52.新たな仲間たち
「ワルドさん、あなたは一体、何者ですか?」
オーク撃退後の報告会で、ハーフエルフのカイルが問いを放った。
ただし彼は問い詰めているのではなく、純粋に知りたいという雰囲気だ。
「何者って、駆けだしの冒険者ですけど」
「オークリーダーに率いられた群れを撃退し、瀕死の重傷が3日で治るような人が、ただの冒険者のはず、ないですよね?」
「えーっと、それはですね……」
回答に困ってじっちゃんにすがろうとしたら、横に首を振られた。
えっ、助けてくれないの?
「ワルドさん、私は別に責めるつもりはないんです。ただ純粋に、我々を救ってくれたのは誰なのか、それを知りたいんです」
真摯に問いかけてくる彼をごまかすのは、少し難しそうだ。
しかし他の耳目もある中で、どこまで言ってよいものか。
少し悩んでいたら、獅子人族の男が口を挟む。
「冒険者が手の内を明かしたくないってのは、よく分かる。しかし俺らはすでに、見ちまったんだ」
「見たって、何をですか?」
「オークと戦っていた使役獣さ。あれは七王だろ?」
その言葉にギクリとしたが、なんとか平静を装ってその場を取りつくろおうとする。
「七王って、なんのことですか?」
するとライアスがため息をついて、さらに続ける。
「俺とここにいる2人は、旧エウレンディア王国の兵士だったんだ。閲兵の際に、七王の姿を拝見したことがある。エウレンディア王の左腕に光っていた盾もな」
「いや、これはただの籠手ですよ。ちょっと変わった形のね」
苦しい言い訳でごまかそうとしたら、彼は笑って話を合わせてくれた。
「そうか。それならそういうことにしとこう。しかしいずれにしろ、あんたは俺たちの命を救ってくれた。その恩義に報いる覚悟があることは、知っておいて欲しい」
「それは……ありがとうございます」
その申し出をどう受け取っていいか迷っていると、ダリウスとバシルがニヤニヤしているのが見えた。
目線で説明を求めると、ダリウスが楽しそうに教えてくれた。
「元々、この国に来ている冒険者やギルド関係者には、エウレンディアに関わりのある者が多いのです。その中から特に信用できそうな連中が、この村に集まっております。当然、このバシルもですな」
「そうです。私だって、旧エウレンディア国民だったのですよ。だから七王の盾が再び現れたらいいな、とか普通に思ってます」
「は、はあ……」
たしかにこの国に冒険者ギルドを招致した際、ダリウスが関わっていたと聞く。
その過程で親エウレンディアの人間が集まったとしても、不思議はないだろう。
それらの話を聞いて、”そろそろぶっちゃけるか”と覚悟したところで、アフィから念話が入った。
(待って、ワルド。まだ誰もが信用できると決まったわけじゃないわ。私に確かめさせて)
(確かめるって、何をだよ?)
(今から話すことを他には漏らさないと約束できるかって、聞いてくれればいいわ。その時に盾の上面を出席者に向けて)
(まあ、それくらいなら……)
俺は咳払いをするように左腕を上げ、盾を前に向けながら質問を放った。
「コホン、実は重要なことをお話したいんですが、皆さんは秘密を守れますか?」
「さっき言ったとおり、あんたには命を預けるつもりだ」
「当然じゃな」
「当然です」
皆が口々に秘密厳守を誓うのを見て、俺は信用できるんじゃないかと思った。
するとアフィがふいに盾から飛び出してきて、1人の猫人族の前まで飛んだ。
「ウワッ、なんだこいつ?」
「ワルドさんの妖精じゃねえか。一体、どうしたんだ?」
リンクスの男が大げさに驚くのとは対照的に、周りの人間は平然としていた。
すでに俺の妖精として認識されているのもあるが、彼らにはやましいところもないのだろう。
慌てるリンクスの男に、アフィが話しかける。
「ねえ、あなた。秘密を守るつもりがないのに、なぜ嘘をつくの?」
「なっ、なに言ってんだよ。俺は嘘なんてついてねえ」
「へえ~、妖精の前でそんな話、通じると思う?」
間近でアフィの金色の瞳に見つめられ、リンクスの男の顔が青くなった。
妖精は人の嘘を見抜くってのは俗説だが、広く信じられている。
そして実際に彼だけが、アフィの嘘センサーに引っかかったようだ。
するとライアスの男が、リンクスの男を取り成そうとする。
「おいおい、それはどういうことなんだよ? ネリーだって、エウレンディアの出身だぜ」
「エウレンディアの出身だからって、必ずしも信用できるわけじゃないってことですよ。すみませんが、彼は別室で拘束しておいてもらえませんか」
「ふむ、妖精は人の嘘を見抜くというからな。バシル、彼を拘束してくれ」
「あ、ああ、分かった」
俺の要望に、ダリウスとバシルが動いてくれた。
バシルが呼んだ配下が、ネリーと呼ばれる男を連れて下がる。
再び部屋の中に落ち着きが戻ると、ダリウスが切りだした。
「さて、皆の者。だいたい察しているとは思うが、真実を話そう。ここにおられるお方こそ、前王ヴィレルハイト様の嫡子、ワルデバルド殿下だ」
「ワルデバルド、殿下?」
「……やっぱりか」
「まさか本当に王族が生き残っていたとはな……」
ダリウスの言葉に、皆がそれぞれの反応を示す。
しかしこれまでの流れで七王の存在はほぼ明らかだったので、大きな驚きもなかった。
するとギルド支部長のバシルが、ワクワクした顔で騒ぎだす。
「凄い凄い! 今まではダリウスと一緒に、少しでもエウレンディアの民を救う相談をしていたのに、本当の王族が出てくるなんて! 殿下がいれば、王国の再興も夢ではないですよね?」
「これこれ、落ち着かんか、バシル」
「これが落ち着いていられるかい。しかし殿下は、なぜ今まで隠れておられたのですか?」
「隠れてたっていうより、俺もつい最近まで、自分が王族だなんて知らなかったんだ」
それについては正直にこれまでの経緯を話した。
ガルドラに保護された俺は、何も知らずに隠れ里で成長し、最近七王の盾を手に入れたことまでを語る。
「なるほど。七王の盾が殿下の成人を待っていたのですか。さらに殿下は王都で、盾の力を解放した、と」
「それだけではないぞ。森林地帯の中では、すでに王国再興に向けて準備が進んでおる。あのガルドラ様が指揮を執ってな」
「それは実に心強い。そうなるとこの村の再建も、偶然ではありませんね?」
「当然じゃ。殿下が領土を奪還するための拠点とするのよ」
ダリウスが得意そうに事情を説明すると、ライアスの冒険者も話に乗ってきた。
「そいつはまた、楽しそうな話じゃねえか。ぜひ俺たちにも噛ませてもらいたいもんだ。これからどう動きゃいい?」
子供のように目を輝かせる彼に、とりあえずできることを伝えた。
「とりあえずはこの村の防御を固めるのと、同志集めかな。信頼できる冒険者たちに声を掛けて、この村に呼んでくれないかな?」
「うーん、ある程度は集まるだろうが、他の町も人手不足だ。この村にだけ集めるってのは難しいな。それぐらいなら他の町でも親エウレンディアの地下組織を作って、蜂起に備えた方がいいだろう」
「う~ん、そっちの方がいいかな。その辺はダリウスさんと相談してもらえる? それとカイルさん、ハーフエルフの人たちって、もっと集まらないかな?」
ふいに話を振ると、カイルが怪訝な顔で返す。
「さらにハーフエルフを集めたいとおっしゃるのですか? 我々は無力で、どこでもつまはじきにされているのに……」
「なに言ってんだい。カイルさんたちはもう、無力じゃないだろ? 精霊魔術があれば、ハーフエルフにだって魔法が使えるんだよ。片親がエルフなら、基本的にエウレンディアの縁者なんだ。一緒に王国を再興しようよ」
それを聞いた彼が、ハラハラと涙を流しはじめた。
「わ、私たちも、仲間として扱ってもらえるんですか? 常に除け者にされてきた、私たちに……」
「もちろんさ。その代わり、バッチリ働いてもらうけどね」
冗談めかして言うと、彼は涙をぬぐいながら答えた。
「は、はいっ、精一杯やります」
今日ここに、王国再興へ向けて新たな仲間たちが加わった。
これでまた夢に1歩、近づいただろうか。