56.奴隷商からの追手
自由都市同盟の都市マルケに来た俺と師匠は、ダリウスの息子のサナルドを訪ねた。
おかげでそれなりの情報を得られはしたが、同盟の上層部への接触は厳しいと言われる。
その後も山人族から紹介された旧エウレンディア国民を、数人訪ねてもみたのだが、どこも似たような状況だった。
基本的に彼らは政治に関わらないので、町の噂話ぐらいしか収穫がなかったのだ。
「弱りましたね。要人に連絡を取るきっかけすら見つけられないとは」
「うん、想像以上に厳しいね。もう冒険者ギルドに相談する?」
「それもひとつの手段ですが、情報漏れが怖いので最後の手段にしましょう」
路傍でそんな話をしていたら、ギュルルルルーという音が聞こえた。
音の出所を探せば、サツキが情けない顔で腹をさすっている。
「お前、さっき昼飯食ったばかりじゃねーかよ」
「……腹減った」
見かけによらずサツキは、食いしん坊だ。
この小さい体でよくこれだけ、と思うほどたくさん食ううえに、すぐに腹を減らす。
仕方ないので近くの露店で串焼肉を買ってやると、その場でガツガツと食いはじめた。
よほど腹が減っていたのか、口の周りをタレでベトベトにしながら、すぐに食い終わってしまう。
そんな彼女に苦笑しながら、俺は世話を焼いた。
「ほら、口の周りが汚れているぞ」
「んう、別にいいよ」
布で拭いてやろうとしたら、サツキが嫌がって暴れ、フードが外れてしまう。
緑の髪が目立つのですぐに直したのだが、ちょっと遅かった。
「いたぞ、緑の髪の子供だ!」
少し離れた所から声が上がったと思ったら、数人の男が走り寄ってきて、俺たちを囲んだ。
「おい、そいつはうちから逃げた奴隷だ。今すぐ引き渡せっ!」
声を上げた男がサツキを指差し、一方的に引き渡しを要求する。
それに怯えたサツキが、俺の後ろに隠れた。
「なんの事だ? この子は、俺が知り合いから預かってる子だぞ」
「嘘をつけ。そんな緑の髪のガキ、めったにいるものかっ! 痛い目を見る前に渡した方が、利口だぞ」
そう言って男が指をボキボキ鳴らしながら、俺たちを威嚇する。
たしかにサツキは明るい緑色の髪をしており、めったに見るような特徴ではない。
しかし髪の色だけで判断しているなら、いくらでもごまかしようはある。
「おお、怖い。しかし逃亡奴隷だなんて、失礼な話だな。そもそもこの子には隷属の首輪なんか、付いていないじゃないか」
「そ、それは……そのガキが怪しげな術で、首輪を壊したんだ」
「へ~、隷属の首輪って、子供にでも壊せるものだったんだ? それは知らなかったな~。そんなんじゃ奴隷なんて、怖くて買えないな~」
俺がわざとらしく言うと、相手もひるんだ。
隷属の首輪っていうのは、商業ギルドと魔法ギルドが共同で作り出した魔道具で、奴隷の行動を制約する機能がある。
その製法は門外不出だが、両ギルドによってその信頼性は保証されている。
それが子供に壊されたと言えば、ギルドにケンカを売るにも等しい行為だ。
「ぐぬっ、原因は不明だがとにかく壊れたんだ。それにそのガキの肩には、焼き印が押されているはずだ」
「ほほう、ギルドにケンカを売った上に、あくまでこの子が奴隷だと言い張るか……それじゃあ、焼き印が無かったら、どう責任を取ってくれるんだ?」
「責任だと? たかが子供の肩を見るだけで、何を大げさな」
「いやいや、子供と言っても女性の柔肌を見せろってからには、ただでは済まないな……そうだなあ、金貨1枚ってとこか」
「ふざけるな。ガキの裸ぐらいでそんな金、払えるかっ! つべこべ言うと、ぶっ殺すぞ!」
男が今にも殴り掛かりそうになったところを、もう1人が止めに入った。
そのまま少し、ボソボソと話していたかと思うと、しぶしぶこちらに向き直る。
「いいだろう、そのガキの肩に焼き印が無ければ、金貨1枚払ってやろう」
「その言葉、忘れるなよ」
俺は自分の上着でサツキを覆い、肩から下が見えないようにしながら、彼女に服を脱がせた。
やがてサツキの白い肩がさらけ出されたが、それは実にきれいなもので、焼き印など影も形も無い。
「……なん、だと? 焼き印が無い?」
男が動揺してサツキを掴もうとしたので、俺がその手をはねのける。
するとそいつは顔を真っ赤にして、文句を言いはじめた。
「貴様っ、何をした? どうせ塗料か何かで隠してるんだろうがっ!。もっとよく見せるんだっ!」
「往生際が悪いな~。どう見たって傷ひとつ無いじゃないか。さあ、金貨1枚、払えよ」
「ふざけるな、そんなことがあるはずない、あるはずないっ!……そうか、貴様。魔性の技で焼き印を隠したな? もう容赦せんぞ!」
約束どおり金貨を要求したのに、男がブチ切れて剣を抜きやがった。
俺はとっさにサツキを師匠に押しつけて、すぐさま応戦する。
まず上段から斬りかかってくるその剣を、七王の盾で受け流した。
そして体が泳いだ男のアゴに右拳を叩きつけると、いいのをもらった男が無様に昏倒する。
すると、周りで様子を窺っていた見物人から、歓声が上がった。
「ウオ~、いいぞ、兄ちゃん。残りの奴らもぶっ倒しちまえ!」
「奴隷商人の手先が、でかい面してんじゃねえぞ~」
「そんな小さな子供をさらおうだなんて、恥を知りな!」
まだ相手は5人も残っていたが、さすがにこの状況で続ける雰囲気ではなくなった。
さっき止めに入った男が進み出て、最後の交渉をしてくる。
「悪い、もう一度だけその子の肩をよく見せてくれ。焼き印が無いなら、金貨を払って引き下がる」
そいつは話が分かりそうな奴だったので、素直にサツキの肩を見せてやる。
しかしどうしても焼き印は見つけられず、奴らは撤収していった。
金貨1枚を残して。
俺たちは見物人の称賛を浴びながら、その場を後にする。
多勢を前にして、子供を守りきったってのが、周りに受けたらしい。
思わぬ騒動に巻き込まれたが、なんとか切り抜けられたな。
宿に戻ってひと息ついていると、アフィが盾から出てきた。
「ガルドラの言うとおりにしておいて、正解だったわね」
「ああ、これもアフィの治癒魔法のおかげだよ。ありがとな」
サツキが俺たちに付いてきたいと言った際、奴隷の焼き印について、師匠から指摘されたのだ。
彼女のような逃亡奴隷は手配されている可能性が高く、たとえ首輪が無くても焼き印を見られれば、再び連れ去られる可能性が高い、と。
それをどうしたものかと話し合っていたらアフィが現れ、治癒魔法で消せるかもしれないと言ったのだ。
ものは試しとやってみれば、時間は掛かったがちゃんと焼き印を消すことができた。
そのおかげで、今日はサツキを連れ歩くことができたのだ。
治癒魔法自体は知られていても、焼き印を跡形もなく消すなんて、普通はできないからな。
そんなことを話していたら夕食の時間になったので、1階の食堂へ下りる。
注文を済ませてまたおしゃべりをしていたら、ふいに声が掛けられた。
「ようやく見つけたぞ、サツキ」