55.同盟の状況
ひょんなことから俺は、竜人族の少女、サツキを拾った。
さらわれて親とはぐれたという彼女を見捨てるわけにもいかず、しばらく面倒を見ることになった。
しかし、俺たちには自由都市同盟の情報を集め、あわよくば要人に接触しようという目論見もある。
翌日はとりあえずサツキを宿に残し、ダリウスの息子に会いにいった。
「こんにちは、サナルドさんはおられますか?」
「はい、私がサナルドですが、どのようなご用件でしょう?」
ダリウスに似た感じの、金髪碧眼のエルフ男性が応じてきた。
「旧エウレンディア領のダリウスさんから、紹介されてきました。これがその紹介状です」
「父上からですか? なんでしょう」
紹介状を手渡すと、彼が中身を確かめる。
さすがに俺が王族だとは書いてないが、お世話になったので願いを聞くように、と指示されているはずだ。
「なるほど。この地の情報をお求めなのですね。ここではなんですので、中へどうぞ」
「ありがとうございます」
彼に導かれて、俺と師匠が応接室に通される。
使用人がお茶を出して下がると、情報収拾の始まりだ。
「それでは改めて。旧エウレンディア領からやってきたワルドと言います」
「ガルドラです」
師匠の名を聞いたサナルドが、驚きを露わにする。
「エウレンディアのガルドラ様というと、賢者ガルドラ様でしょうか?」
「そのように呼ばれていた時期もありましたが、今は隠れ里に潜む隠者に過ぎませんよ」
「ご謙遜を。14年前の敗戦時、大量の難民がガルドラ様のおかげで救われたと、聞いております」
「いいえ、むざむざ帝国の侵攻を許した、無能な男ですよ」
「いえ、そんなことは……」
師匠の自虐気味な言葉に、サナルドが戸惑っている。
彼なりに許せないのは分かるが、あまり卑下するのもどうかと思うね。
「師匠、そんな話をしにきたんじゃないでしょ」
「ええ、そうでしたね。ところでサナルドさん、もしエウレンディアの王族が生き残っていたら、あなたはどうしたいですか?」
「は? エウレンディアの王族、ですか?……王家の血は14年前に途絶えたと聞いておりますが、もし本当におられるのなら、すぐにでも馳せ参じて、協力を申し出たいと思います。それも今は叶わぬ夢ですが……」
「そうでもありませんよ」
そう言いながら目配せを送ってきた師匠に応え、俺は七王の盾を展開させた。
ガシャンと拡がった盾が金色に輝くと同時に、アフィとシヴァが姿を現す。
「な……まさかそれは伝説の……七王の盾?」
「そのとおりです。そしてこちらにおられるのが、亡きヴィレルハイト王の遺児、ワルデバルド殿下です」
俺がにこやかにうなずいてやると、サナルドが椅子から下りて、床に膝を着いた。
「し、知らぬこととはいえ、失礼を致しました」
「まあまあ、そんなに固くならないで楽にしてください。今はまだ、滅んだ国の王子に過ぎないんですから」
するとサナルドが、その言葉に反応した。
「今はまだ、とおっしゃいましたね? それではいずれ立つ、ということでしょうか?」
「もちろんですよ。今はようやく盾の力を解放したばかりなので、仲間と情報を集めてるとこです」
「なるほど……父の紹介で来たということは、すでに父も動いているのですね」
「ええ、幸いにも縁がありましてね。ダリウスさんは旧エウレンディア領で準備を進めています。今日は、自由都市同盟のお話を聞かせてもらいにきました」
「それは、光栄の極みです……フーーーッ……失礼しました。予想外のお話で、まだ少し動揺しています」
「分かりますよ」
彼が落ち着くのを待って、改めて話を進める。
「それで同盟についてお聞きしたいのですが、まずこの辺の情勢はどうですか?」
「そうですね。最近は帝国がおとなしいので、静かなものですよ。元々、同盟は商業が盛んですから、戦は好みません。エウレンディアの滅亡前は帝国からの圧力も強くて、けっこうピリピリしていたという話ですが」
「やはり帝国の圧力は減ってるんですね?」
「減ってるどころか、ほとんど皆無という噂ですよ。よほど戦力がひっ迫してるのか、同盟との国境には最低限の兵しか置いてないそうです。そのせいか、外交政策もかなり穏便らしいですね」
「なるほど。エウレンディア以外にとっては、帝国の侵攻も悪くなかったってことか」
帝国への怒りを感じながらも、俺がそう言うと、サナルドが苦笑いした。
「いえいえ、そうでもないようですよ。帝国が”竜の咢”を放棄したおかげで、旧エウレンディア領側の魔物が増えました。騎士団や冒険者がそちらに取られて、他の地域で魔物被害が増えているそうです」
「ああ、やっぱりそうですか。実は森林地帯の中でも、強力な魔物が増えて困っているんですよ」
「それはそうでしょう。エウレンディアがほぼ完璧に封鎖していた咢が、放置されてるんですからね。まったく帝国も、何を考えてエウレンディアへ攻め込んだのか? せっかく奪い取った領土も、ほとんど管理できていないのでしょう?」
彼が心底あきれたという表情で、首を横に振る。
俺も苦笑いしながら、それに応えた。
「ほんと、そのとおりですよ。よっぽどエウレンディアのことを舐めてたんでしょうね。人口が30万人程度の小国だったから、仕方ないのかな?」
「それだけではありませんよ。我がエウレンディアは、一度も侵略戦争をしたことがない国でした。そのために誰も我々の実力を知らず、張子の虎だと思われていたのでしょう。それでいて大魔境の門番として尊敬を集めるエウレンディアが、妬ましかったのではないですか」
俺のぼやきに応えるように、師匠が推測を述べる。
その表情は静かな怒りをたたえ、14年前の侵略を思い出しているようだ。
するとサナルドも、意地の悪い顔で応じた。
「聞くところによると、帝国内部もゴタゴタしてるようですよ。帝国は元々、強力な軍隊で他国に侵攻し、奪い取った領土を分配することで、国内を統制していました。それができなくなったことで、貴族の不満が高まっているんだそうです。さらにそれを挽回しようと、平民からの搾取を強めたので、民心も離れているとか。おかげで治安が悪化して、帝国との商売はやりにくくなっていますね」
「フフンッ。1国を滅ぼしておいて、幸福になった者がほとんどいないとは、なんと馬鹿馬鹿しい。敵国とはいえ、帝国の民には同情しますね」
師匠が心底くだらないといった表情で、帝国をこき下ろす。
たしかにそんなことのために滅ぼされた方としては、たまらないものがある。
しかしそんな状況の中にこそ、利用できるものがあるとも感じた。
「でも師匠、そんな状況なら、こっちがつけ入る隙もあるよね?」
「ええ、これは利用できますよ。現皇帝の首をすげ替えろとあおって、帝国を内部から揺さぶってやれますね」
師匠が邪悪な笑みを浮かべながら、陰謀を口にする。
しかしそれには俺も大賛成だ。
内部から揺さぶれば、それだけで敵の戦力を拘束できる。
するとサナルドも協力する姿勢を見せた。
「それならばぜひ、私にも協力させてください。商売の関係で、帝国内部にも多少の伝手はあります。ただ問題は、反乱分子を焚き付けるほどの資金がないことでしょうか……」
「ふむ、それが最大の問題でしょうね。今後、旧国民に寄付を募るにしても、とても足りるような額ではないでしょう。何か金策を考えるにしても、当面は立て替えてもらわねばなりません」
「はあ、それはやぶさかでないのですが、すぐに底を突くと思いますよ。この店も情報収集のために維持しているだけで、あまり利益は上げていないのです」
申し訳なさそうに言う彼に、俺は提案を持ちかけた。
「それについては、冒険者稼業で稼ごうと思うんだけど」
「そんなことが可能なのですか? 殿下」
「すでにナリム村を襲ってきたオークの群れだけで、金貨50枚ぐらいは稼いでるんだ。ダリウスさんには儲かりそうな素材を調べてもらってるから、今後はそれを狙って魔物を狩る予定。かなり危険な魔物でも、七王の支援があれば討伐できるからね」
すると師匠が横から口を挟んだ。
「しかしそんなことをすれば、殿下が目立ってしまいます。それでは蜂起する前に、帝国に勘づかれるかもしれませんよ」
「そこは仲間の冒険者を隠れ蓑にして、うまくやるよ。過剰な成果も、分散すれば目立たないでしょ?」
「そうは言っても……」
珍しく師匠が煮えきらない態度を取るが、俺はもう決めていた。
なんとしても、やり遂げるのだ。
そういう目で師匠を見据えると、彼も覚悟を決めたようだ。
「分かりました。殿下の情報がばれないよう、こちらでも手を打ちます。ただしくれぐれも、慎重に動いてください」
「分かったよ」
ここで師匠が、改めてサナルドに話しかける。
「それでサナルドさん、同盟の上層部が我らの蜂起を知ったとして、どう動くと思いますか?」
そう問われて、彼が少し考え込む。
「そうですねえ…………同盟自体は領土の拡張などは望んでいないので、静観すると思います。まあ、我らの商売に差し障りがあれば違うでしょうが」
「ふむ。それでは旧エウレンディア国民を大量に呼び戻したら、どうなるでしょう?」
サナルドがまた少し考える。
「……数にもよりますが、さすがに無関心ではいられないでしょう。たしか14年前、10万人近い難民が同盟に流れ込みました。エウレンディアに同情的だったために受け入れてもらえましたが、それなりに混乱もあったようです。ようやくこの国に定着しつつあるのに、それが急激に流出すれば、問題視されるかもしれません」
「やはりそうですか。迷惑を掛けたのは事実ですから、あまり勝手にやると、怒りを買う恐れがありますね……一度、話を通しておきたいところですが……」
師匠があごに手を当てて考え込む。
「話を通すって、なんか伝手はあるの?」
「それが問題なのですよ。サナルドさん、同盟の上層部に接触する方法は何か、ありませんか?」
「それは…………非常に難しいですね。私の付き合いがあるのは、この町の末端クラスです。同盟の評議会まで話を上げるのに、どれほどの時間が掛かるか。よほど運が良くない限り、話さえ聞いてもらえないと思います」
「そうですか……とはいえ、他に手が無いのも事実。まずはこの都市の幹部に接触できないか、当たってもらえませんか?」
「はあ、分かりました。しかし、本当に難しいと思いますよ」
サナルドが本当に申し訳なさそうに言う。
よほど自信がないのだろう。
彼に任せるばかりでなく、俺たちも何か考えた方がよさそうだ。