66.王都掌握
”竜の咢”を封鎖したうえで、領内にいる大型魔物を排除した。
ギガントサウルスやティラントドラゴンを平らげれば、あとは一般兵士でも対応できるので、俺とじっちゃんはナリム村へ帰ってきた。
「陛下、”竜の咢”の封鎖、ご苦労様でした。しかもすでに大型魔物の排除まで済んでいるとは、さすがですね」
「うん、これも七王が想像以上に成長してるおかげだけどね。俺が王位に就いてから、また強くなったみたいなんだ」
「それもひとえに、陛下が国民の敬意を勝ち得たからでございましょう。残りの雑事は兵士に任せ、今後は領内の掌握にご集中ください」
「ああ、そのつもりだ。準備は整ってる?」
「もちろんです。すでに仕込みは終わり、陛下の到着を待つばかりでした」
師匠が地図を広げながら状況を教えてくれる。
俺の戴冠後、主力軍は南森林からナリム村へ進軍し、付近で野営している。
そして王都を始めとする各都市には、新生エウレンディアの協力者が潜り込み、地下組織を構築済みだ。
あとは俺が兵を率いて進軍すれば、協力者が蜂起して各都市を掌握する手はずになっている。
「いよいよだね」
「はい、いよいよです。しかし、これはただの始まりに過ぎません。帝国軍の侵攻をはねのけるほどの力を、早急に調えなければなりませんからね」
「ああ、そうだね。はたして国外から、どれだけの協力が得られるか……」
俺たちが1年足らずで調えた兵力は、3万2千ほど。
その内、3千は”竜の咢”の防衛および、魔物の掃討に当たるので、帝国に備えられるのは3万もいない。
さらに3万もの兵を食わす兵糧や、武器防具も必要だ。
武器や防具は鉱山都市オリンポスから供給されているが、とても供給が追いつかない。
さらに兵士以外の国民も10万単位で増えているので、そのための物資も膨大だ。
いずれ平野部では農業を復活させるが、当面の食料は森林地帯の備蓄と、国外からの輸入に頼るしかないのだ。
そうなると問題になるのが、それを買う金と運び込む経路だ。
経路については森林地帯に街道を整備したので、これはなんとかなる。
最大の問題はやはり金と、エウレンディア相手に商売をしようという協力者だ。
金については冒険者活動による稼ぎと、旧国民からの寄付を募った
しかしその程度では、帝国相手の戦争に足りるはずもない。
当面の戦争に備えるだけでなく、国家の基盤も整えていかなければならないからだ。
そこで秘密裡に資金援助も募ったのだが、今まではおおっぴらにできなかった。
これから新生エウレンディア王国の建国を宣言した時、各国の財界がどう反応するか?
それ次第では、今後の戦い方を考え直さなければならない。
「まあ、私はあまり心配してませんがね」
しかし師匠は、余裕の表情で語る。
「そんなに楽観してもいいの?」
「はい、何しろ我々はこれから、大魔境の資源を独占するのですから」
「う~ん、そんなに上手くいくかなぁ?」
「陛下と七王の力があれば、まあなんとかなるでしょう」
大魔境の資源とはつまり、魔物たちのことだ。
俺を始めとするエウレンディア系冒険者はこの数ヶ月、ナリム村を拠点にして、凄まじい勢いで魔物を狩ってきた。
普通だったら軍隊が必要なオークの群れとか、下位の竜種ですら狩ってたからな。
おかげでけっこうな儲けが出ているのだが、あまり派手にやると帝国に嗅ぎつけられる。
そこで最優先で自由都市同盟へ通じる抜け道を造り、ダリウスの息子のサナルド経由で、魔物素材を取引きしている。
同盟はさすが商業が盛んな土地だけあって、素材への需要も高い。
魔物の素材は武器や防具だけでなく、貴重な薬や魔道具の材料にもなるのだ。
そんな材料が大量に出回ったもんだから、同盟の商人は大喜びだ。
おそらく同盟評議会のアーシムなどは、何が起こっているかを、ある程度つかんでいると思う。
しかし師匠と一緒に見てきたとおり、彼らがエウレンディアの敵に回る可能性は低い。
そして俺たちが上手く国土を回復してみせれば、援助も引き出しやすくなる。
師匠はそう考えているのだろう。
「まあ、できるだけのことはやってみせるさ。まずは王都の奪還だね」
「ええ、そこからの手際の良し悪しが、王国の命運を決めます。細かいことはこちらでやりますので、陛下は鷹揚に構えていてください」
「了解。そっちは任せるよ」
さすがは師匠、こういう時は頼りになる。
持つべきは信頼できる部下、かな。
その翌日に俺たちは、王都へ向けて進軍を開始した。
2万近い兵力が隊列を組んで、しずしずと進む。
北森林からも同様に1万近い部隊が進軍していて、北側の諸都市を制圧する予定だ。
ちなみに俺はインドラの背に鞍をくくりつけて、それに騎乗している。
国王として威厳を示すためなんだが、意外と乗り心地も悪くない。
インドラとは常に意思の疎通が可能で、揺らさないように歩いてくれるからな
すでに諸都市には先触れを出し、冒険者ギルドを中心とした自治組織は掌握されつつあるはずだ。
そのうえで大兵力を見せつけることで、新生エウレンディア王国の威容を示すのだ。
まあ、その内情はまだまだ脆弱で、問題だらけなのだが。
しかしそんな軍隊でも、規律の遵守だけは徹底した。
もしも都市の住民に無体な真似をしようものなら、ただでさえ少ない国民にそっぽを向かれてしまう。
そうならないよう、部隊長にはくどいほど念を押してあるし、補給が途絶えないよう配慮もしている。
しかし万単位の人間が集まれば、いろんな奴がいるものだ。
中には物心ついてからずっと国外で暮らしていたため、”エウレンディア王国、何それ?”っていう若者も多いのだ。
幸いにも年配の旧国民の愛国心は強く、それらを上に据えることで、なんとか秩序は保てている。
ただし、ひとたび形勢が悪くなれば、それも維持できなくなる可能性が高いってことだ。
そういう意味でも、まだまだ油断はできないのだ。
そんなことを考えながらも順調に進み、俺たちは3日で王都へ到着した。
入場に際して、ひと悶着あるのかと思ってたら、あっさりと入場を許される。
そして王都の民は、俺たちを大歓声で迎え入れたのだ。
「ずいぶんと歓迎されてるね」
「ええ、ダリウスたちが、がんばってくれたのでしょう。皆、新生エウレンディアの国民になることを、喜んでいるようです。ほら、陛下。手を振ってあげてください」
隣を並走する師匠に話しかけると、当然のように言われた。
俺は拍子抜けした思いで、にこやかに手を振りながら進んだ。
やがて冒険者ギルドの前に着くと、身なりのいい者たちが一斉に挨拶をしてきた。
「お待ちしておりました、ワルデバルド陛下。私は領内の冒険者ギルドを束ねております、サイモンと申します」
ひと際体格のいいおっさんが、代表であいさつする。
俺はインドラに乗ったまま、それを受けた。
「出迎えご苦労、サイモン。無事に王都の住民をまとめてくれたようだな?」
「ははっ、何ヵ月も前から準備してきた甲斐がありました。もっとも、旧エウレンディア系の住民が多いので、さほど苦労はありませんでしたが」
「そんなに簡単なはずはないだろう。ダリウスも含め、皆が慎重にやってくれたおかげだ。改めて礼を言うぞ」
「誠にありがたきお言葉……」
俺の言葉に、サイモンが涙ぐむ。
彼は謙遜しているが、そんなに簡単なはずはないのだ。
たしかにエウレンディア領は帝国に見捨てられた土地だが、まったく無警戒なわけでもない。
その点、情報をしっかりと統制した手腕は、褒めるに値するだろう。
「今夜の宿泊については、我が家で準備をしております。むさ苦しいところですが、ぜひお越しください」
「む、そうか。しかし知ってのとおり、俺はこの王都にも家を持っている。仲間もいるので、晩餐だけいただくとしよう」
「かしこまりました。案内の者を迎えにいかせます」
「頼む。それからアハルド、兵の統制を頼む」
「万事心得ております、陛下。今日はごゆるりとおくつろぎください」
じっちゃんがうやうやしい態度で、俺に接する。
幾ばくかの寂しさを感じないでもないが、これが本来の距離なのだ。
慣れなければならない。
さて、王都の掌握はあっさりと成ったが、まだまだやることは多いぞ。