5.汝の名はアプサラス
「それはあなたが、エウレンディア王家の生き残りだからよ」
自分を七王だという妖精が、さらにとんでもないことを言った。
俺が14年前に滅びた国、エウレンディア王国の王族だと言うのだ。
「そんな馬鹿な。俺は14年前の敗戦で親を亡くした、ただの孤児だぜ。しかもエルフのくせに、生活魔法すら使えない無能なんだ!」
「あ~、今まで魔法が使えなかったのは、まさに王族だからよ。七王の盾を使うことに特化してるから、盾がないと魔法も使えないの」
「マジかあぁぁぁぁ~っ! 俺の人生、返せぇぇぇ~っ!」
今まで魔法が使えなかったことで、俺がどれだけ苦労してきたことか。
ジョスたちだけじゃなく、ほとんど全てのエルフに馬鹿にされ続けてきたんだ。
あの、ゴミでも見るような目つき、思いだすだけでも腹が立つ。
さらに石を投げられたり、無能のお兄ちゃんとか呼ばれたりして、何度死にたいと思ったことか。
そんな中でも俺がグレずにいられたのは、師匠とアニーのおかげだ。
彼らだけは、俺を馬鹿にしなかったから。
特にアニーは、俺の天使だ。
「キュン」
するとカルが俺の顔を舐める。
ああ、カルも俺の心を癒やしてくれたな。
かわいいは正義だ。
それにしても、俺が辛い思いをしたのが王族の血統のせいだったとは、なんて皮肉だろうか。
だって王族ってのは本来、民に敬われるものじゃないか。
それが自らの血統のせいで、無能と蔑まれていたなんて。
あれ、なんで王族がただの孤児として育てられてたんだ?
いかに敗戦で混乱してたからって、分からなくなるようなことか?
そんなことを考えてたら、妖精が声を掛けてきた。
「ねえ、あんた、大丈夫? ひとりでブツブツ呟いちゃって、なんかヤバい奴みたいよ」
「ハッ……俺、なんか言ってたか?」
「うん、俺をゴミみたいに見やがってとか、何度も死にたくなったとか……」
「ウウッ……仕方ないだろ。それだけ俺は苦労したんだよ」
恥ずかしい思考を聞かれたことに、思わず顔が赤くなる。
そんな俺に、妖精が不思議そうな視線を向ける。
「ふーん……なんで王族のあんたが、そんなに苦労してるのよ?」
「俺にも分からないよ。周りには14年前に拾われた孤児、としか思われてない。誰も俺のこと、王族とは思ってないぜ」
「そうかしら?……そのじっちゃんて人、名前はなんていうの?」
「え? アハルドだけど」
「アハルド? ひょっとして狼人族の偉丈夫?」
「そうだけど、知ってるのか? じっちゃんのこと」
「たぶんね……とりあえずその人に会って、事情を聴いてみましょ」
「あ、ああ、そうだな」
俺は妖精に促されるまま、木から下りて歩きだした。
妖精もふよふよと飛びながら、俺の後をついてくる。
「そういえば、名前はないのか? お前」
「私? 私は光王よ。昔からそう呼ばれてるわ」
「いや、でもそれってたぶん、称号だよな。光の王っていう」
「うーん、まあ、それはそうね…………それならさ、私に名前を付けてくれない?」
「俺なんかでいいのか?」
「何言ってんのよ。あんたはエウレンディア王家の生き残りなのよ。他の誰が私に、名前を付けられるっていうのよ」
「うーん、それもそうか? しかし名前っていってもなぁ……」
歩きながら、名前を考えてみる。
小さいからチビとか付けたら、怒るよな、絶対。
他に何か……。
”アプサラス”
ふいに誰かの声を聞いた気がして、思わず辺りを見回した。
しかし、妖精以外には誰もいない。
「今、何か言った?」
「え? 何も言ってないわよ。それよりも私の名前は?」
「そうか。お前の名前だったよな……それじゃあ、”アプサラス”ってのはどうだ? 普段は縮めてアプ、アプィ……なんかかわいくないな。愛称はアフィでどうだ」
すると妖精が、口の中で名前を繰り返す。
「アプサラス、アプサラス……アフィ、アフィ…………うん、いいわねその名前。もらったわ、ワルド」
そう言って彼女が嬉しそうに笑った瞬間、光に包まれた。
同時に俺は急激な眩暈を覚え、膝を着いてしまう。
「ウウッ……な、なんだ? 何が起こった?」
すぐに眩暈は治まったので、頭を振りながら立ち上がる。
すると俺の周りを、何かが飛び回っていた。
「うっわ、凄いわ、凄いわ。体中に力が漲ってる感じ。これってひょっとして、ワルドの魔力?」
そう言いながら、アフィが空中をビュンビュンと飛び回る。
しかしそれは、さっきまでの彼女ではなかった。
12歳くらいの少女の見掛けだったのが、少し大人っぽくなった。
だいたい15歳ぐらいだろうか。
「アフィ? アフィだよな? 何が起きた?」
俺の問いかけに、アフィが立ち止まって考え込む。
「う~ん……どうやら名づけと同時に、魔力をもらって成長したみたいね。こんな効果があるなんて、私も知らなかったわ~」
「なるほど。ごっそりと何かが抜けたような感覚は、そのせいか……」
やはり俺とアフィには、何か関係があるようだ。
今日はここまでです。
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