67.共同作業
意外にあっさりと王都を掌握した俺は、久しぶりに拠点へ戻った。
すると留守を守るリムルと、その母ルーザが出迎えてくれる。
「お帰りなさい、ワルドさん!」
開口一番、リムルが抱き着いてきた。
その大胆な行動に面食らう俺を差し置いて、彼女が俺の胸に顔を押しつける。
「おいおい、どうしたんだよ? リムルちゃん」
「だってワルドさん、全然帰ってきてくれないし、とうとう王様になっちゃったって聞いたから、不安になって……」
するとルーザが申し訳なさそうに、彼女をたしなめる。
「これ、リムル。ワルドさんはもう陛下と呼ばれる立場なのですよ。そのようにして困らせてはなりません。申し訳ありません、陛下」
「ああ、なるほど。俺が遠い存在になるのを恐れてるのか。まあ、身内だけなら、今までどおりでいいから、そんなに心配するなよ」
ポンポンとリムルの頭を叩きながら言うと、彼女が唇をとがらせた。
「もう、子供扱いしないでください。私、もう遠慮するのはやめたんです。これからもっともっと、ワルドさんの役に立つよう、がんばりますから」
「……あ~、そうか。うん、まあ、がんばれ」
どうも面倒なことになりそうだったので、その場はそれでごまかした。
その後、汗を流してから、サイモンの自宅へ向かう。
彼の家では、サイモンがはりきって歓迎してくれた。
さっそくテーブルに着くと、次から次へと料理が運ばれてくる。
「さて、それでは陛下にひと言、お願いできますかな?」
準備が整ったところで、サイモンから言葉をせがまれる。
そこで俺はワイングラスを手に取り、言葉を紡いだ。
「今日は手厚い歓迎に感謝する。そして無事に王都を掌握してくれたこと、何よりも嬉しく思う。明日からは新たな戦いが始まるが、今日はゆっくり楽しもう。乾杯」
「「「乾杯」」」
出席者がグラスを掲げ、乾杯する。
その誰もが、顔を希望に輝かせていた。
やがて食事を取りながら、情勢を確認する。
「帝国の動きはどんな感じ?」
「そうですな。まだ事が公になって数日です。ようやく国境線の砦に情報が伝わったかどうか、というところでしょう」
サイモンの報告に、師匠が言葉を添える。
「砦に潜んでいる部下からも、同様の報告が来ています。何か動きがあれば伝書バトで知らせてくれるので、都度、ご報告いたします」
「おお、さすがはガルドラ様ですな。よろしく頼みますぞ」
「うん、頼むよ。それにしても、帝国は実際にどう動くかな?」
そんな疑問を口にしたら、出席者の顔が曇った。
皆、陽気に振る舞ってはいても、内心は不安なのだ。
「間違いなく全力で叩き潰しにくるでしょうが、どの程度の時間が掛かるか、それは分かりませんね……何、帝国も1枚岩ではないのです。七王の盾を取り戻した我々なら、十分に対抗できるはずです。しかしそんな話は、また明日以降にしましょう。今日はめでたい日です」
「ああ、そうだね。今日は気楽にやろう」
師匠の提案に、即座に同意する。
今ここで悩んでも、なんにもなりはしないのだ。
しっかり情報を集めて、軍議の席で話し合えばいいことだ。
その後はみんな、気楽な世間話に花を咲かせた。
翌日は朝早くから、王城跡へ出掛けた。
今は廃墟の王城跡へ、いろいろな施設を建設するためだ。
「さ~て、どこから始めようかね」
「まずは陛下の土魔法が、どの程度のものか拝見させてもらえますか? それによって、やり方は考えましょう」
「了解。それじゃあ、まずはここを更地にしようか。出てこい、ソーマ」
「ギュ~」
召喚に応じて巨大モグラの土王が現れた。
彼は嬉しそうに俺にすり寄り、鼻先をこすり付けてくる。
「こら、くすぐったいぞ。それじゃあ、今からここを整地するから、手伝ってくれ、ソーマ」
(了解)
俺はソーマの体に左手を当て、魔法行使後の整地イメージを伝える。
別にこの距離ならば接触の必要もないのだが、やはりこっちの方がよいように思える。
そして十分にイメージを共有した時点で、2人の魔力を解放した。
俺たちの足元から、バキバキと音を立てて、地面がならされていく。
それはまるで波のように広がり、壊れた石垣や草木を飲み込んでいった。
やがて百歩四方ほどの土地がすっかり平坦になって、ようやく止まる。
「フウッ、初めてにしては、上手くできたかな」
「ギュ~」
額に浮かんだ汗をぬぐいながら、周りを見ると、皆があっけに取られていた。
やがて気を取り直した師匠が、感想を漏らす。
「コホン、これはまた、想像以上ですね。私が同じことをやろうとしても、2、3日は掛かる仕事です」
「えっ、そんなに掛かるの? 師匠ならこれぐらいやれると思ってた」
「ご冗談はおよしください。私が契約している精霊は、せいぜい中位の存在。精霊王に匹敵する七王とは、比べ物にならないのですから」
「ふ~ん、そんなものなんだ。逆に上位の精霊と契約すれば、もっと大きな魔法も使えるってこと?」
「まあ、理論的にはそうですね。しかし上位の精霊など、そう簡単に会えるものではありませんよ」
はなから諦めてる師匠を見て、少し疑問が湧いた。
俺は近くにいたアフィに顔を向け、聞いてみる。
「なあ、アフィになら、上位精霊も紹介できるんじゃないのか?」
「う~ん、そんな簡単じゃないわよ。上位精霊ってのは数が少ないから、そうホイホイ呼べるもんでもないの」
何を馬鹿なことを、て感じで否定されてしまった。
しかしその話だと、可能性がないこともないはずだ。
「でも可能性はあるんだろ? なら普段から探しておいて、紹介してくれてもいいじゃないか」
「う~ん、それはたしかにそうだけど、上位精霊ともなると、気難しくて面倒なのよね~。少なくとも、今の私じゃ無理ね」
「今のってことは、可能性はあるんだな? 俺がもっと多くの国民を集めて、盾の力を強化すればいいのか?」
「まあそんなとこね。でもそれには時間も掛かるし、いつできるかなんて分からないわ」
「そっか。でもいつかできそうだったら、教えてくれよ」
「ええ、その時はね」
そんな俺たちのやり取りを見ていた師匠が、残念そうに言う。
「ひょっとして上位精霊との契約が可能かと期待したのですが、そう簡単ではないようですね。残念です」
「ほんとにね。もし契約できたら、もっとワルドを手伝おうと思ったのに」
「そうね、また誰かさんが死にそうになったら、助けてあげられるのに」
アニーとレーネもそれに同意する。
まあ、レーネの言い方は素直じゃないが。
そんな彼らに、アフィが新たな提案をする。
「それだったら、ガルドラたちもワルドを手伝えばいいじゃない」
「そんなことが可能なのですか?」
「ええ、最初から私を視認できたあなたたちなら、ワルドと同調が可能だと思うの。盾を媒介にして同時に魔法を行使するのよ。試しにやってみたら?」
「ふむ、興味深いですね」
「ええ、やってみましょうよ」
それからお互いのイメージをすり合わせ、実際にやってみた。
俺は右手でソーマに触りつつ、左腕の盾を前に掲げる。
そしてそこへ師匠、アニー、レーネが手を重ね、意志の疎通を試みた。
「あっ、本当だ。なんとなくみんなの考えが分かる」
「本当ですね。これなら成功しそうです」
「なんか気持ち悪~い」
「何が気持ち悪いんだよ? レーネ。ソーマもいいか?」
「ギュー」
また別の場所を整地するイメージを共有しながら、魔力を解放した。
するとさっきよりも簡単に、大地に魔法が作用する感覚を得る。
実際に時間も短く、しかも魔力の消費が少ない状態で、さっきの倍以上の土地がならされる。
「うん、さっきよりずいぶんと楽になった」
「なるほど、これが七王の力ですか」
「うわ~、凄いわね~」
「フ、フン。私が手伝えば、こんなものよ」
これなら思っていたよりも早く、土木作業は終わりそうだな。