60.ヴィッタイト王国
俺が王族であり、王国再興に動いていることを知ったアヤメは、全てを俺に賭けると言った。
そして彼女は、竜人族のメダルを差し出したのだ。
「そんなに簡単に決断して、いいんですか?」
「簡単ではありません。すでにイッシンと何度も相談して、考え抜いた末での決断です」
「でも、お国の許可とか……」
「この程度なら私たちの裁量の内です。もちろん、責任は発生しますが」
彼女の決意は固いようだ。
元々、師匠から持ちかけた話なので、ここはありがたく話を受けることにした。
「それではこのメダルとサツキを預からせてもらいます。でも、メダルが無いと、旅をするのに困りませんか?」
「私たちは冒険者ギルドに登録しているので、さほど旅には困りません。なので明日からすぐに、エウレンディアの旧王都へ向かおうと思います」
「それでは紹介状を書いておくので、旧王都のコルベント商会を訪ねてください。俺たちも寄り道して、事情を話しておきますから」
翌日、イッシン、アヤメと別れた俺と師匠は、サツキを連れて町を出た。
少し離れた所でガルダに乗る予定だったのだが、やがて俺たちに尾行が付いていることが判明する。
念のため、アフィに姿を消して後ろを見張ってもらってたのだ。
「師匠、やっぱり尾行が付いてるって」
「やはりですか。おそらくアーシムの指示でしょう。どこかで撒かねばなりませんね」
「ああ、それなら任せて」
その後、少し歩いた先の木陰で休憩するふりをして、追っ手を撒いた。
アフィの光魔法で俺たちの姿を偽装しておいてから、森の中へ分け入ったのだ。
そのまま森の中を進み、ちょっと開けた場所でガルダを召喚する。
初めて見たサツキが怖がったが、彼には知性があることが分かり、すぐに治まった。
そして俺と師匠にサツキを加えて、新たな空の旅が始まる。
初めての空の旅に、サツキが大興奮だったのは言うまでもない。
しかしはしゃぎ過ぎて、やがて俺の腕の中で眠ってしまった。
いろいろと面倒な奴だが、妹みたいなもんだと思えば、かわいいものか。
途中、休憩を挟みつつも、昼過ぎには旧王都へたどり着く。
その足でダリウスのコルベント商会を訪れ、ちょうど戻っていた彼と話をした。
「お久しぶりです、ダリウスさん」
「おお、ワルドさん、お久しぶりです。そちらの方はひょっとして、ガルドラ様ですかな」
「はい、いつもワルドがお世話になっております。今後もよろしく」
「こちらこそ。殿下は我々の希望ですからな」
彼らがにこやかに挨拶を交わした後、サツキも紹介する。
「それからこの子は竜人族のサツキです。後日、彼女の両親がここを訪れるはずなので、お世話をお願いできますか?」
「こんにちは」
「おお、かわいらしいお嬢さんですな。しかしドラグナスとはまた珍しい。相変わらずいろいろと、ご縁があるようですな。ご両親のことはお任せください」
それからしばらくは情報交換をした。
ナリム村の開発も順調で、ハーフエルフを集めて送り込む体制も、整いつつあるらしい。
その日は彼と行動を共にし、おおいに語り合った。
そして翌朝は早くからガルダに乗って、ヴィッタイト王国へ移動だ。
北森林を飛び越えて、真っ直ぐに王都へ向かう。
陸路なら2ヶ月は掛かるほどの距離だが、夕暮れ前には王都に着き、宿も確保した。
ガルダって、本当に便利な旅の手段だよな。
今回訪れたヴィッタイト王国は、獣人が中心になって作られた国だ。
300年ほど前に虎人族の初代王が興したそうで、獣人を中心にエルフやドワーフも多く住んでいる。
人口は2百万人ほどと言われていて、帝国の圧力にも屈せず独立を保つ強国だ。
当然、単人族とは折り合いが悪く、それ以外の種族が多く住むようだ。
宿で一泊すると、さそく王政府を訪問した。
名目はドラグナス使節の親善訪問とし、メダルを提示して外交官との面談を申し込む。
応接間に通されて、少し待っていると、眼鏡を掛けた狐人族の官僚が現れた。
「初めまして、ヴィッタイト王国3等書記官の、ナイジェル・グランツと申します」
「初めまして、ナイジェル書記官。こちらがドラグナスの次期族長候補、イッシン殿のご令嬢、サツキさんです。私の名はガルドラ、そしてこちらがワルドです。縁あって、サツキさんの外交親善を補佐させてもらっております」
「はあ、サツキ様ですか?……ところで、族長候補のイッシン殿はどちらに?」
「現在、旧エウレンディア領にて待機中です。なにぶん、異邦人が北森林を抜けるのは困難なため、我々がサツキさんのみをお連れした次第です」
「子供にとっても、そのような旅は危険なのでは?」
「いえいえ、体重の軽い子供1人ならば、安全に運ぶ手段があるのですよ」
ちょっと不審がられたが、この場はそれで押し切った。
「はあ、ならばそういうことにしておきましょう。それで本日のご用件は?」
「まずはサツキさんから、国王陛下にご挨拶をさせて欲しいというのがひとつ。もうひとつは我々からで、魔物の討伐に力を貸していただきたい、という要望です」
「陛下との謁見は分かるのですが、なぜエルフの要望がそこに入るのでしょうか?」
「それは我々がヴィッタイト王国の窓口を探していたところに、イッシン殿と懇意になり、こちらへの移動手段を提供する代わりに、口利きをしていただくことになったからです」
「はあ、そうなのですか……具体的には、どのような支援をお望みで?」
「はい、実は最近、森林地帯で魔物が増えておりまして、早急に手を打たねばなりません。しかし私たちだけでは戦力が足りませんので、貴国から冒険者の派遣、および物資の支援をお願いできないかと考えております」
それを聞いたナイジェルが、しばらく考え込む。
「貴殿のおっしゃる森林地帯は、帝国が領有を宣言していたはずです。そこに我々が支援をするのは、とても難しいでしょう。いずれにしろ今日はお引き取りいただき、後日こちらから連絡を差し上げる形で、よろしいでしょうか?」
「もちろんです。お手数ですが、よろしくお願い致します」
そのまま俺たちは王政府を辞去し、帰路につく。
「とりあえずあんなもんでよかったの?」
「ええ、必要なことは伝えたので、あとはあちらの反応待ちです。おそらく国王陛下との謁見が叶うでしょう」
「サツキはともかく、俺たちも会えるのかなぁ?」
「私たちにこそ、会いたがるはずですよ」
どうやら師匠には自信があるようだ。
その後はやることもなかったので、ヴィッタイトの王都を観光した。
この間までいた自由都市同盟のマルケほどではないが、この町も賑わっていた。
独特な建物を見たり、買い物をしたりしているだけでけっこう楽しめた。
しかしそんな中で、またまたサツキがやらかした。
露店で買ってやった串焼肉を持って走り回り、柄の悪い狼人族の男にぶつかったのだ。
「うわっ、なんだこのガキ。俺のズボン汚しやがって!」
しかも焼肉のタレがズボンに付いてしまったらしい。
すかさず俺が駆け寄って、謝りながら銀貨を数枚握らせる。
「すみません。これで勘弁してやってください。ほら、サツキも謝るんだ」
「……ごめんなさい」
小さい子が謝ってるんだから、普通なら許すとこだ。
しかし俺たちがよっぽどカモに見えたのか、いやらしい表情を浮かべて絡んできた。
「ああん? これっぽっちじゃ、足りねえな。おめえら、ちょっとこっち来いや」
「グヒヒヒヒッ、逃げんじゃねえぞ、こら」
チンピラとその子分みたいな奴が、俺たちを狭い路地に誘う。
別に怖くもなかったので、おとなしく付いてってやった。
「さて、おめえら、痛い目見たくなきゃ、金目のもん全部おいてけや」
「そうそう、なんだったら兄貴、こいつら奴隷商に売っぱらいますか?」
「おお、それもいいな。エルフだったら、そこそこ高くれそうだ」
俺たちのことはそっちのけで盛り上がる馬鹿ども。
「あのさあ、俺たち忙しいんだよ。お前らこそ、痛い目見ないうちに帰れ」
シッシッという仕種で追い払おうとしたら、奴らが逆上した。
「野郎、恐怖で頭がおかしくなったか? そんなに痛い目が見たいんなら、こうだ!」
いきなりチンピラが殴りかかってきた。
しかし大した速さじゃなかったので、左腕で受け流しながら、そいつの腹に右拳を叩き込む。
チンピラは”ぐはっ”とか言いながら、腹を押さえてしゃがみ込んだ。
「野郎っ!」
兄貴分がやられて逆上した子分が、ナイフを持って突っ込んできた。
すかさず俺も剣を抜くと、敵がびびって動きが止まる。
そこで軽くフェイントを掛けて体勢を崩し、剣の腹で頭をひっぱたいてやると、そいつはあっけなく倒れた。
さらに立ち上がりかけていた兄貴分の首筋に、剣を突きつける。
「まだやるか? もしそうなら、夕日すら拝めないようにしてやるぞ」
「ふ、ふざけるな。この程度で……」
粋がる兄貴分の首筋をチクリと突いてやると、おとなしくなる。
「師匠、こいつらどうする?」
「そうですね、少し早いですが夕食でも取りながら、この国の情報を聞かせてもらいましょうか」
「了解。おい、この辺に美味い飯が食えるところ、ないか? そこで話の続きをしようぜ」
「は、はいっ、分っかりやした。だからその剣を、剣をどけてください……」
ウルバスの男が情けない顔で懇願してくる。
さて、次は情報収集といきますか。