54.竜人族の少女
俺の財布をすろうとした子供がケガをしていたので放ってもおけず、とりあえず面倒をみることにした。
気を失ったままの子供を抱え、俺たちは手近な宿に入り、部屋の有無を確認する。
「3人なんだけど、部屋は空いてる?」
「ああ、空いてるぞ。しかし汚さないでくれよ。本当はそんな浮浪児、勘弁して欲しいんだがね」
「ちゃんと洗ってから入れるよ。水場を貸しておくれ」
「裏に井戸があるから、それを使いな。部屋代は銀貨7枚だ」
部屋代を払い、出された鍵を師匠に渡す。
「先に行っておいて。俺はこいつを洗ってく」
師匠と別れて裏口を出ると、たしかに井戸があった。
とりあえず水を汲み、濡らした手拭いで子供の顔を拭いてやる。
そうやって汚れをぬぐってやると、予想以上に綺麗な顔が現れた。
一見、単人族に見えるが、髪が緑色なので別の種族のように思う。
額に2ヶ所のふくらみがあるのも、気になるところだ。
「ウッ、ウーン」
冷たい水で拭いたせいか、ようやく子供が意識を取り戻した。
「ここは?……ハッ、お前はさっきの……俺に何するつもりだよっ?」
「何するって、お前が乱暴者に殺されそうだったから、助けてやったんだ。あのままだとお前、死んでたかもしれないぞ」
「……そういえば、ヤクザみたいな奴にぶつかって、蹴られたんだっけ」
そう言いながら、ガキが腹をさする。
普通なら死んでいてもおかしくない様子だったが、意外に頑丈らしい。
「大丈夫か? けっこうひどくやられてたけど」
「俺の体は、頑丈なんだい」
「ふ~ん、お前、何族なんだ? ヒュマナスに見えなくもないけど、なんか違うよな」
「ひ、ヒュマナスだよ」
「ふうん、お前みたいなのもいるのか?」
すると盾からアフィが飛び出してきた。
「違うわよ、ワルド。その子、竜人族よ。額のふくらみからツノが生えてくるの」
「ドラグナス? なんだそれ?」
「ここから遥か東方に住む少数民族よ。竜種の血を受け継いでるって話ね」
「へ~、そんな種族があるんだ」
そんな話をしていたら、ガキが俺の袖を引っ張った。
「おい、その妖精はなんだよ? それとドラグナスとか、でけえ声で言うんじゃねえよ。ばれたらまずいじゃねえか」
「お、そうか。それは悪かったな。まあ、少数民族のガキがうろついてたら、さらわれるかもしれないしな。この妖精はアフィっていって、俺の仲間だ」
「ちょっと、ワルド。女の子にガキだなんて、失礼じゃない」
「ええっ、お前、女だったのか? 言葉が乱暴だから、てっきり男だと思ってたぞ」
言われてみれば、女に見えないでもない。
すると気分を害したガキが、ふくれっ面で抗議する。
「う、うるさい。女だってばれると、いろいろ面倒だから、男のふりしてるんだよ!」
「そうかそうか。それでお前、帰る家はあるのか? とりあえず体を綺麗にすれば、この宿に泊まれるけど、どうする?」
それを聞いたガキが、訝しそうに問うてくる。
「……なんで、なんで財布をすろうとした俺の面倒なんか、見るんだよ?」
「さっきまで死にかけてると思ってたからな。ケガしてないんだったら、帰ってもいいぞ」
するとそいつはうつむいて、腹をさすった。
「やっぱりまだ痛むのか?」
「……が減った」
「なんだって?」
「だから、腹が減ったから飯を食わしてくれって言ってんだよ!」
体の心配してたら、腹が減ったときた。
しかも飯を食わせろとは、図々しい奴だ。
どうすべきか判断に迷っていると、アフィが肩をすくめて言った。
「これも何かの縁だから、面倒見てあげたら?」
「まあ、乗りかかった船か。それじゃあ、体を洗ってこれを着てこい。部屋は2階の5号室だ。アフィは見張っててやれ」
俺は予備のシャツを渡して、2階の部屋に上がる。
万一、あのガキがさらわれないように、アフィには見張りを頼んでおいた。
部屋には3つのベッドに、テーブルと椅子もあり、師匠は何か本を読んでいた。
「師匠、さっきの子供、ドラグナスってのらしいんだけど、そんなの知ってる?」
「おや、変わった子だとは思ってましたが、ドラグナスでしたか。遥か東の地に住む、珍しい種族ですね。私もそれぐらいしか知りません」
「やっぱりそうなんだ? それだと飯だけ食わせて放り出すのも可哀想かなぁ……まあ、とりあえず事情だけは聞いてやるか」
しばらく待っていると、ようやくガキが現れた。
シャツを着ただけの貧相な恰好だが、さっきまでの臭いそうな身なりよりは、だいぶいい。
俺はすぐに下へ降りて、頼んでおいた夕食を受け取り、部屋に持ち帰ってテーブルに並べる。
それは木の器に入った煮物とパン、そしてワインや水だけの質素なものだ。
「ほれ、食え。お前のは、多めに頼んどいたぞ」
するとガキはよっぽと腹が減っていたのか、ガツガツと食いはじめた。
一応、最低限のマナーは守っているので、そんなに育ちは悪くなさそうだ。
俺と師匠も一緒に食べて腹を満たした後、ワインを飲みながら話を聞いた。
「それじゃあ、まずお前の名前を聞こうか。俺はワルド、こっちは師匠のガルドラ様だ」
「サツキだ」
「サツキか、ちょっと変わってるけどいい名だな。それで、なんでドラグナスがこんなとこにいるんだ?」
「うん、それが実は――」
聞けば、サツキは両親と一緒に旅をしていたそうだ。
しかしある日、うっかり親とはぐれて奴隷狩りに捕まってしまう。
そして追手をまくために早々に馬車に押し込まれ、この町に送られてきたそうだ。
さらにこの町で奴隷として売り払われたんだが、その日の内に襲われたので、相手を殴り倒して逃げ出した。
普通の奴隷には主人を殴るなんて絶対にできないんだが、反抗時に苦痛を与える隷属の首輪が、なぜかサツキには効かなかったそうだ。
しかし逃げ出したはいいものの、知らない町で路頭に迷い、ゴミあさりやかっぱらいでなんとか食いつないできた。
そんな状況で俺の財布に手を出し、今に至るというわけだ。
「サツキ、お前がさらわれた町の名前は覚えてるか?」
「う~ん、たしか、イスカだったと思う」
「師匠、知ってる?」
「たしか、自由都市同盟でも、かなり東の方ですね。歩けばひと月は掛かるでしょう」
さすがにそんな遠くまで送ってやる義理はないと思いながら、サツキに聞く。
「サツキはどうしたい? さすがにそんな遠くまで送ってやるほど、暇じゃないんだ、俺たち」
「ふ、ふざけんな! これだけ優しくしといて見捨てんのかよ。だったら、だったら最初から優しくすんなよぅ……フ、フエエ~~ン」
とうとう泣きだした。
「そんなこと言ったって、俺は正義の味方でも慈善家でもないんだぞ。お前に何かできるか?」
「な、なんだよ、お前も俺を襲うのかよぅ」
そんなつもりはこれっぽっちもないが、サツキが手で体を隠すようにして後ずさる。
まあ、奴隷として買われた先で襲われたらしいからな。
「まあまあ、ワルド。ドラグナスには、何か特殊な能力があると聞きます。隷属の首輪が効かなかったのは、その能力のおかげではないですか? サツキさん」
「ああ、俺たちの体は、攻撃を加えられると硬くなってそれを弾くんだ。たぶんそれで首輪が壊れたんだと思う」
「ほほう、肉体硬化の術ですか。それだったら、少しは役に立つかもしれませんねえ」
「こんな小さい女の子に、何させようっての? 師匠」
「小さいって言うな。俺はこう見えても10歳だ!」
「10歳なんて、立派なガキじゃねえか」
「うっさい、ドラグナスは見た目以上に強いんだぞ! バーカ、バーカ」
なんちゅう、口の悪い。
よかろう、それならこき使ってやろうじゃないか。
「よーし、そこまで言うんなら使ってやろうじゃねえか。俺の護衛兼小間使いで雇ってやる。まずはその言葉使いを直せ」
「ウッ、本当か? 本当に雇ってくれるのか?」
「ああ、ただし使えなかったら、すぐ解雇してやるからな」
「うん、頑張るよ。頑張るから、フエエーン」
またサツキが泣き出した。
知らない土地で1人、よっぽど寂しかったんだろうか?
しかしこれ、厄介事になるんじゃねえかな。