65.巨獣狩り
大魔境からの出口、”竜の咢”を封鎖するため、俺たちは砦の建設に取りかかった。
初日にひとつ目の砦を構築してノウハウを習得した俺は、翌日に2つ目、3つ目と続けて砦を建設した。
そして結界の魔道具を設置すると、15年ぶりに”竜の咢”に結界が発生する。
この結界は魔物の嫌う波動を伴っているそうで、これによって弱い魔物は砦に近寄らなくなり、結果的に大魔境を人界から隔離する。
ただし、ある程度強い魔物や、興奮した奴はその効果を受けにくい。
よって砦に常駐する戦力がそいつらを討伐、もしくは大魔境へ追い返すのだ。
そして結界が機能しはじめたら、今度は領内のお掃除だ。
すでに領内へ入り込んでいる魔物を、始末せねばならない。
「うわ~、めっちゃでかいね、あれ」
「まったくですな」
まだ遠く離れた所からも、小山のような巨体がよく見える。
あれこそが魔境屈指の巨獣、”山王竜”だ。
一応、竜種に連なる魔物だが、幸いにも知性が低いので、下位竜に分類される。
とはいえ、その巨体だけでも厄介なうえに、皮膚がメチャクチャ硬いらしい。
その討伐には数千人の軍隊か、複数の英雄級冒険者が必要になると言われるほどだ。
「さて、それじゃあ、俺たちが倒すから、みんなで解体してもらえるかな」
「お手数をお掛けします、陛下」
しかし俺と七王の力があれば、倒すのはさほど難しくない。
左手を掲げて召喚を念じると、盾が黄金色に輝いて、七王が出現した。
しかも今の七王は、前よりパワーアップしているのだ。
どうやら俺が正式に王位に就いたことが、彼らの強化を促したらしい。
スケルトンの闇王、グリフォンの風王、白虎の雷王、白い大蛇の水王、巨大なモグラの土王、そして火竜の火王はそれぞれ、ひと回りもふた回りも大きくなっている。
その点、妖精の光王の見た目だけは変わらないのだが、彼女お得意の治癒魔法は強化されてるそうだ。
そんな自慢の七王を従え、俺はギガントサウルスに近寄った。
普通の兵士は足手まといだから、じっちゃんでさえ伴っていない。
ある程度近づくと、シヴァとアフィを除いて七王が散開する。
シヴァは俺の前に陣取って防御を担当し、アフィは俺の左肩の上で見物だ。
軽快に移動したガルダ、インドラ、ナーガ、ソーマ、アグニに囲まれて、ようやく気づいたギガントサウルスが警戒の声を上げた。
「ゴオオーーーフ……」
「クワー」
「ガルルルル」
「シャーー」
「ギュー」
「ゴルルルル」
ギガントサウルスの威嚇にそれぞれが応えると、戦闘が始まった。
まず舞い上がったガルダとアグニが、敵に爪を突き立てる。
しかしギガントサウルスの皮膚は鉄のように硬く、ひっかき傷程度にしかならない。
するとギガントサウルスがうるさそうに、その長い首と尻尾を振った。
鞭のようにしなるそれを、ガルダたちがひらりと回避すると、その隙を突いてインドラとソーマが突進する。
インドラはギガントサウルスの後ろ足に食らいついたが、やはり歯が立たない。
そこでソーマは逆の足に頭突きをかまし、敵の動揺を誘った。
その狙いは図に当たり、ギガントサウルスの上体がぐらりとかしぐ。
すかさずソーマが土魔法を使い、ギガントサウルスの足元をへこませた。
踏ん張ろうとした足元がへこんだことで、敵は体を支えられなくなった。
ズドーンという地響きを立てて、ギガントサウルスが転倒する。
「ボエエエーーーッ!」
苦鳴を上げる敵に、近くで水刃を放っていたナーガがスルスルと接近した。
そのままナーガはギガントサウルスの頭部に絡みつき、その喉元を締め上げる。
硬い装甲を誇る敵もこれにはたまらず、暴れ回る。
そんな敵に、七王が追い込みを掛ける。
インドラは柔らかい腹部に食らいつき、ソーマはギガントサウルスを立たせまいと、足を拘束する。
ガルダは敵の頭部に攻撃を繰り返し、アグニは首筋に爪と牙を突き立てる。
そんな容赦ない攻撃によって、とうとうギガントサウルスが息絶えた。
七王の圧勝だ。
俺は魔法で援護しようと思っていたのだが、その暇すらない猛攻だった。
後方の味方に振り返って合図を送ると、じっちゃんが号令を掛ける。
「何をしておる? 獲物は打ち倒されたぞ。ただちに解体に移れ!」
その号令に少し遅れ、兵士たちから歓声が上がった。
彼らは喜びに顔を輝かせて、ギガントサウルスの遺骸に駆け寄っていく。
やがてじっちゃんが、俺の側に来た。
「いやはや、想像以上に早かったですな。さすがは陛下」
「うん、俺も予想外だったよ。王位に就いてから、七王がさらに強くなっているみたい」
七王はエウレンディア王家に伝わる神器だけあって、持ち主の立場によってその強さが変わるらしい。
つい先日まで、俺が王族であることを知る者は、数十人しかいなかった。
それが正式に王位に就いて、国民の敬意を集めることにより、七王はより強くなった。
多くの民意を得るほど強くなるなんて、いかにも王家の秘宝らしい。
その後もギガントサウルスの解体と並行して、領内にいる巨獣を狩っていった。
ギガントサウルスはさらに5体ほど倒したし、”暴帝竜”の相手もした。
ティラントドラゴンは、殺戮小竜のボスを、さらにでかくしたような奴だ。
ボスラプトルもでかかったが、ティラントドラゴンはさらに凄まじい。
直立した頭の高さは俺の3倍近くあり、頭から尻尾までの長さはその倍以上だ。
ラプトルと同様に2本の後ろ足で歩き回り、短い前足と馬鹿でかい頭を持つ。
動く時は体を水平にして尻尾をピンと張り、ノッシノッシと歩く。
その速さときたらギガントサウルスの比ではなく、容易に動きを止められない。
さらに脅威だったのは、敵の知能の高さだ。
ギガントサウルスの時のように七王が囲もうとしたら、奴はそれを抜け出したうえで、俺に向かってきたのだ。
それは野生の勘のようなものかもしれないが、とにかく奴は俺が司令塔であることを、瞬時に見抜いてのけた。
そしてあっという間に近寄って、飛びかかってきたのだ。
(闇堅殻!)
しかしすかさずシヴァが張ったシールドに、はねのけられる。
「よくやった、シヴァ。極大氷飛槍!」
俺はお返しとばかりに、巨大な氷の槍をお見舞いしてやった。
はね返されてバランスを崩した敵の腹に、氷槍が突き刺さる。
さすがに仕留めるには至らなかったが、深手を負わせた。
すると敵に裏をかかれた怒りか、インドラやアグニが、凄まじい勢いで突っ込んできた。
かくして最強の暴帝も、瞬く間に七王たちの爪と牙に引き裂かれたのだ。
最期に息絶えるティラントドラゴンの表情は、何が起きているか分からない、といった風だった。
今までは無敵だったのに、あっさりと返り討ちにされたことを、理解できなかたのだろう。
「フウッ、ヒヤヒヤしましたぞ、陛下。あまり心配させてくれますな」
「悪いな、アハルド。だけどこの手の巨獣は、俺たちだけでやった方がやりやすいんだ。無駄に兵は死なせたくないからな」
「そのお心は嬉しく思いますが、下の者に任せることもまた、必要ですぞ」
将軍として付き従うじっちゃんが、俺に苦言を呈してくる。
立場上、そう言わざるを得ないのは分かる。
しかし戦いはまだまだ、これからなのだ。
俺は苦笑しながらも、今後も陣頭に立って戦うことを、覚悟していた。