61.よみがえる老戦士
ヴィッタイト王国でチンピラに絡まれた俺は、そいつらを軽く叩きのめしたのだが、ついでにこの国の情報を聞くことにした。
美味い飯が食える店へ案内させると、少し歩いた先の酒場に連れていかれる。
そこで適当な料理を注文してから、奴らに話しかけた。
「とりあえずここは俺が出すから、町の話を聞かせてくれよ」
「ええっ、おごってもらえるんすか? 俺ら、ひどいことしたのに……」
「別に大したことなかったからいいよ。こいつも悪かったしな」
「う~、ごめん~、ワルド」
サツキの頭を小突いてやると、彼女が涙目で謝る。
「俺はワルド、こっちは師匠のガルドラ様、そしてこの子がサツキだ。あんたらの名は?」
「へえ、俺はレングスっていいやす。こっちはドルガ」
「よろしく、レングス。それで俺たちはこの町に来たばかりなんだけど、ここの景気はどうだ?」
「そうすね、決して悪くねえと思います。最近、盗賊が減ったおかげで、商売が盛んになってるらしいですね」
頼んでいた料理が来たので、ワインを飲みながらそれをつまむ。
サツキもさっそくかぶりついている。
「ハフハフ、そうなのか? なんで盗賊が減ったの?」
「王様の指示で、街道の警備が強化されたからっすよ。おかげで最近は楽に旅ができるってんで、商人どもは喜んでますね」
「へー、街道の警備を強化する兵力はどうしたんだろ? 帝国との国境から引き抜いたとか?」
「さあ? 俺ら庶民には関係ないっすから。もっとも、最近は帝国が弱腰なんで、国境のもめ事が減ってるのも事実らしいすね」
「そうなのか。じゃあ逆に、帝国を攻めようって話にはならないのか?」
「そりゃあ、腐っても帝国っすからね。今のクライブ王は勇猛な方ですが、そこまでイケイケじゃないっすよ」
その後、師匠も話に加わって、多少はこの国の様子が分かった。
もっともレングスはそんなに学がある男でもないので、細かいところはあいまいだ。
「そういえば、さっき俺たちを奴隷商に売るとか言ってたよな?」
「いや、申し訳ないっす。旦那を売るなんてもう、これっぽっちも……」
「当たり前だ。でもこの町でも、奴隷は商売になるほどいるのか?」
「そりゃあ戦争奴隷とか犯罪奴隷は、どこにもいますからね。帝国ほどじゃないにしろ、奴隷売買はありますよ」
「ふ~ん。エルフとかハーフエルフもいるのか?」
「うーん、あんまりいないんじゃないすかねえ。見たことないっすけど」
すると師匠が、思わぬことを提案する。
「それなら確かめにいきましょう。レングス、明日、この町の奴隷商をいくつか案内してくれませんか?」
「ええっ、俺にも仕事があるんすけど……」
「明日も飯おごってやるから」
「それならぜひ!」
聞けばレングスも冒険者ギルドに登録しているらしい。
しかし実力は見てのとおりで、いまだに青銅級のしょっぱい仕事しかしてないそうだ。
その後もいろいろ聞きながら飯を食い、適当なところで宿に引き上げた。
翌日はレングスの案内で奴隷商を回る。
1軒目はわりと高級な奴隷を扱っていたが、獣人ばかりだった。
けっこうグラマラスな獣人のお姉さんがいっぱいいて、ちょっとドキドキしたのは内緒だ。
レングスなんか、鼻の下が伸びっ放しだったしな。
2軒目はそれほどでもなかったが、ここも高額な獣人奴隷が多かった。
そして3軒目は見るからに小汚い場所で、法を守っているのかどうかも怪しい感じだった。
しかし中は意外にきれいで、品揃えもまあまあ普通。
やはり獣人しかいなかったので帰ろうとしたら、アフィから念話が入る。
奥の方に強い何かがいると言う。
奥にもいるのかと、店長に聞けば、程度の悪いのが集められているらしい。
それも見たいと言ったら、渋々見せてくれた。
しかし俺は、すぐにそれを後悔した。
程度が悪いというのは、ケガや病気で売り物にならないという意味で、悲惨な光景が広がっていたからだ。
手足や目、耳が無いような者がゴロゴロいて痛々しいし、排泄物がまともに処理されてないせいか、臭いもひどかった。
そんな臭いをこらえて見て回ると、やがて1人のハーフエルフを発見する。
そいつは栗色の髪をした青い瞳の少年で、年は12歳くらいに見えた。
ガリガリに痩せてるから、ひょっとしたらもう少し上かもしれない。
そんな彼に、俺は思わず問い掛ける。
「おい君、出身はどこだ?」
「……帝国だ」
「ふーん、親は?」
「ゴホッ。母親はエウなんとかって国のエルフだったらしい。父親はクソみたいな帝国の貴族だ」
「やっぱりそうか……お前、体が悪いのか?」
「ああ、昔っから病弱だったから、とうとう売り払われちまった。ゲホゲホッ、ハーッ、ハーッ」
やはりエウレンディア絡みの人間だった。
おそらく敗戦後に連れ去られた女性が、帝国の貴族に慰み者にされた結果だろう。
俺は彼を買うことにして、師匠を探したら、彼は少し離れた所で誰かと話していた。
近寄ってみると、それは虎人族の老人だ。
髪の毛はぼうぼうで、体中は傷だらけ、特に鼻の上の切り傷がよく目立つ。
鼻と目の間を横に切り払われたであろうその傷は、精悍な男の顔に凄みを与えていた。
「師匠、どうしたの?」
「昔の知り合いですよ。彼と、あちらのハーフエルフを買いましょうか」
「了解」
奴隷商に2人の購入を伝えると、案の定ぼってきやがった。
ハーフエルフが金貨50枚、ティグラスは金貨70枚だそうだ。
ずいぶんと吹っ掛けてくれる。
どうやって値切ろうかと考えてたら、レングスが横から文句を付けた。
「おうおう、おっさんよ。2人合わせて金貨120枚とか、冗談言ってんじゃねーぞ。ハーフエルフは死にかけてるから、金貨10枚がいいとこだ。ティグラスだって両手の腱が切られてるし、だいぶ歳なんだから金貨20枚がいいとこだろ?」
師匠の知り合いのティグラスは、手の腱が切られていて、ほとんど手に力が入らない状態らしい。
戦争奴隷で凶暴な者に施される処置だが、惨い仕打ちだ。
「何言ってんですか。それだけの価値があるから、お客様もこいつらを選んだのでしょう? まあ、たしかに状態は良くないので、合わせて金貨100枚でどうですか?」
師匠の知り合いだってのが、ばれてるみたいだ。
しかしレングスがここで粘ってくれた。
「へ~、そんなこと言っていいのか? ここの奴隷たちの状況は、明らかに奴隷法に違反してるぞ。奴隷は国の財産なんだから、適切に管理しなきゃいけないはずだ。なんだったら、衛兵を呼んでこようか?」
「な、何言ってやがんだ。そんなことして命があると思うなよ! 俺だって裏社会に伝手ぐらい、あるんだぞ!」
奴隷商が裏社会の暴力をほのめかす。
するとレングスは、店長の肩に手を掛けて懐柔にかかる。
「おいおい、あんまり欲張らない方が身のためだぜ。実はこのワルドさんはな、すげえ強いお方なんだ。裏社会に依頼するのも、金が掛かるだろ?」
「チッ、本当に強いのか?」
「だからさ、ここは間を取って、これぐらいでどうだ?」
そんな駆け引きをしばらく続けた結果、金貨60枚で決着がついた。
レングスの野郎、思ったより使える男だった。
その後、買い取った2人の体を洗わせ、隷属契約を済ませて奴隷商を後にする。
さすがに彼らを連れて別の店へ行く気もしなかったので、一旦宿へ戻る。
ハーフエルフの少年、アニキスには飯を食わせて休ませた。
こっそりアニーに治癒魔法を使ってもらったら、だいぶ楽になったようだ。
そして彼を寝かせた後はティグラスの男、グラーフ・ティレンドンの治療だ。
彼はなんと、旧エウレンディア王国の将軍で、近衛兵団長だったらしい。
じっちゃんが戦士長として兵の先頭に立つ役割だったのに対し、兵団長は全ての兵を掌握し、指揮する立場だ。
14年前の敗戦で、最後まで抵抗したがあえなく捕まり、手の腱を切られて奴隷として売られた。
そして工場とか鉱山といった過酷な環境で働かされ続け、このヴィッタイトに流れてきたそうだ。
当時50歳なので今は64歳だが、よくも生き残れたものだ。
そして今、師匠が部屋に結界を張り巡らし、彼に俺の素性を告げる。
「グラーフ、この方こそが亡きヴィレルハイト王の継嗣、ワルデバルド殿下です。殿下はすでに、七王の盾を手に入れました」
「なん、だと……エウレンディア王家には、生き残りがおられたのか? そして七王の盾が再び手に入ったのなら、帝国と戦うことも可能に?…………しかし、しかし、手首の腱を切られた俺にはもう、何もできん」
一瞬、顔を輝かせたグラーフが、悲しそうに自分の手を見ながら肩を落とす。
するとアフィが盾の中から出てきて、こう言った。
「その両手、ひょっとしたら治るかもしれないわよ」
「こ、光王様。本当に復活なされたのですね……しかし今、なんとおっしゃいましたか? この手が治るのですか?」
「ちょっと痛いけど、変にくっついた組織を一旦焼いてから、私の治癒魔法で治すの。どう、やる?」
アフィの提案は、この世界の常識に真っ向からケンカを売るものだ。
しかしサツキの焼き印を消した彼女の治癒魔法があれば、できるかもしれない。
結局、俺も手伝ってグラーフの手首を治療することになった。
治療には、魔力の通りがいい魔剣フェアリークローを使う。
まずこの剣を手首の傷に当て、魔法で古い組織を焼き切った。
当然、凄まじい激痛が走ったはずだが、グラーフは口に布をくわえて耐えた。
そしてすかさず傷口にアフィが治癒魔法を掛け、組織を再生したのだ。
少々時間は掛かったが、俺からの魔力供給を受けて、アフィは見事にやりきった。
本当に彼の指が、動くようになったのだ。
まだ治療も完全ではないし、筋肉も衰えているのでリハビリが必要だが、奇跡的な状況に変わりはない。
「おお、これで、これでまた王国のために戦えるのか。光王様、殿下、本当にありがとうございます。ウオーーッ!」
再び動くようになった両手を見て、グラーフが号泣する。
彼は国を滅ぼされ、虜囚として辱めを受け続けた末に、再び戦う力を手に入れたのだ。
そんな彼や、亡くなった者たちのためにも、国を取り戻そう。
俺は改めてそう思った。