64.戴冠式
首長会議の翌日、アテナイの大広場は、人であふれていた。
今から俺の戴冠式を行い、祖国奪還の狼煙を上げるためだ。
式典用に仕立てられたステージに、俺と師匠がゆっくりと上がる。
まだこの時点では、俺が王子であることは広まっていない。
なので戸惑いがちに、”あれは誰だ?”というような会話が飛び交っている。
そんな中、師匠が前に出て喋りはじめた。
「エウレンディアの民よ、我々は15年前、帝国の騙し討ちに遭って、国を失いました。今こうして、多くの民が戻ってきてはいるものの、それはやはりエウレンディア王国ではない。なぜなら今の我らは王を持たず、守護者である七王の盾をも、失ったままなのですから」
師匠の声は魔道具で広場の隅々まで届けられており、住民がそれに聞き入る。
「しかしそんな屈辱の日々も、今日で終わりです。ようやく我らは、新たな王を迎えるのですから」
ここで師匠は一旦言葉を切り、俺に手を向けた。
「エウレンディアの民よ、ここにおわすお方こそ、亡きヴィレルハイト王とサリアリーア女王の忘れ形見、ワルデバルド殿下です。そして今日、殿下は正式に戴冠し、我らの王と成るのです!」
師匠が高らかに宣言したにもかからわず、広場はしんと静まり返った。
あまりの重大事に、理解が追いつかないのだろうか。
しかし徐々に事態を理解した者たちが口を開き、広場に喧騒が満ちはじめる。
ここで俺が前に出て右手を上げると、再び静かになった。
「エウレンディアの民よ、今まで時間が掛かったことを申し訳なく思う。それは俺が七王の盾を持たない、弱い存在だったからだ。しかし今はもう違う。すでに七王の盾は復活し、俺は帝国に反抗する力を手に入れた」
ここで左手の盾を展開し、七王を召喚する。
「これがエウレンディアの守護神、七王だっ!」
いつも以上に派手な召喚光に包まれ、七王が姿を現した。
民衆がまたざわめき始める。
ここでアフィがふわりと浮かび上がり、民に向かって声を掛けた。
「エウレンディアの民よ、時は来たれり。我、光王アプサラスは正統なる者に王冠を与え、エウレンディア王国の再建を宣言するものなり」
そう言いながら彼女は光魔法で王冠を形成し、俺の頭にそれを載せた。
次の瞬間、広場に歓喜の声が爆発する。
数千人の民衆が、新たな王の誕生に歓喜していた。
その熱狂は治まることがなく、永遠に続くかと思われるほどだ。
そんな興奮が治まってきた頃合いを見て、師匠が例の言葉を唱え始める。
「ワルデバルド・アル・エウレンディア。神に愛されし我らが王よ。御身の叡智と力もて、この地上に神の恵みを施したまえ。エウレンディアに栄光あれ!」
彼が繰り返す言葉に民衆が同調し、やがて広場がその声に満たされる。
十回ほど繰り返された後、俺は再び両手を上げて民の声を抑えた。
「ありがとう、エウレンディアの民よ。俺は民と七王の祝福を受けて今、王となった。しかしこれは始まりに過ぎない。俺はこれから軍を率いて、領土を取り返しにいく。エウレンディアの民よ、俺に力を貸してくれ。共に帝国軍を故郷から追い出し、名実ともに新生エウレンディア王国を打ち立てるのだ!」
再び大歓声が巻き起こり、大成功のうちに俺の戴冠式と決起宣言が終わった。
これ以後、森林地帯は本格的に戦時体制に移行していく。
膨大な人員と物資が森林地帯から平野部へ送られ、領土を奪還するのだ。
しかし何よりも先に、俺たちは”竜の咢”を押さえなければいけない。
かくして俺は今、”竜の咢”を臨む位置に来ていた。
率いるは魔法使い5百人を含む精鋭、3千人あまり。
「それじゃあ”竜の咢”について、改めて説明を頼む、アハルド」
「はっ。ご存知のように”竜の咢”とは、パイロー山脈に開いた切れ目です。その幅は徒歩で4半刻ほどの距離があり、王国はここに3つの砦を築いて、魔物を遠ざける結界の魔道具を設置していました」
ボルガ大魔境は、パイロー山脈と呼ばれる山岳地帯に囲まれた盆地だが、山脈の一部にその切れ目があった。
この徒歩で4半刻ほどの切れ目は、魔物が通過するには恰好の場所だ。
そこで旧エウレンディア王国は、ここに3つの砦をほぼ等間隔に建設し、そこに結界の魔道具を置いていた。
大抵の魔物はこの結界で封じ込められるのだが、中には押し通ろうとする奴もいる。
これを排除して咢を封鎖するのが防衛隊の役目だが、エウレンディアでは3千人ぐらいでそれをこなしていた。
優秀な精霊術師がいっぱいいたし、交替も容易だったからな。
しかし帝国軍は咢の封鎖に手を焼き、あろうことかその義務を放棄しやがったのだ。
おかげで魔境からは魔物が出ていき放題。
かくして旧エウレンディア領は、狂暴な魔物が跋扈する危険地帯になってしまった。
さすがに魔境を離れると魔素が薄くなるせいか、強力な魔物はそう多くない。
そのため帝国は旧エウレンディア領を丸々、緩衝地帯として使い、本来の帝国領まで兵を引いたのだ。
おかげで帝国領への魔物の侵入は防いでいるものの、エウレンディア領は使えないまま。
一体なんのために王国へ攻め込んだのか、よく分からない状況になっている。
まあ、侵攻当初は王国の財宝やら奴隷やらで、多少は儲かったのだろうが、その代わりに国外へ侵攻する余力を失った。
これではなんのための侵攻だったのか、と非難の声が上がるのも当然だ。
当時の皇帝、ゲルハルト・ヴァンデリン・アルデリアはまだ玉座に留まっているものの、国内の統制に手を焼いているらしい。
「問題はこの15年の間に、魔道具どころか砦すら破壊されていることですが、これは陛下のお力にすがるしかありません」
「ああ、それは任しといて」
当然のことだが、15年も放置されてれば、砦が残っているはずもない。
魔物を遠ざける魔道具が効力を失ってから、魔物たちにボコボコにされてるだろう。
しかしそれぐらい、俺と土王に掛かればどうってことない。
今まで散々、建物を造ってきたからな。
旧国民を森林地帯へ呼び寄せた時にも、臨時宿舎をいっぱい造らされた。
俺も安請け合いしすぎたと、ちょっと後悔したほどだ。
しかし、その甲斐あってか、俺の土魔法は飛躍的な進歩を遂げ、ちょっとした砦なんて朝飯前だ。
まあ、それはいいのだが、やはり問題は魔物の方だ。
「それで、この辺の魔物の目撃情報は?」
「はい、偵察隊の報告では、周辺で”山王竜”が数体。さらに”暴帝竜”も目撃されています」
「うへーっ、とんでもないのがいるな」
「はい、他にも領内に入り込んでいる魔物はありますが、陛下のお手をわずらわすほどのものではありません。まずは”竜の咢”を封鎖してから、大型魔物の討伐に向かいます」
「了解」
”山王竜”ってのは、アホみたいにでかい4足歩行の竜種だ。
まるで小山のようなでかさで、普通の攻撃なんてちっとも効かないそうだ。
それと”暴帝竜”ってのは、以前倒した殺戮小竜みたいな2足歩行のトカゲ。
あの時のボスラプトルをさらに倍ぐらいでかくした体格で、とっても狂暴なんだとか。
「それじゃあ、行こうか」
「はい。全隊、進めっ!」
状況を確認した俺たちは、隊列を整えて前進した。
そして出会った魔物を倒しながら、砦の建設予定地へ向かう。
やがて最初の予定地にたどり着いた。
「あ~、わずかに砦の痕跡が残ってるね」
「はあ、とはいえ、ひどいものですが」
かつては頑強な砦であったであろう場所は、瓦礫の山に変わっていた。
わずかに残る石垣などが、何か人工物があったことをうかがわせるのみだ。
「それじゃあ、砦の建築に掛かるから、周りの警戒を頼むよ」
「はっ、お任せを」
俺は七王を召喚し、ソーマ以外は周囲の警戒に当たってもらう。
そのうえで俺はまた地面に手を着いて、砦の構造をイメージしながら魔力を流しはじめた。
するとズズズッという感じで地面から石の建造物がせり上がり、砦が形成されはじめる。
まず大勢が駐屯できるような2階建ての建物を、中央に形成した。
さらにそれを囲むような防壁を構成し、その4隅に監視用の櫓も設ける。
さすがにモノがでかいだけあって、ここまでに4半刻ほど掛かってしまった。
あとは入り口やら窓の穴を開けたりして、細部を整えていく。
窓にはまた俺が水晶をはめ込んでいき、扉や門はドワーフの工兵に任せた。
結局、全てが終わったのは、2刻ほど後だった。
「フウッ、今日はここまでかな? 思ったより時間が掛かった」
「いえいえ、驚異的な速さですよ。過去の王国ですら、これには何日も掛かったことでしょう」
「う~ん、どうかな? 案外、初代エウレンディア王も、似たようなことやってたかもしれないよ」
「ハハハッ、たしかに最初は、そんなこともあったかもしれませんな」
「早く国の体制が整って、楽ができるようになるといいんだけど」
「まったくそのとおりです。しかし陛下には、まだまだ面倒な仕事が待っておりますぞ」
「まあ、そうなんだけどね」
いずれにしろ、1日も早く祖国を取り返して、のんびりしたいものだ。