49.オーク来襲2
リーダーに率いられたオークの群れを発見した俺たちは、ただちに村へ取って返した。
1刻ほどで村へ到着すると、ただちにギルドへ人を集めてもらい、報告を行う。
「オークリーダーが率いる50匹の群れを発見しました。ここから歩いて、1日ほどの距離に迫っています」
「50匹の群れだとっ?」
「信じられん。そんな群れ、見たことがない」
「こうしてはおれん。ただちに避難だっ!」
「しかし、ここから1日の距離では、逃げきれんのではないか?」
すると報告を聞いた人々が騒ぎはじめ、収集がつかなくなった。
そこでじっちゃんに目くばせを送ると、彼が前に出て裂帛の声を上げた。
「静まれいっ! こんな時こそ冷静になるのだ!」
「ウッ、そ、そうだ。冷静になろう」
ようやくダリウスや支部長も落ち着きを取り戻し、話をする雰囲気になった。
「うむ。ところでダリウス殿、住民は1日かそこらで、避難できるのであろうか?」
「むう…………仮に逃げ出したとしても、旧王都までたどり着けない可能性が高い。オーク以外にも魔物はうろうろしているのだ」
「うむ、そうだな。それでは支部長、オークの撃退は可能か?」
するとギルドを統括するバシルが、苦い顔をした。
彼は中年の単人族で、砂のような髪と青い目を持つ男性だ。
「そんなのは無理だ。この村にいる冒険者はほんの20人程度だし、町から呼び寄せてる暇もない。それで50匹のオークに対抗するなんて、無謀にも程がある。こうなったらバラバラに逃げて、少しでも多く町へ逃げ込むしか、ないんじゃないかな」
それは事実上、一般人を見捨てることを意味していた。
たしかに腕に覚えのある冒険者だけなら、何人かは逃げられるかもしれない。
しかしそんなことは、俺が許しはしない。
「待ってください。どうせ逃げきれないなら、住民も巻き込んで迎撃態勢を整えましょう。精霊魔術の術師も増えてるから、決して不可能じゃないはずだ」
「し、しかし、下手をしたら全滅だぞ」
バシルがなおも渋るので、俺はダリウスに向き直った。
「ダリウスさん。今からギルドに、ナリム村防衛の依頼を出してくれませんか? 冒険者にはランクに応じた報酬を出すことにして、成果報酬もあり。防衛に成功すればオーク素材が売れるから、収支は合うと思うけど」
「ふ~む…………そうですな。このまま逃げだしては投資を回収できないが、成功すれば収入も望める、と……分かった、バシル殿。防衛依頼を出しますぞ」
ダリウスはしばし考え込んでから、みんなの前に金貨入りの革袋を置いてみせた。
すると、それを見た冒険者たちの顔色が変わった。
報酬が出るとなれば戦う意味はあるし、何より彼ら自身も住人を見捨てることに後ろめたさを感じるのだ。
1人、また1人と依頼を受ける冒険者が出てくると、バシルも覚悟を決めた。
「あ~もう、分かりましたよ。死ぬ気でやってやろうじゃないか。しかしワルドさん、言いだしたからには責任を取ってくださいよ」
「もちろんです。魔法部隊の編制と指示については、俺が引き受けます。戦闘部隊の方はじっちゃんと、他の冒険者の方でお願いします」
「了解した」
「ああ、俺たちもやってやるぜ」
さっきまで死にそうな顔をしていた冒険者たちの顔に、生気が戻った。
それから俺は、即座にハーフエルフの術師をかき集め、作戦会議を開いた。
「ということで、オークの群れを迎え撃つことになりました。皆さんには全面的な協力をお願いしたい」
「……協力といったって、どうします? 50匹のオークでしょう?」
術師を束ねるカイルが、いきなり弱音を吐く。
そんな彼らに俺は、根気よくやることを説明した。
「まず火魔法、風魔法、水魔法使いは明日に備えて戦闘訓練をします。そして土魔法が使える人は、防壁の強化と見張り櫓の増設を手伝ってもらいます」
ハーフエルフの術師は45人ほどいて、そのうち火、風、水属性持ちが30人、残り15人が土属性だ。
戦闘訓練はレーネに任せ、俺とアニーは土属性持ちを率いて、土木工事に当たった。
みんなで防壁の弱い所を強化したり、新たな見張り櫓を建造したりと、夜を徹して働いたのだ。
戦闘部隊の方も、部隊を編成して指揮系統を決めたり、作戦を練ったりしていた。
そんな準備の傍ら、俺は日が暮れる前にガルダを呼び戻し、代わりにアフィをオークの監視に送り出しておいた。
おかげで敵の位置は常に把握できており、翌日の昼以降にオークが来襲すると予想された。
工事が一段落して寝ていた俺は、夜明けと共に起き上がる。
今日は生きるか死ぬかの戦いになるのだ。
ゆっくりと寝てなどいられない。
またガルダを監視に送り出すと、やがてアフィが戻ってきた。
「お疲れさん。敵の状況はどうだった?」
「ふわ~っ、あいつらもさすがに真夜中は寝てたわ。でも着実にこちらへむかってるの。途中で別の魔物の群れとかち合ったりしても、簡単に殲滅してたわ。特にあのオークリーダーの強さ、ハンパじゃないわね」
「そうか……そんなに強いリーダーが倒されたら、オークは逃げると思うか?」
「う~ん、確信はないけど、その可能性は高いんじゃない?……って、ワルド、ちょっと待ちなさいよ。ひょっとして一騎打ちでもするつもり?」
アフィが深刻な表情で、俺を問い詰める。
そんな彼女に、俺も迷いながら相談してみた。
「もちろん七王と一緒だけど、それも必要なんじゃないかと思ってる。だって、この村の防壁じゃあ、オークの攻撃に耐えられないだろ?」
「だからって、ワルドだけが危険を冒す理由にはならないわ。下手をすると、敵中で孤立するかもしれないのよ」
「それは分かってる。だけどさ……」
この状況で防壁の内に籠っても、無事でいられるとは思えない。
それだったら俺が打って出て、リーダーを討つべきではないかと思うのだ。
そんな俺の思いを感じたアフィが、ため息をついた。
「はあ……もうあなただけの体じゃないのよ。だけどこの村の住人を見捨てるなんて、あなたにはできないでしょうね。仕方ない、協力してあげるわ」
「うん、ありがとう。みんなで力を合わせて、なんとしても生き残ろうぜ」
「そうね、そうしましょ。だけどとりあえず、私は少し寝るわ」
そう言って彼女は、盾の中へ消えていった。
その後も防壁の強化や魔法の訓練で、時間はどんどん過ぎていく。
そして太陽が天頂に至る頃、とうとう奴らが現れた。
「き、来たぞ~。オークの群れだ~!」
西側にある正門の見張り櫓から、オーク襲来の声が上がった。
それまで半信半疑だった住民も、それを聞いて動揺しはじめる。
そんな誰もが不安そうな中で、俺とじっちゃんは前に出た。
「みんな、とうとうオークが現れた。だけど俺たちも準備はしてあるんだ。なんとしても生き残って、勝利の美酒を味わおうじゃないか!」
「そうじゃ、ワルドさんの言うとおりだぞ。無事に生き残った暁には、ボーナスも弾むぞい」
俺の言葉にダリウスが相乗りして軽口を叩くと、少しだけ雰囲気が和らいだ。
ここで普段は無口なじっちゃんも、ひと声上げる。
「皆の者。たしかにオークリーダーが率いる群れは強大だ。しかし我らには頼もしい防壁と、魔法戦力がある。そして何よりも、弱者を見捨てない強きリーダーがここにいる」
そう言いながらじっちゃんが、俺の肩に手を置いた。
「我々個人は弱くとも、目的をひとつにして戦えば、きっと道は開ける。だから皆、ワルドを信じて、そして仲間を信じて戦ってくれ。儂も精一杯、戦おう」
するとハーフエルフのカイルが、その声に応えた。
「そうだ。ワルドさんは俺たちハーフエルフを、魔法使いにしてくれた。俺は彼のためなら命だって惜しくない。そして俺たちは家族を、仲間を守るんだ!」
「よ~し、やってやろうじゃないか。不可能を可能にするんだ」
「オオッ、野郎ども、持ち場に付きやがれ~!」
その場にいた者たちが、それぞれの持ち場に散っていく。
その瞳には、なんとしても生き残るという気概があふれていた。
そうだ、俺たちは生き残ってやるんだ。