスは大国の脅威に怯えずに済むようになるため、そして貴国はより多くの国と安全に交易するため」
師匠の指摘は的を射ていたのか、アーシムたちが考える顔をする。
「おっしゃることは分かりますが、我々とエウレンディアがじかに取引きできない現状では、机上の空論でしかありませんな」
「それはご心配なく。貴国の了承が得られれば、すぐにも森林地帯に街道を整備しましょう」
「は? 鬱蒼と樹木が生い茂る森林地帯に街道を造るなど、正気とは思えませんな。どれほどの時間と労力が掛かることか」
アーシムの決めつけに、アヤメが笑い声を立てる。
「オホホホホホ、エウレンディアの土木技術を侮ってはなりませんわ、閣下。森林地帯にはすでに立派な街道が、それこそ網の目のように整備されているのです。エルフの森に対する知識と魔法あっての技ですが、そうでなければ彼らが、大軍を動かせたはずがありません」
「むう、たしかに1年ほどで軍備を調えたとすれば、有り得る話か……」
「そのとおりです。貴国の承認をいただければ、3ヶ月ほどで開通させてみせましょう」
「3ヶ月? 3年ではなくて?」
師匠の宣言に、同盟の高官が驚いている。
まあ、やろうと思えばもっと早くできるけど、この場はそういうことにしておこう。
するとアーシムが真剣な表情で問うてくる。
「仮にそれができるとしても、大軍の移動を可能にする街道は諸刃の剣です。互いの安全保障はどのようにお考えか?」
「それは互いの領内に関所を設ければよいこと。もしお望みなら、我が領内の街道沿いの駅に、貴国の監視官を常駐させても構いませんよ」
これはエウレンディアから不意打ちをくらわないよう、監視する仕組みを作ってもいいよ、という配慮だ。
「そこまでして、何の得が貴国に?」
「帝国を通さずに貴国と直接交易ができるだけで、メリットは計り知れません。それに流通網ができれば、貴国から資金も流れ込むでしょう。さらにはドラグナスのみならず、他の国とも幅広い交易が可能になります。そのうえで友好条約が結べれば、安全保障上のメリットも大きいと考えます」
「つまり貴国は、街道を整備することで交易を活発にし、さらにドラグナスを含めた3国の安全保障を強化したい、と?」
「それだけではありません。ゆくゆくは他の国とも協調して、地域の安定化を図るつもりです。地域の安定を損ねるような国に対して抗議したり、制裁措置を加えるような仕組みを作りたいですね」
「それはエウレンディアが、この地域の盟主になると言っているようにも聞こえますが」
師匠の構想はあまりに理想論すぎて、ついていけない者も多いだろう。
そこで俺も、師匠の発言をフォローすることにした。
「別にそんなつもりはないけど、地域が安定するならそれもありでしょうね。だけどあくまで我々の望みは、自国の安全保障です。それを他国と協調してやっていこうというだけで、支配しようなんてつもりはありませんよ。それは今後の行動で示していくつもりです」
「ふむ、ワルデバルド王にそこまで言われては、疑ってばかりもいられませんな。よろしい、今日聞かせていただいたお話を元に、こちらも対応を検討させてもらいます。明日にも結論を出しますので、今日はここまでにしましょう。今晩はこちらで用意した部屋でお休みください」
こうして自由都市同盟との交渉の1日目は終わった。
俺たちの異例の申し込みに対して、同盟がどう反応するか楽しみである。
その晩はアーシム主催の晩餐会に招待され、美味い料理と酒を楽しんだ。
さすが、同盟のトップだけあって、アーシムは見事なホスト役だ。
そしてどんな席でも情報収集を怠らないその姿勢も、見習いたいものである。
いろいろと勉強することは多い、そう感じさせられた日だった。