59.同盟との交渉
翌日からしばらくは、冒険者ギルドに通って依頼をこなした。
少なくとも市長のバランデから連絡が来るまでは動けないし、お金を稼いでおきたかったからだ。
不思議なことにイッシンも付いてきたので、一緒に依頼をこなす。
魔物の討伐もやってみたが、イッシンの剣の腕が確かなものであることは、確認できた。
そうして10日ほど経過すると、ようやくバランデから連絡が入った。
翌日の昼前に行政府へ来てくれ、との内容だ。
指示通りに行政府へ赴くと、この間と同じ応接間に通される。
しばらく待っていると、バランデが1人の男を連れて現れた。
「今日はよく来てくれた。こちらは評議会の使いの者だ」
「初めまして、アーシムと申します」
アーシムは壮年の単人族で、燃えるような赤毛に青い目を持つ男だった。
こちらも簡単に自己紹介をして、互いに席に着く。
「さて、ガルドラ殿。先日の申し入れについて評議会に連絡を取ったところ、今ある情報だけでは判断できないとして、アーシムが派遣されてきました。お手数ですが、少々お話を聞かせていただけますかな?」
「もちろん、構いません。なんなりとお聞きください」
「お手数をお掛けします。それで森林地帯の状況ですが――」
それからしばらく、アーシムと師匠のやり取りが続いた。
すでに話してあること以外にも、森林地帯や帝国の状況について、細かく聞かれる。
「ふむ、なるほど。本当に帝国は旧エウレンディア領を放棄しているのですね。勝手に王国を滅ぼしておいて、”竜の咢”を放置するとは、無様な話です」
「全くそのとおりです。ところで、14年前の帝国のエウレンディア侵攻について、当時の同盟はどのような立場を取ったのですか?」
「どうもこうも、断固抗議しましたよ。しかし介入する暇もなく王都が陥落し、王が討ち死にされたので、どうしようもありませんでした。あの豚皇帝め、何をとち狂って”竜の咢”の守護者を滅ぼしたのか……」
アーシムが忌々しそうに帝国の皇帝を非難する。
「やはり同盟にとっても迷惑な戦争だったと?」
「当然でしょう。他国への侵略などはせず、”竜の咢”を押さえ続けていたエウレンディア王国は、諸国に恩恵をもたらしていたのですから。その王国が滅ぼされ、さらに戦乱が拡がるのではないかと、当時は大いに懸念されたものです。実際には帝国が外にちょっかいを出す余裕を失って、むしろ平和になったのは皮肉な話です」
そう語るアーシムは、本当に帝国に対して憤っているように見える。
「ところで、あれから14年も経って魔物の圧力が増しているため、それを討伐したいとおっしゃるのは分かります。しかし今まで交流の無かった我らに接触してきたのは、何か変化でもあったのですか?」
「単純に魔物の被害が、看過できなくなっただけの話ですよ」
「そうでしょうか? 王国滅亡から14年というのも、なかなかに象徴的だと思うのですが」
「何が象徴的なのですか?」
「戦争のどさくさで見落とされていますが、当時のエウレンディア王家には幼い王子がいたはずです。もしも彼が生き残っていれば、ちょうど成人になる頃合いかと」
アーシムが思わせぶりに俺を見てきた。
あれ、ひょっとして勘付かれちゃってる?
しかし師匠は平然とそれを受け流す。
「そんな王子が生き残っていれば、帝国が黙っているはずがありません。王都で遺体も確認されているでしょう」
「産まれたばかりの赤子など、いくらでも偽装できますよ」
「もしそうなら、どれだけ良いことでしょうか。そんな状況を想像すると、心が躍りますね」
さらなる突っ込みを師匠が笑顔で受け流すと、アーシムが肩をすくめた。
「ま、想像の話ばかりしても仕方ありませんな。単純に魔物が増えて困っているのであれば、冒険者ギルドに討伐依頼を出してください。その程度のことであれば、同盟は干渉しません」
「しかし援助はできないと?」
「南森林は一応、帝国領の一部ということになっています。援助などしようものなら、帝国に睨まれますからね」
アーシムが苦笑いする。
「しかし同盟は森林に接していますから、被害が増えるかもしれませんよ」
「現実に魔物被害が続出でもしない限り、手の打ちようがないですね」
「そうですか……それでは自分たちでなんとかするしかありませんね。ところで、旧エウレンディア領で何か変事が起きた場合、同盟はどのように対応するのでしょうか?」
「変事とは、どのような?」
怪訝な顔で、アーシムが聞き返す。
「例えば、魔物討伐で集めた人員が反乱軍とみなされ、帝国が軍を派遣した場合、などですね」
「なるほど……これは私見ですが、同盟は何もできないでしょう。何かしようにも、軍隊が森林地帯を抜けるのは不可能です。しかし、事前に情報をもらえれば、外交的な援護ぐらいはできるかもしれませんね」
「なるほど……まあ、そんなことにならないよう、慎重にやるつもりです……さて、いろいろと相談に乗っていただき、ありがとうございました。今日はこれで、失礼させていただきます」
「いえいえ、こちらこそお役に立てず、申し訳ありませんでした。またどこかで会えるとよいですね」
こうして同盟との2度目の会談は終わった。
宿に戻る道すがら、師匠に問う。
「結局、何の援助も得られなかったけど、あれでよかったの?」
「ええ、同盟の評議会議長と話して、内乱があっても介入しないという感触を得ましたからね」
「え、議長って誰?」
思わぬ情報に、俺は間抜けな顔で聞き返す。
「今日、来ていた男ですよ。アーシム・クラインバード。同盟の最高意思決定機関である、評議会のトップです」
「ああ、あの人、そんな偉い人だったんだ。わざわざ下っ端のふりして、俺たちに会いにきたってこと?」
「まあ、ばれるのは覚悟していたでしょうね。おそらく今回の報告に私の名前を見つけ、自ら様子を見にきたのでしょう」
「まさに狐と狸の化かし合いって感じだったからね。でも一応、同盟は帝国に味方しないって意図は感じられたかな」
「何の保証も無い話ですが、トップとじかに会って話せたのは収穫でした」
その後、森では手に入らない商品を買ったりして、夕暮れ前に宿へ戻った。
そしてイッシンたちと、最後の晩餐を取る。
「えっ、明日お帰りになるのですか?」
「ええ、同盟の要人との話し合いは終わったので、もう帰ります。イッシンさんたちは、これからどうするんですか?」
すると彼らは顔を見合わせてから、アヤメが切りだしてきた。
「実は、まだワルドさんに恩返しができていないので、しばらくご一緒させて欲しいのです」
「恩返しって、ここの市長を紹介してもらっただけで十分ですよ。俺のことは気にせず、旅を続けてください」
「いいや、サツキの命を救ってもらったお礼には、まだまだ足りませぬ。それに旧エウレンディア領もぜひ見たいので、連れていってくださらんか?」
一緒に連れていけと言われても、ガルダには乗せられないので無理だ。
なので適当にごまかす。
「うーん、実は森を抜けるのに巨足鳥という動物を使うので、一緒には無理なんですよ」
「そうなんですか。その動物は、他に手に入らないんでしょうか?」
「手に入るかもしれませんが、森に慣れてないとまともに走れないですよ」
「それでは、別ルートでエウレンディアに向かうしかなさそうですね」
とりあえず一緒に帰るのは避けられそうだと思ってたら、サツキがごねた。
「いやだっ、ワルドと一緒に行く!」
「サツキ、わがままを言ってはいけませんよ」
「いやだ、いやだ、いやだ。ワルドと一緒じゃなきゃい~や~だ~、ビエ~ン」
とうとう泣きながら、駄々をこねはじめた。
まったく、手のかかる奴だ。
俺はサツキに目線を合わせながら、怒ったように言う。
「サツキ、あまり聞き分けのない子は、嫌いだぞ」
「ビエ~ン……ふえぇ、ご、ごめんワルド。嫌いにならないで~」
途端に不安になったのか、グスグス言いながら俺にしがみついてきた。
そんな彼女の頭を撫でてやる。
「ああ、もう我がままは言うなよ」
これで一件落着かと思ってたら、今度は師匠が思わぬことを言い出した。
「アヤメさん、昨日お話したことですが、信頼の証として、私たちにサツキさんとメダルを預けてもらうことはできませんか?」
「……それは、どういうことでしょうか?」
アヤメが訝し気に問い返す。
「実は、私たちはこれから北のヴィッタイト王国へ行き、そこでまた要人に接触しようと考えています。もし竜人族のメダルを貸していただければ、非常に助かるのです。ただしメダルだけでは意味が無いので、サツキさんにご同道願えればと考えました」
「なぜサツキだけなのですか?」
「サツキさんだけなら、一緒に素早く移動できるからです」
「その間、私たちはどうすればよいのでしょうか?」
「ここから北上して一旦、帝国領へ入り、エウレンディアの旧王都へ向かってください。あそこに信頼できる者がいるので、そこで落ち合うのはどうでしょう?」
アヤメがイッシンを見ると、彼がうなずく。
「もしもメダルとサツキをお預けすれば、本当のことを話していただけるのですね?」
「ええ、それ以上の信頼の証などありませんから」
「分かりました。その件については、また後ほどお聞かせください」
その後はゆっくりと夕食を楽しんだ。
夕食を終えると、2階の部屋に場所を移してまた結界を張った。
「さてワルド、アフィさんとシヴァを呼んでもらえますか」
「了解。アフィ、シヴァ」
すると部屋の中に、妖精と骸骨兵が現れた。
それを見たイッシンが剣を取るのを、師匠が手で制す。
「アヤメさん、これがエウレンディアの秘宝、七王の盾であり、彼らは盾に宿る精霊です」
「七王の盾……ということはやはり、ワルドさんは?」
「そのとおりです。彼こそがエウレンディア王家最後の生き残り、ワルデバルド殿下になります」
「やはりそうでしたか……そして同盟とヴィッタイトの動向を探るということは、王国再興に向けて動き出しているのですね?」
アヤメが俺を見ながら問いかけた。
「ええ、そうです。俺は国を取り戻します」
「…………それならば、私たちはあなたに全てを賭けましょう」
そう言いながらアヤメは、俺の前にメダルを差し出した。