69.同盟との交渉1
早々に”竜の咢”を封鎖し、新生エウレンディア王国を立ち上げた俺たちだったが、そこへ自由都市同盟とヴィッタイトから、会談の要請があった。
幸いにも帝国軍の動きは鈍かったので、その間に話を付けることにする。
「それじゃあ、行ってくるよ」
「お気をつけて、陛下」
「後を頼みますよ、グラーフ」
「は、宰相閣下もお気をつけて」
「おとなしくしているのですよ、サツキ」
「うん、分かった」
俺はガルダに師匠とアヤメを乗せ、自由都市同盟へと旅立とうとしていた。
本来は俺と師匠だけの予定だったが、どこからか聞きつけてきた彼女が、同行の利を説いた。
竜人族の後ろ盾を持っていると思わせることで、交渉が有利に進められると言うのだ。
結局、師匠がその意見を認め、同行を許した。
そしてその場には、一緒についてきたそうなアニーとレーネもいた。
「気をつけてね、ワルド」
「お土産、忘れないで」
彼女たちは実際についてきたがったのだが、遊びじゃないんだし、さすがに定員オーバーだ。
そこで何かお土産を買ってくるといって、なだめたのだ。
「ああ、すぐに帰ってくるよ」
大勢に見送られながら、ガルダの羽がバッサバッサと羽ばたくと、俺たちは宙に浮かぶ。
風の上位精霊でもある彼は、風を操っているので不快な揺れもない。
おかげで見た目以上に安全な空の旅を、俺たちは満喫できるのだ。
今回向かう同盟の都市の名はカラバ。
自由都市同盟の評議会が本拠とする、同盟の首都だ。
場所的には、マルケより東へ徒歩で1週間ほど。
しかしガルダの速度なら、1日も掛からない。
現地入りすると、同盟と交渉している者と落ち合い、宿に入る。
ちゃんと評議会には連絡を入れて、翌日に会談を設定してもらった。
「それでは交渉の成功を祈って、乾杯」
「「乾杯」」
同盟との交渉役であるシオンが、ささやかな宴席を設けてくれた。
まずはワインで乾杯だ。
「我ながら半信半疑でしたが、本当に陛下がいらしてくださるとは感激です。しかもドラグナスの使者まで同行されるのですから、明日の交渉も有利に進むことでしょう」
シオンが上機嫌で杯を空ける。
そんな彼を、師匠がたしなめた。
「あなたがそんなことで、どうするのですか? 外交に油断は禁物ですよ」
「はあ……申し訳ありません。しかし、陛下やガルドラ様は議長の知己だと聞きますし、私がやるよりもずっと話が早いですよね?」
「何を甘いことを。陛下がいらしたからこそ、注意が必要なのです。油断していると、とんでもない約束をさせられますよ。それを補佐するのが、我々の役目です」
「はい、肝に銘じます」
その後も師匠はシオンから情報を聞き出し、指導していた。
シオンはエルフの男性で、元々、師匠の配下だったらしい。
同盟との窓口を任されるからには優秀なんだろうが、それだけに師匠も手厳しい。
俺とアヤメは、そんな彼らのやり取りを見ながら、食事を楽しんだ。
明けて翌日、予定の時間に同盟の行政府を訪れると、すんなりと応接室へ通された。
しばらく待っていると、ドヤドヤと同盟の人間が部屋に入ってくる。
その先頭をきっているのは、評議会議長のアーシム・クラインバードその人だ。
「これはこれはガルドラ殿、そしてワルド殿、お久しぶりです。いえ、ワルデバルド王とお呼びするべきでしたかな」
「お久しぶりです、アーシム閣下。お察しのとおり、こちらが我が主君、ワルデバルド陛下になります」
「フフフ、ただ者ではないと思っていましたが、エウレンディア王家の末裔でしたか」
アーシムが親し気に握手を求めてきたので、こちらも応じる。
「その節はどうも、アーシム議長。そちらも身分を隠していたので、お互いさまですよね?」
「そうですな。ガルドラ殿には気づかれていたようですが。そういえば、貴殿は宰相に就任されたのですな?」
「はい、非才の身ながら、陛下の王道を補佐する役をいただきました」
「非才だなどと、とんでもない。近隣で最強の宰相が再任されたとあっては、こちらもうかうかしてはおられませんな。ところで、そちらのご婦人は? ドラグナスの使節の方とお見受けしますが」
アーシムは抜け目なく、アヤメにも探りを入れる。
彼女はサツキ同様、緑色の髪に青い瞳の美女だが、その額に親指ほどのツノが2本生えている。
そのドラグナス特有の容姿から、推察は簡単だろう。
「はい、初めてお目に掛かります、アーシム閣下。ドラグナスの次期族長候補、イッシンが妻アヤメと申します。本日はエウレンディア王国のお手伝いをするため、同行させていただきました」
「それはまた興味深いお話ですな。立ち話もなんですので、皆さんお掛けください」
アーシムに促され、俺たちはテーブルに着く。
「それで、エウレンディアの状況は、いかがですかな? 帝国に勝てますか?」
いきなり直球を投げ込むアーシムに、師匠がさわやかに応じる。
「まだ直接は戦っていないので、なんとも言えませんが、もちろん勝つつもりです」
「ふむ、しかしそれは簡単ではない。というよりも、普通は無謀だと考えるでしょう」
「ええ、おっしゃるとおりです。そこで貴国には、我が国への援助をお願いしたいと考えております」
「ほう、たしかに帝国と戦うには、膨大な物資や資金が必要ですからな」
「そのとおりです。今までは広く商人から投資を募ろうと考えていたのですが、もし同盟も関与していただけるなら、これほど嬉しいことはありません」
「ふ~む、心情的にはご協力したいところですが、はたしてそれに見合う力をお持ちでしょうか? そもそも”竜の咢”を封鎖できねば、大規模な移住もままならないでしょう」
「すでに封鎖しておりますよ」
アーシムの疑問に、師匠が即答する。
しかし、その意味を理解するのに時間が掛かり、数舜の間が空いた。
「……は、今なんと? 竜の咢が、すでに封鎖されているとおっしゃるのですか?」
「そのとおりです。必要とあらば、人を送って確認してもらっても構いませんよ」
「い、いえ、お言葉を疑うわけではありませんが……たしか、エウレンディアの再興を宣言してから、まだ3週間足らずのはずだ」
「ええ。しかし現実に、すでに咢の封鎖のみならず、領内の大型魔物の討伐も終わっております」
「なっ、魔物の討伐まで終わっていると? たしかに我が同盟からも、相当な人数が移動していると聞きますが、それほどの戦力を保持しておられるのですか?」
「我が国の軍は、質を重視した精鋭ですから」
アーシムを始め、同盟の高官が思わず声を荒げてしまうほどには、衝撃的な話だろう。
彼らは頭を寄せて相談を始めた。
やがてアーシムが姿勢を正して向かい合う。
「失礼しました。さすがは大魔境の門番、といったところですな。して、今後の見通しはいかがでしょうか?」
「まずは領内に来襲する帝国軍を、迎え撃つ予定です。大型魔物すら容易に討伐できる我らにとって、さほど問題があるとは思っておりません」
「しかし、かの国には”帝国の7剣”がおりますぞ。それほど容易ではないのでは?」
アーシムの懐疑的な表情にも、師匠はにこやかに答える。
「それこそ願ってもないこと。15年前の侵略を先導したあの人外どもに、目にもの見せてやりましょう」
「それほどまでに自信がおありですか?」
「もちろんです」
その態度にアーシムが考え込んだ。
やがて彼は試すように問いかける。
「言葉だけなら、なんとでも言えるもの。失礼ながら、何か信頼に足るものを示してもらわないことには、話は進みませんな」
「いいでしょう。陛下、お願いします」
「了解」
師匠の要請に応え、俺は七王の盾を展開させた。
ガシャンと拡がった盾が金色に輝くと、アフィとシヴァ、そしてインドラが姿を現す。
それを初めて目にした人々が、悲鳴を上げて席を立とうとする。
「静まれっ。彼らに敵意はない」
さすがは評議会議長。
アーシムは精神力で恐怖を押さえ込み、冷静に振る舞ってみせた。
それを見た者が1人、また1人と席に戻る。
「うちの者が失礼しました。しかし、もう少し配慮していただければ、嬉しかったですな」
「それは申し訳ありませんでした」
アーシムの嫌味に、師匠がしれっと答える。
わずかに顔をしかめながら、アーシムが言葉を続けた。
「七王の盾。すでに復活していたのですな?」
「ええ、これなくして、エウレンディアの再興はあり得ませんから」
「ふむ、ならば先ほどの言葉にも、現実味が出てきますな」
そう言ってアーシムは、愉快そうに笑った。




