62.王との謁見
アニキスとグラーフを保護してしばらくは、彼らのリハビリとギルドの依頼をこなして過ごしていた。
ギルドの依頼にレングスたちも連れてってやったら、妙に懐かれた。
明らかに俺より年上なのに、俺のことを兄貴と呼びやがる。
どうやら奴らは、冒険者の基本を習ってなかったせいで、伸び悩んでいたらしい。
いろいろアドバイスしたり、魔法でサポートしてやったら、なんか自信が付いたとかで、すっかり俺の舎弟気分だ。
しかし、それ以上に驚かされたのはグラーフだった。
手を治した翌日には、早くも剣を振っていた。
そして次の日には俺たちについてきて、魔物と戦ってみせたのだ。
ついこの間までケガ人だったとは、とても思えないような剣筋の鋭さに、元兵団長の実力の片鱗を見た。
そして前回の書記官との面談から5日後、王政府から連絡が届いた。
それで翌日には、指示に従って王城へ出頭する。
竜人族のメダルを提示すると、すんなりと謁見の間に通された。
大して待たないうちに、王の一行が現れる。
先頭を切って歩いてきたのがこの国の王、クライブ・ジークムンド・ヴィッタイトだ。
虎人族としても大柄なその体には、みっちりと筋肉が付いてる。
黄色の髪に緑色の目を持つ顔は武骨だが、どこか憎めない雰囲気があった。
そんな彼が、楽しそうに話しかけてきた。
「おう、おめーらか、ドラグナスとエルフの使者ってのは?」
「陛下、もう少していねいな言葉をお使いください」
「いいじゃねえか。相手も正式な使者じゃねえんだから。な、そうだよな?」
ざっくばらんなその問いかけに、師匠がにこやかに応える。
「はい、非公式な使節なので、それほどお気になさらず。初めましてクライブ陛下。こちらがドラグナスの族長候補のご令嬢、サツキ様です。私の名はガルドラ、そして弟子のワルドになります」
「おう、わざわざ遠いところをご苦労さん。それで、今日は嬢ちゃんがあいさつしてくれるのかい?」
そう言ってクライブはサツキの前でしゃがみ、彼女の顔をのぞき込んだ。
その眼力に押されてサツキが泣きそうになるが、なんとかこらえた。
「は、初めまして、クライブ陛下。私は次期族長候補のイッシン・トウドウが娘、サツキと申します。父上からは貴国に対して敬愛の念を伝えると共に、陛下の為人を感じてくるよう、申しつけられて参りました」
「おう、これはごていねいにどうも。イッシン殿には、俺がよろしく言っていたと伝えてくれ」
「はい、うけたまわりました」
サツキの返事にニヤリと笑うと、クライブは立ち上がって師匠の前に立った。
「それで、あんたがガルドラ・エウレリアスか?」
「はい、陛下。よくご存じで」
「ドラグナスの令嬢を連れて、支援を要請にくるようなエルフが他にいるかよ? 昔は賢者とか、エウレンディア最強の宰相なんて、呼ばれてたらしいな」
「過分な評価、紅顔の至りです」
「フフン、ずいぶんと謙虚なこって。それでお前ら、何をやるつもりなんだ?」
「ですから、魔物の討伐でございます」
するとクライブはくるりと踵を返して、玉座に腰を下ろした。
そして師匠に厳しい目を向けながら、問いただす。
「なんで帝国が領有を宣言しているとこに、うちの支援を望むんだよ?」
「たしかに、本来は帝国に話を持っていくべきなのでしょう。しかし”竜の咢”を持て余した帝国軍は、自領に引きこもって出てまいりません」
「だからって他の国を頼るなよ!」
「しかし森林地帯は貴国とも境を接する場所です。なにとぞ、ご配慮を願えませんでしょうか?」
師匠がへりくだった対応をしていると、クライブの顔が不機嫌になってきた。
「まったく、食えねえ野郎だな。いずれにしろ帝国と揉め事を起こすつもりはないから、支援はできねえ。まあ、冒険者ギルドへの依頼までは止めねえから、好きにしな」
「そうですか。残念ですが、その方向で検討させていただきます」
「おう。ところで、わざわざあんたが出てきたってのは、エウレンディアに何かあったのかい?」
「いいえ、すでに国を失って14年も過ぎております。多少、政治に関わったことのある私が、駆り出されただけのことでございます。できれば隠居したいのですが……」
「そんな年には見えねえがな」
「こう見えても120歳ですよ」
そう言う師匠はたしかに若く見える。
エルフは200年以上も生きる者が多く、特に魔力が強い者ほど長生きする。
しかも外見は若いままで保たれやすいので、師匠の見た目は30歳ほどにしか見えない。
「全然、そうは見えねーな……おい、せっかくだから、俺と手合わせしようぜ」
「このような非力な老人が陛下と手合わせなど、とんでもない。平にご容赦を」
「そう言うなよ。ガルドラと言えば、精霊術師としても有名だ。ちょっとだけでいいからさ」
強引なクライブの誘いに師匠がため息をついたと思ったら、とんでもないことを言いだした。
「それではここにいるワルドに、お相手をさせましょう」
「ちょっ、師匠、何言ってんの!」
「おおー、弟子が相手をしてくれんのか。よし、中庭へ行こう」
俺の抗議も空しく、クライブは嬉々として移動を始めた。
その道すがら、俺は師匠を問いただす。
「師匠、何のつもりだよ?」
「まあまあ、ワルド。せっかくですから、陛下の胸を借りてきなさい。おそらく、なんらか相手をしないと、収まりがつきませんからね」
「だったら師匠がやればいいじゃん!」
「嫌ですよ、私は肉体労働には向かないんですから。それにあなたにとっても、いい経験になりますよ」
そんな話をしているうちに中庭へ着き、木剣を選ばされる。
俺は片手で扱えるくらいの木剣を選んだが、クライブは背丈ほどもあるでかいのを選んでいた。
「ちょっと手合わせするだけですからね! あまりハードなのも無しですよ!」
「分かってるよ、さっさと構えろよ、っと」
そう言いざま、クライブが俺に打ちかかってきた。
けっこう離れてたのに一瞬で距離を詰められ、木剣が俺に迫る。
それを自分の剣で受け流しながら、俺はなんとか避けた。
クライブの木剣が地面を叩いたところで、後ろに飛びのいて距離を取る。
「ほおー、思ったよりいい動きするじゃねえか。これは楽しめそうだな」
「ちょ、へーか、今の普通なら死んでますよ。家臣の人たちも、止めてくださいよ!」
俺が必死に訴えても、家臣団は額を押さえたり、肩をすくめて首を振るだけで何もしない。
おい~、仕事しろよ、お前ら!
再びクライブが俺に迫り、木剣をガンガンと叩きつけてくる。
さっきよりは軽い打ち込みなので、なんとか俺も受けているが、反撃の余地がない。
そのとめどない攻撃を受けてはかわし、受けてはかわしを、しばらく繰り返した。
激しい攻撃にもかかわらず、クライブは軽く汗をかいてるだけなのに対し、俺は汗まみれで激しく息を切らせていた。
そろそろヤバい、そう覚悟したところで、ようやくクライブがひと息入れる。
「フーーーッ、俺の剣をこれだけ受け続けるとは、なかなかやるじゃねえか…………だけどお前、まだ何か隠してるな? 行動の端々に、何かやらかしそうな気配を感じるぜ」
さすがは獣人王、鋭い勘だ。
俺の本来の戦い方は、剣と魔法を組み合わせたスタイルだ。
今回は魔法抜きでやってるから、そのぎこちなさを見抜かれたようだ。
しかし無詠唱の魔法を披露するのはまずいと思っていたら、師匠から指示が飛んだ。
「ワルド、あなたの全力を見せて差し上げなさい」
おいおい、正気か?
しかしこうなったら、もう一段上を見せなければ、収まらないだろう。
俺は魔法を使うことを決意して、改めてクライブに向き直った。
それを見た奴が、面白そうな顔をして待ち受ける。
少し息を整えてから、今度は俺から斬りかかった。
しかしクライブはそれを軽くはねのけ、木剣を切り返して一撃当てようとする。
そこで俺は左手を剣から離し、風弾を放った。
それはダメージを与えるほどではないが、予想外の攻撃にクライブの動きが止まる。
ここですかさず剣を当てにいったのだが、軽く切り返されて距離を取られた。
「おいおい、今のは何だよ? やけに実戦的な魔法が使えんじゃねえか」
多少は肝を冷やしておとなしくなるかと期待したが、それは間違いだった。
奴がニヤリと笑って構えなおすと、その気配がガラリと変わったのだ。
どうやら彼を、本気にさせてしまったらしい。
その後は怒涛の攻撃にさらされ、防戦一方になった。
こちらは魔法も駆使して辛うじて致命傷を免れたものの、たちまち俺は打ち身だらけになる。
”殺される”、そう覚悟した瞬間、周囲に水が降り注いだ。
「ブハー、ペッペッ! 何しやがる、ガルドラ!」
「陛下、それ以上は外交問題になりますので、なにとぞご容赦を」
俺たちに向けて水弾を放った師匠が、クライブを制止する。
「……お、おう、そうだな。ちょっと熱くなり過ぎたみたいだ。よく止めてくれた」
熱くなってた自覚があるのか、バツが悪そうに奴が答えた。
その言葉に安心してへたり込んだ俺に、サツキが駆け寄ってくる。
「ワルド、大丈夫か? ケガ、無いか?」
「あ、ああ、なんとかな」
ボロボロになった俺を見て、サツキがクライブをキッとにらんだ。
「非公式とはいえ、他国の使者に対するこの仕打ち、ひど過ぎるっ! これが貴国の礼儀かっ?」
「い、いや、違うんだ。これはワルド殿を一人前の戦士と認めた結果であってな…………その、すまん」
「よせ、サツキ。俺も覚悟の上だ……陛下、良い経験をさせてもらいました」
俺はなんとか立ち上がって、2人の間をとりなした。
そして何事もなかったように歩いてみせ、サツキを安心させる。
体中メチャクチャ痛いんだけどね。
あのクソ陛下、いつか仕返ししてやろう。