7.俺の素性が隠された訳
森の中で七王の盾と光王アプサラスを手に入れた俺は、詳しい事情を聞くために村へ戻ってきた。
そしてじっちゃんと師匠を見つけると、アフィが師匠の名前を呼んだのだ。
呼びかけられた師匠は、驚きながらも頭を下げた。
「これは光王様。お久しぶりです」
「ええ、久しぶりね。だけどガルドラ、あなたがワルドに何も話してないから、大変だったのよ」
「それは申し訳ありませんでした。事情はこれから説明させていただきましょう」
「ガルドラ様。一体なんの話をしておいでですか?」
事情の分からないじっちゃんが、会話に割り込む。
彼にはアフィが見えないのだから、戸惑うのも当然だろう。
そんな彼に、師匠がヒントを出した。
「アハルド。ワルドの左腕を見なさい」
「左腕と言いますと……はっ、ひょっとしてあれは?」
「そうです。我らの念願が、ようやく実現したのです」
「そう、なのですか? 本当に七王の盾が……まさか、まさかこの日が本当に来ようとは……ウオオ~」
事情を察したじっちゃんが泣きはじめ、周囲の視線を集めてしまった。
そんな彼をなだめ、周囲の人間をごまかしてから、師匠の家へ向かう。
いそいそと彼の家へ移動してから、客間でテーブルを囲んだ。
さらに師匠が呪文を唱える。
『我は風精に願う、風の伝わりを断ちて、我らが会話を秘したまえ。風結界』
これは結界の中の音を封じ込めて、密談をするための魔法だったはずだ。
師匠はよほど、これからする話を隠したいらしい。
「これでいいでしょう。これから話すことは、とても機密性を要することです。決して他へ漏らすことのないように」
「そのような場に、私がいてもよいのでしょうか? お師様」
師匠の言葉に、アニーが疑問を呈する。
「アニエリアスさんは、光王様が見えているのですよね?」
「妖精の姿なら見えます。光王とは一体……」
「ならばあなたには、この話を聞く資格があります。そしてこれからあなたは、ワルドを助けてあげてください」
「ワルドを、ですか?……分かりました」
アニーが納得すると、師匠が姿勢を正して喋りはじめた。
「まずはワルド。あなたはどこまで把握していますか?」
「えっ……とりあえず俺がエウレンディア王家の生き残りらしくて、七王の盾とアフィ、あ、光王を手に入れたってことぐらいかな。それと、これから残りの七王を解放しろって言われてる」
「ワルド、何言ってるの? 王家の生き残りですって?」
俺の言葉に激しく反応したアニーを、師匠がなだめる。
「落ち着いてください、アニエリアスさん。彼の言うことは、事実なのです。ワルドこそ、エウレンディア王家最後の生き残り、ワルデバルド・アル・エウレンディア殿下なのですから」
「う、嘘……だってそんなこと今まで何も……」
「今まではあえて隠していたのです。殿下のため、そしてエウレンディアのために」
「それだよ! なんで、なんで俺は、あんなに辛い思いをしなきゃいけなかったの? 無能だのゴミだの言われ続けてさ」
俺の問いかけに、師匠が苦渋の表情を浮かべる。
「それは本当に申し訳ありませんでした。殿下が魔法を使えないため、どれほど辛い思いをしてきたか、それは知っているつもりです。しかし七王の盾を持たない王族の存在は、誰にも知られるわけにはいかなかったのです」
「そ、それって、どういうこと?」
痛ましい表情で、師匠が説明を続ける。
「エウレンディアの王都が陥落したあと、多くの国民が森林地帯へ逃げ込みました。それは私たち一部の有志が、準備を整えていたからです」
「整えていたってことは、師匠は帝国の襲撃を予想してたの?」
「あり得る事態として、認識はしていました」
「そんな、なんで師匠にそんなことが?」
それに答えたのは、じっちゃんだった。
「賢者ガルドラ様、彼は周囲からそう呼ばれていた。そして先々代王の時代には、宰相を務められたお方でもある」
「そんなの初めて聞いた。アニーは知ってたか?」
「ううん、私も初めて」
俺たちの会話に、師匠が苦笑する。
「その呼び方は禁じたのですよ。私のような人間がいると帝国に知られれば、殿下の存在も嗅ぎつけられる恐れがありましたから」
「それもそうか……それで、師匠が国民を逃がしてから、どうなったの?」
「しばらくは団結して、反撃の機会を窺っていました。しかし七王の盾を失った我らに、帝国軍を撃退する力などありません。やがて”竜の咢”から溢れ出した魔物たちが、国中をのし歩くようになりました。そうなると我らも、身を守るので精一杯です。幸い帝国軍も魔物には手を焼いて、本来の国境付近まで後退しました。監視の目が緩んだその隙を突いて、多くの国民が国外へ脱出したのです。今でも多くの元国民が、ヴィッタイト王国や自由都市同盟で生活していることでしょう」
旧エウレンディア領の北東に位置するヴィッタイト王国や、南東に位置するオクサル自由都市同盟に、エウレンディアの民が逃げたってのは、聞いたことがある。
ヴィッタイト王国は獣人主体、自由都市同盟は単人族主体ながら、どちらも異種族が共存する国だ。
エウレンディア王国も、エルフ主体で異種族が共存していたので、両国との関係は良かった。
ただし仇敵のアルデリア帝国はヒュマナス至上主義が強く、獣人種や妖精種は迫害される傾向にある。
「それと俺の話は、どうつながるの?」
「考えてもみてください。もし王族の生き残りがいると知れば、それを旗印にして抵抗運動を続けようとする者が出るでしょう?」
「まあ、そうなる可能性は高いだろうね」
「間違いなくそうなりますし、帝国はそれを最も恐れていました。だから帝国軍は王都を急襲し、王族を根絶やしにしたのです」
「でも、俺は生き残ってるよ」
「我々がその死を擬装したのです。ご両親のヴィレルハイト王とサリアリーナ女王は、殿下を逃がすため自らが囮となりました。もちろん赤子の死体を準備して、殿下が死んだように見せかけてもあります」
「そんな…………ひょっとしてあの光景は」
俺はしばしば夢に見る、あの光景を思い出した。
するとじっちゃんがそれを肯定する。
「ワルドがよく見るという夢は、前王夫妻との最後の別れの場面だ。あの時、儂がワルドの身柄を託され、この隠れ里へ逃げ延びた」
「……そうか、あれはただの妄想じゃなくて、やっぱり両親の記憶だったのか……そうか」
「今まで教えてやれず、すまなかった」
俺はよくじっちゃんに夢のことを話していたのだが、彼は俺を拾っただけだから知らない、としか言わなかった。
それもこれも俺の存在を隠すためなので、恨みには思わない。
それよりも、俺に両親の記憶があったことが嬉しかった。
そんな感傷をよそに、師匠が話を続ける。
「エウレンディアの王族を根絶やしにしたと確信した帝国は、大きく警戒を緩めました。さらに魔物への対応に追われ、残存勢力の掃討もおろそかになります。そこで私たちは、他国への移住を大々的に呼びかけたのです。すでに希望を失っていた国民は、徐々に移動していきました。しかし、もしそこで王族が生き残っていたと知れば、どうなるでしょう?」
そう言われ、さすがに俺も意図を察した。
「まだ戦おうとするかもしれないね」
「そうです。必要以上に帝国に抗い、より多くの犠牲が出ていたでしょう。そしてそれは無駄な努力にしかなりません。あの状態ではどうしたって、帝国には敵わないのですから」
師匠が言葉を止めると、しばし沈黙が続いた。
俺もアニーも、初めて知る事実に慄いていた。
やがてその沈黙を破ったのは、アフィだった。
「だけどこうやってワルドを守ってきたからには、それだけで済ませるつもりじゃなかったのよね?」
「それはもちろんです。エウレンディア王家唯一の、しかも直系の生き残りがいれば、七王の盾が復活する可能性は高いと考えていました。それもワルドが成人する今年辺りに、何かが起こるのではないかと」
「それで最近、いろいろ聞いてきたのか……」
言われてみれば最近、じっちゃんや師匠から何か変わったことがないかと、よく聞かれていた。
「そのとおりです。そして事実、光王様は復活された。光王様、いえアフィさんはこれまで、何をしていたのですか?」
「えっ? そうね……よく覚えてないけど、精霊界に帰って、力を蓄えてたわ。14年前に盾が破壊されちゃったから」
「それです。一体14年前に、何が起こったのですか? なぜ帝国はああも簡単に、王都を攻め滅ぼせたのでしょう?」
するとアフィの口から、14年前の惨劇が語られた。
エウレンディア王国周辺の概念図です。
王国は南北の森林地帯と平野部を領土としていました。
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▲ ヴィッタイト王国
▲▲ 森森森森森森森森森
▲ 森森
▲ 北部森林地帯 森━━━━━━━━━━━
▲ 森森森森森森森┃
ボルガ ▲森森森森 ┃
大魔境 ▲ ┃
▲ エウレンディア王国 ┃
▲ ┃
竜の咢 ★ ┃ アルデリア帝国
▲ 王都 ┃
▲ 平野部 ┃
▲ ┃
▲森森森森 ┃
▲ 森森森森森 ┃
▲ 森森┃
▲ 森┃
▲ 南部森林地帯 森━━━━━━━━━━━
▲ 森
▲森森森森森森森森森森 オクサル
▲▲ 自由都市同盟
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