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57.竜人族の使節

「ようやく見つけたぞ、サツキ」


 そう言ったのは、フードで顔を隠した旅装姿の2人組だった。

 俺はまた奴隷商の手先かと思い、とっさにサツキを後ろにかばう。


「待て待て、怪しい者ではない。我らはサツキの親である」


 そう言いながら彼らフードを上げると、口の周りに髭を生やした大男と、目元の優しそうな美女の顔が現れた。

 2人とも額に2本のツノがあり、おそらく竜人族ドラグナスだと思われる。


「おっとう、おっかあ!」


 それを見たサツキが、叫びながら彼らに飛びついた。

 彼女を受け止めた大男が、そのまま抱き締める。


「お~、サツキ~、無事だったか~。良かった~、ほん、とうに、良かった~」

「本当に心配したのですよ、サツキ」


 隣の女性も心底安心したという風に、サツキを後ろから抱き締める。

 俺たちはしばし、ただ見ているしかできなかった。


 それがようやく落ち着くと、彼らが同じテーブルに着いた。


「名乗りが遅れましたが拙者、サツキの父親でイッシンと申します。こちらは妻のアヤメ」

「これはどうも、私の名はガルドラ、こちらは弟子のワルドです。サツキさんとは3日ほど前に会ったのですが、何やら困っていたようなので、一緒に行動しておりました」

「おおっ、赤の他人に対してのご親切、感謝に堪えませぬ。実は先ほど、奴隷商人を返り討ちにした話を耳にし、もしやと思って探し回っておったのです。それでようやく見つけることが叶いました」

「そうですか。サツキさんの面倒を見ていたのも、奴隷商を退けたのもこちらのワルドですけどね」


 するとイッシンが、暑苦しい顔でにじり寄ってきた。


「おお、ワルド殿、あなたは我らが恩人です。このご恩、一生忘れませぬぞ」

「は、はあ……まあそれほど大したことはしてないんで、お気遣いなく」


 するとサツキが、首をブンブンと振って力説する。


「ワルドは凄い男なんだ、おっとう……俺が財布を盗もうとしたのに、怒るどころか乱暴者から守ってくれて、宿と食事まで与えてくれたんだぞ。そしてさっきも奴隷商の手先から、守ってくれたんだ。ワルドは凄い」

「うむうむ、そうかそうか。ならばサツキ、彼に恩を返さねばな」

「いや、いいですって……そういえば、おふたりはどうやって、ここまでたどり着いたんですか?」


 なんか面倒臭そうだったので、話をそらそうと試みる。


「よくぞお聞きくだされた。我々は遥か東の町でサツキを見失ってから、手当たり次第に調べ回りました。ようやくそれらしい奴隷商人を突き止め、その足取りを追ってまいったのです。そして昨日からこの町でサツキを探し回り、ようやく巡り合えました」

「その東の町って、ずいぶん遠いんですよね。よくここまで諦めずに来られましたね?」

「実の娘を取り返すためなら、当然です」


 イッシンが拳を握りしめて力説する。

 しかしそれを聞いたアヤメが、ぼそりとつぶやいた。


「その大事な娘を、武具に夢中になって見失ったのは、どなたでしたかしら?」

「いや、違うのだ。西方産の珍しい剣が目についてな、ちょっと目を離しただけなのだ。そしたら――」

「サツキはお腹が空くと勝手に動き回るから、注意してくださいと、あれほど言ったのに」


 アヤメの冷たい視線が、イッシンに突き刺さる。

 聞けば、東の町でイッシンにサツキを任せ、アヤメがそばを離れたのが事の発端らしい。

 イッシンが珍しい武器に夢中になっている間に、食い意地が張ったサツキがフラフラしていたところを、奴隷狩りにさらわれたようだ。

 このままサツキが見つからなければ、離婚すると脅され、必死になって探し回ったらしい。


 イッシンも大概だが、サツキもひどいな。

 まあ、10歳の子供なら、それも仕方ないか。


「ということで、私どもは本当にワルド様には感謝しているのです。ぜひ、何かお礼をさせて欲しいのですが」

「いや、たまたま助けただけで、本当に大したことはしてませんから。さっきの奴隷商人から金貨をせしめたので、それでチャラでいいですよ」

「あれは肩の焼き印を消してもらったお礼だ。ワルドにはそれ以上の恩がある」


 金貨1枚でチャラにしようとしたら、サツキがなおも反対する。

 助けを求めてアヤメに視線を送ると、彼女は曖昧あいまいに笑った。


「まあ、それについてはおいおい考えましょう。ちなみにワルド様は、この町で何をされているのですか?」

「同郷の知人に会いに来たんですよ。ついでにこの町の要人に会えないかと、探っているとこなんですけどね。しかしどうにも伝手つてがなくて、ちょっと困ってるんです」


 これはサツキにも話してあるので、隠さずに言った。

 するとアヤメが嬉しそうに、顔をほころばせる。


「それならば、私どもにお手伝いできるかもしれません」

「えっ、この町の要人に、知り合いがいるんですか?」

「いえ、知り合いはおりませんが、私たちにはこれがありますから」


 そう言って、彼女がふところから金色のメダルを取り出した。

 手のひらに収まるぐらいのサイズで、けっこう複雑な装飾が施されている。


「これは私たちが、ドラグナスの使節であることを示す証です。こう見えてこのイッシンは、一族の次期族長候補なのです。見聞を広めるために諸国を旅しておりますが、トラブルに遭った場合などにこれを出せば、便宜を図ってもらえるようになっております。もちろんドラグナスと交流のある国だけですが、同盟はそのひとつになります」


 イッシンが族長候補とは、驚きの事実だ。

 こんなのでいいのか、などと失礼なことを考えていたら、師匠が話に加わってきた。


「なるほど、それが噂に聞くドラグナスの証ですか。この町までたどり着いたのも、それで納得がいくというものです」

「はい、これ無しでは、こうしてサツキを見つけることは叶わなかったでしょう」

「え、師匠、どういうこと?」


 師匠曰く、いくつもの町を越えてここまでたどり着くには、同盟の協力なしには無理だ。

 たしかにイッシンがいくら強くても、情報を集めるには限りがあるし、トラブルを起こせば捕まる危険もある。

 そこで彼らはサツキがさらわれてすぐ、現地の要人に面会して協力を求めた。

 ただしあまり公にすると、サツキの身が危ういし、外交問題にもなりかねないということで、知ってるのはごく一部に限られてるそうだ。


「ということで、いずれにしろ私たちはサツキを取り返したことを、同盟に報告する必要があります。ワルド様はサツキを奴隷商から守った関係者になるので、その場に行って証言をお願いします。そしてそのついでに先ほどのお話をすれば、きっかけぐらいは掴めるのではないでしょうか」

「すばらしい。ワルド、このお話、受けさせてもらいましょう。そうすれば全てが丸く収まりますからね」


 師匠がにこやかに応じた。

 まあ、たしかにイッシンは恩が返せるし、俺たちは要人に会える、そして同盟も外交問題が回避されるので、全てハッピーだ。


 こうして最高の解決策を見出した俺たちは、その場で祝杯を上げた。

 イッシンが暑苦しくてちょっと困ったが、アヤメもサツキも嬉しそうで何よりだ。

 その晩は調子に乗って、少し飲み過ぎてしまった。





 翌日はイッシンたちと共に、この町の行政府を訪問する。

 入り口で例のメダルを出すと、しばらく時間は掛かったが、ちゃんと応接室に通された。

 そこでしばらく待っていると、ハゲ頭のおっさんが駆け込んできた。


「ドラグナスのお子様が見つかったというのは、本当ですかな?」

「はい、本日はその報告に伺いました。失礼ですがどちら様でしょうか?」


 アヤメが対応すると、おっさんが居住まいを正す。


「これは失礼した。このマルケの市長を務める、バランデ・カールトンと申します」

「市長自らのご対応、痛み入ります。こちらがドラグナス使節のイッシン、私が妻のアヤメです」

「初めましてイッシン殿、アヤメ殿。して、そちらがくだんのお子様でしょうかな?」

「はい、この子が行方不明になっていた娘のサツキです。奴隷として買われた家から逃亡し、きゅうしていたところを、こちらのワルド様に救っていただいたそうです。昨日になってようやく再会が叶いました」

「おお、それは良かった。これで最悪の事態は避けられましたな……もちろんお嬢さんを拉致した奴隷商は、厳重に処罰いたします」


 バランデが心底ホッとした表情をする。

 彼の言う最悪の事態ってのは、サツキの殺害じゃなくて、ドラグナスとの国交断絶だろうけどな。

 ドラグナスってのは彼らだけにしか作れない特殊な金属を持っているため、多くの国家から特別な待遇を受けてるんだそうだ。

 そのおかげで人口が数千人しかいないのに、けっこうな存在感があるらしい。


「はい、これも同盟のご協力あっての賜物たまものです。今後とも、よろしくお付き合いさせていただきたいと考えております」

「こちらこそ。白昼に人さらいを許すなど、治安にゆるみが生じているようですな。今後はそんなことが起きないよう、対策を徹底いたします」


 対策を打つとは言っているが、人さらいなど大して珍しくもない世の中だ。

 衛兵に書面で注意が行って、それでおしまいだろう。

 そんな社交辞令的なやり取りを聞いていたら、サツキの話が終わり、こっちに話が振られた。


「ところで、こちらのワルド様から、市長に折り入ってお話があるそうです」

「ふむ、何かな? あいにくと私も忙しい身なので、手短にお願いしたい」


 今までとは打って変わって、警戒心を見せる市長。

 まあ、市長にもなれば、毎日いろんな陳情があるだろうからな。

 俺は速攻で師匠に対応を任せた。


「師匠、お願いします」

「初めまして、バランデ市長。私は旧エウレンディア領の南森林から参りました、ガルドラと申します。実は南森林の魔物対策について、ご支援をいただけないかと相談に参りました」


 それから師匠が森林地帯の状況をかいつまんで説明し、魔物討伐の必要性を訴えた。

 しかし南森林の住民だけでは人手が足りないので、冒険者を派遣してもらいたいこと。

 そして可能であれば、同盟からも幾ばくかの支援をしてもらえないか、という話をする。


「ふむ、南森林は我々の都市にも隣接しているので、他人事ひとごとではありませんな。しかしそれに支援を、となると私の一存ではとても決められません。しばし検討の時間をいただけるでしょうか?」

「もちろんです。滞在している宿の住所を残していきますので、そちらへ連絡をお入れください。ちなみに、どれくらい掛かりそうでしょうか?」

「そうですな……1週間ほどみておいてください。それでは次の来客がありますので、失礼させていただきます」


 市長は慌ただしく出ていったが、念願の要人に願いを伝えることはできた。

 俺たちはホッとして行政府を後にし、昼食を取ろうと手近な店へ入る。

 そして注文を済ませてから世間話をしていたら、ふいにアヤメが口を開いた。


「旧エウレンディア領では一体、何が起きているのでしょうか? ガルドラ様」

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